教主オリビア⑦
ゆっくりとボートを漕いで、湖の中心あたりに辿り着いたので、オールを止めて景色を楽し……もうとしたのだが、そのタイミングで待っていたとばかりにオリビアさんが声をかけてきた。
「ミヤマカイト様、そろそろ代わりましょう。やはり、雑事は私が……」
「いやいや、大丈夫ですよ。それに、狭い船上で位置を入れ替えるのも危ないですしね」
「し、しかし、ですね。ミヤマカイト様にこれ以上……」
まぁ、たしかに最高神並みの力を持つオリビアさんにとっては、貧弱な俺がオールを漕ぐのは心配……というか、とんでもない重労働をしているように見えてしまうのかもしれない。
さらに俺はシロさんの祝福を受けており、シロさんの恋人でもある存在なので、なんとか自分が漕ぐ側に回りたいのだろう。
そんなことを考えていると、強引に行くことを決めたのかオリビアさんが決意の籠った目で立ち上がる。
「ともかく、ここからは私が!」
「あっ、ちょっ……あぶっ!?」
「ミヤマカイト様!?」
しかし、オリビアさんは大きくボートが揺れたとしても問題ないだろうが、俺は不意打ちだったこともあってバランスを崩してしまった。
とはいえ座っているので落ちたりするというわけではないが、ボートに縁に体をぶつけそうになったが、それより早く慌てた様子のオリビアさんが素早く俺の手を引いて体を引き寄せた。
……引き寄せたのはいいのだが、そのまま俺を護るかのように正面から抱きしめてきたので驚いた。
「大丈夫ですか!? 申し訳ありません、お怪我は!?」
「あ、えっと、大丈夫です。どこも打ってないですし……」
「よ、よかった……私の不注意でした。本当に申し訳ありません」
「いえ、気にしないでください。それよりえっと……」
「なにか――ッ!? しし、失礼しました!?」
向かう合う態勢でボートに乗っていた関係上、オリビアさんが俺の手を引くと必然的に俺は前のめりに倒れ、それをオリビアさんが胸元に抱きかかえるように止めた形になった。
大きすぎず小さすぎず、たしかな柔らかさを感じ、心地よい香りもしたが、そのままというわけにもいかずに声をかけると、オリビアさんもどういう状況か気付いたみたいで慌てて体を離す。
その際にもソッと俺の体を元の場所に戻してから、真っ赤な顔でオリビアさんも元の場所に戻った。
「……えっと、助けてくれてありがとうございました」
「い、いえ、元はと言えば私が急に立ち上がったせいで……大変失礼いたしました」
「気にしないでください。ただ、やっぱり場所の入れ替えは危なそうなので漕ぐのはこのまま……」
「いえ、それはやはり私が行います。次はボートが揺れないように魔法で固定します」
さて、どうしたものか……意外と頑固なところもあるみたいだ。しかし、俺の方にも若干の維持というか、ここで仮に交代すると本当にオリビアさんは事務的に俺の言う通りにボートを動かすだけになりそうだ。
となればどうするか……押し切るか? あまり使ったことのない手札ではあるが、俺はオリビアさんに対して絶対ともいえるであろう強力なカードを有しているので、それを切れば間違いなく押し切れるだろう。
「う~ん、俺としてはオリビアさんにいろいろ景色とかを楽しんでもらいたいので、俺が漕ぎたいのですが……」
「いえ、私が楽しむ必要はありません。優先するべきはミヤマカイト様に負担がかかるか否かです」
「なるほど……オリビアさんの言い分は分かりました。ただ、その前にひとつ確認してもいいですか?」
「はい?」
俺の言葉を聞いて不思議そうに首を傾げるオリビアさんに対し、俺は切り札となるカードを使うことにした。
「前に最高神の方から聞いたんですが、シロさんの本祝福を受けている俺は、神族に対して絶対的な命令権みたいなのを持っているに等しいらしいですよね?」
「え? ええ、その通りです。神族でミヤマカイト様のご命令に従わないものなどいないでしょう」
「……それ『オリビアさんも対象』だったりします?」
「……」
俺の言わんとすることを理解したのか、サァッっとオリビアさんの顔色が青くなっていく。そしてオリビアさんは、動揺した様子で視線を左右に動かしながら、それでもちゃんと俺の質問に回答してくれる。
「……対象です」
「そうですか」
「ミヤマカイト様! 再考、どうか再考を!」
「ボートは俺が漕ぎます。オリビアさんは座って景色を楽しんでください……命令です」
微笑みながら告げると、オリビアさんはすべてを諦めたかのような表情で天を仰ぎ、少しだけ不満そうな顔で呟いた。
「了解……ミヤマカイト様は、少し意地悪です」
それは若干の呆れを含む声ではあったが、気のせいかどこか少し、いままでよりも優し気に聞こえた。
シリアス先輩「イチャイチャしてる! こいつら、いちゃついてる!!」
???「少しずつオリビアさんが心開いてきてる気がしますね」




