動物が大好きらしい
一夜が明け、俺とアリスはお世話になったクリスさんに何度もお礼を言って王城を後にした。
クリスさんは何日でもいてくれて構わないと言ってくれたが……どうも、昨晩の件以降、色仕掛けの方面で俺を懐柔しようとしてるような気がして落ち着かない……というか実際、朝一緒に風呂に入りませんかとか訳の分からない事言って来たし、ともあれ理性が焼き切れそうなので朝食を頂いた後早々に帰還する事にした。
王都でアリスと別れ、ベルを連れてリリアさんの屋敷に戻る途中で……気が付いた。
そう言えば、ベル連れて帰る訳だけど……リリアさんが、怖い。物凄く怖い。
ベルを飼う事は、俺が責任もって面倒みる事を誠心誠意伝えるしかない訳だが……うん。なんだこの感じ、捨て猫拾って、親に怒られるのを心配しながら帰る子供か?
ともかく覚悟を決めるしかない。二~三発殴られるのは覚悟した方が良いな……リリアさんの力で、殴られる……首、折れないと良いな……
「グル?」
「何でも無いよ。行こう、ベル」
「ガウ!」
俺が悩んでいるのが伝わったのか、心配そうにこちらを見ていたベルに微笑んで一撫でする。
さあ、覚悟を決めて、行こうか……
リリアさんの屋敷に戻ってくると、直ぐに目的の人物……リリアさんが見つかった。
リリアさんは玄関の前で、何故かルナマリアさんに肩を預け、ぐったりとしている様に見える。
「ほら、お嬢様。外の空気を吸って下さい」
「うぅ……」
「グラス一杯で真っ赤になる程お酒に弱いのに、ワインなんて何本も飲むからですよ」
「だって……カイトさんが……」
「……あの……」
「「え?」」
どうやらリリアさんは二日酔いらしく、本当に死にそうな顔をしていた。
そのまま黙って見ているのもアレだったので声をかけると、リリアさんとルナマリアさんは一瞬驚いた表情を浮かべ、直ぐに取り繕った様に直立する。
「か、カイトさん!? い、いつの間に……」
「つ、つい先ほど……」
「そそ、そうですか……べ、別に私は普段お酒をたくさん飲んだりする訳じゃないんですよ。本当に偶々……」
「あ、はい」
飲み過ぎて二日酔いになっていた所を見られたのがよっぽど恥ずかしかったのか、リリアさんは顔を赤くしながら慌てた様子で弁明する。
勿論俺もその話題を深く追求するつもりなんてないので、直ぐに了承の言葉を返す。
「ともあれ、お帰りなさい。カイトさん……色々とあった……よ……う?」
「あ、あの……」
「……ルナ、私、いよいよ目が可笑しくなったみたいです……ベヒモスの幻覚が見えます」
「残念ながら、私にも見えています」
言葉の途中でリリアさんの視線は、俺の後ろに居るベルに釘付けになり、しばらく沈黙した後で……凄まじい勢いで俺の前に立つ。
「カイトさん! 下がって、危険です!」
「グルルルル……」
「こらっ! ベル、唸っちゃ駄目だろ!」
「ガウ」
「ルナ、私の剣を……へ?」
危機迫るリリアさんの様子を見て、敵だと思ったのかベルは低く唸り声を上げていたので、少し強めに注意する。
するとベルは直ぐに唸るのを止めて頷く、ちゃんと言う事を聞いてくれたので、ベルの頭に手をかざして優しく撫でる。
「よし、良い子、良い子」
「ガゥッ!」
「……ルナ、私もう駄目みたいです……ベヒモスが、カイトさんに懐いてる幻覚も見えてきました」
「まことに残酷な事ですが、現実です」
「……」
「本当にミヤマ様は凄まじいと言うか……伝説の魔獣まで懐柔してくるとは……」
ベルを撫でている俺を見て、リリアさんの目が少しずつ座っていくのが見えた……マジで怖い。
「……カイトさん、そのベヒモス……どうしたんですか?」
「えと、買いました」
「買った? ああ、そう言えば、竜王様と交流の深いアルクレシア帝国では、上位魔物の飼育に力を入れていると聞いた事がありますね。しかし、まさかベヒモスまでとは……いくらだったんですか?」
「えっと……白金貨280枚なので、28000000Rですね」
「……は?」
日本円にして28億円である。いや、改めて考えるととんでもない買い物をしたものだ。
俺が告げた言葉を聞き、リリアさんは目を大きく見開いて硬直した後、慌てた様子で問い詰めて来た。
「……ちょ、ちょっと待ってください! 28000000Rって、そんな大金どこで!?」
「あ、それは……」
「まさか何か、非合法な手段で手に入れたんじゃ……カイトさん! どういう事ですか!? 説明して下さい!!」
「ぐえっ!? り、リリアさん、く、苦しい……」
「私はカイトさんをそんな人間に育てた覚えはありませんよ!!」
「育てられた覚えもありませんけど!? と、とにかく落ち着いて下さい! ちゃんと一から説明しますから!!」
リリアさんは相当動揺しているみたいで、俺の胸倉を掴み、俺の体を持ち上げながら前後に激しく揺らす。
170cm位の俺を持ち上げるって、本当にどういう腕力してるんだリリアさん……こ、この世界の女性は本当に恐ろしい。主に戦闘力的な意味で……
ともあれ必死な訴えが実を結び、なんとかリリアさんは落ち着いてくれて、胸倉を掴んでいた手を離してくれた。
ともかく事情は中で詳しく話す訳だが、その間ベルの事はどうしようと思っていると、いつの間にかジークさんがベルの前に立ち、ジッとベルを見つめていた。
「グル?」
「ベル、ジークさんは俺がとてもお世話になってる人だから、ちゃんと仲良くしないと駄目だよ」
「ガゥ!」
「……」
ジークさんはベルを見つめ続け、少ししてから意を決したように手を伸ばす。
ベルは俺の言葉をちゃんと聞いてくれてるみたいで、ジークさんが伸ばした手を避けたりはせず、大人しく撫でられていた。
そして、そこで気付いたのだが、ジークさんの頬が微かに赤みを帯びており、表情も何と言うかとても楽しそうな可愛らしい笑顔だった。
その様子を不思議に思っていたのは俺だけでは無かったみたいで、リリアさんとルナさんも少し怪訝そうな表情でジークさんを見ていた。
そしてジークさんは俺達の視線に気か付くと、ポケットから紙とペンを取り出してこちらに向ける。
『……凄く、可愛らしいです。カイトさん、素敵なセンスをしています』
「……は、はぁ、ありがとうございます」
どうやら先程の表情はベルが可愛かったからだったみたいで、直ぐにジークさんはベルの方に視線を戻して笑顔でその体を撫でる。
「……ねぇ、ルナマリアさん」
「なんでしょうか?」
「なんか、ジークさん普段と少し違いません?」
「……ジークは、昔から大の動物好きでして、それこそ放っておいたら一日中笑顔で撫で回してますよ」
「な、成程……一応魔物って事らしいんですけど?」
「見た目が動物なら大丈夫みたいです」
ルナマリアさんの言葉通り、ジークさんは本当に動物が好きみたいで、普段の落ち着いた大人の女性らしい雰囲気とは打って変わって、少女の様に無邪気に笑っていた。
あまり見る事の無いその表情はとても可愛らしく、改めてジークさんは魅力的な女性なんだと実感した。
拝啓、母さん、父さん――ともあれリリアさんの屋敷に帰って来た訳だけど、まだまだ大変なのはこれからだろうな……それはそれとして、ジークさんは――動物が大好きらしい。
シンフォニア王国の首都を一望できる小高い丘、そこに複数の影が降り立つ。
「やれやれ、血気盛んな者が多くて困る……余だけで、十分であろうに」
「いえ、バッカス様の手を煩わせるまでもありません。ここは我等が……」
重厚な鎧を身に纏い、長い顎鬚を撫でる歴戦の老兵と言った雰囲気の男性、バッカスの言葉を受け、他の三体の魔族の内の一体が片膝をつきながら言葉を返す。
「ふむ、まぁ、功を焦るのも良いが……くれぐれも、メギド様の御心を読み違えるなよ」
「「「はっ!」」」
「では、先ずは……宿でも探すとするかの」
「え? 直ぐに向かわないのですか?」
「これこれ、年寄りに無茶をさせるでない。『幻王の配下が結界を張る』より早く仕掛けては、死王様に勘付かれるじゃろう。焦るでない」
直ぐに目的を達成しようとする魔族に向け、バッカスは苦笑しながらまだ期では無いと告げ、ゆっくりと王都に向けて歩きだす。
「さて、ミヤマ・カイト……お主の価値、図らせてもらうとしようか……」
どうみても、変なペット拾ってきた子を叱る母親。
ジークは牙をむいて向かってくる魔物に容赦はしませんが、そうじゃない場合は魔物でも見た目が動物っぽいなら大好きです。
そして、なに……シリアスの雰囲気……だと?
頭数をそろえて現れた戦王の使者……でもアッサリやられます。




