紅茶の革命⑤
アインさんとアリスが喧嘩のために部屋から居なくなり、部屋の中には俺とイルネスさんが残る形になった。
「カイト様ぁ、お茶のおかわりは~いかがでしょうかぁ?」
「あ、いただきます」
ぶっ飛んだメイド論が目の前で展開されようと、メイドと六王のバトルが勃発しようとイルネスさんはいつも通り穏やかである。
ただ、それでも、イルネスさんだっていろいろ感情はあり、それも変化しているのは間違いない。
「……そういえば、イルネスさんって最近楽しそうですよね。なんというか、さっきのアインさんの言葉じゃないですけど、ネピュラがいい友達になっているような感じですかね」
「そうですねぇ、ネピュラは~発想も技術も~素晴らしいのでぇ、尊敬できる友人というには~ピッタリですねぇ。私もぉ、いろいろと刺激を受けてぇ、見識が広がる思いですよぉ」
「もちろんネピュラが凄くて尊敬できるのもそうでしょうけど、なんとなく性格の相性もよさそうな感じですね」
「たしかに~ネピュラ相手だとぉ、話しやすく感じますねぇ」
実際にいままでのイルネスさんにそういう相手は、ほぼいなかったんじゃないかと思う。いや、もちろん俺はイルネスさんの交友関係を事細かに知っているわけではない。
ただ、リリアさんの屋敷に住む人たちにとってもどこかイルネスさんは別格の存在というか、そんな感じの雰囲気はあった。実際にリリアさんの屋敷のメイドの大半はイルネスさんの指導を受けているので、頭が上がらないという人も多い印象だ。
しかしネピュラはなんというか、他の人たちより一歩イルネスさんに近い位置にいる感じがする。特に強くそう思うのが、ネピュラがイルネスさんの仕事を手伝っている場面をよく見かける時だ。
ネピュラ以外の相手だと、仮に相手が「手伝う」と申し出たとしても、イルネスさんは「大丈夫」と答えてひとりで仕事を片付けてしまっていた気がする。
ただネピュラが手伝いを申し出ると、断ることもなく手伝ってもらっており、仲のよさが伝わってくる感じだった。
まぁ、いろいろ考えてはみたが、結局のところ……。
「なんというか、変な言い方ですけど、最近の楽しそうなイルネスさんを見ていると、不思議と俺も嬉しく感じますよ」
「……」
何気なく告げた言葉だったのだが、ソレを聞いたイルネスさんはなんというか……本当に珍しいことだが、なにか驚いたような表情を浮かべていた。
「イルネスさん?」
「あぁ、いえ~失礼しましたぁ。なんでもありませんよぉ」
う~ん、さっきの反応は気になったが、イルネスさんがなんでもないと言っている以上突っ込んで聞くのも野暮かな?
そう考えた俺は、先ほどのことに言及することはなくアインさんとアリスが戻ってくるまでの間、イルネスさんと他愛のない会話を楽しんだ。
快人の部屋から出て、廊下を歩きながらイルネスはぼんやりと思考していた。
(なんでしょうねぇ? この感覚は~決してぇ、不快なわけではないのですがぁ、どうにも少し~落ち着きませんねぇ)
イルネスの思考の原因は、先ほどの快人との会話だった。先ほど快人が『イルネスが楽しいなら自分も嬉しい』と告げた時の表情が、イルネスの頭から離れなかった。
元々快人を深く愛しているイルネスは、快人の幸せそうな笑顔を見るのがなによりの幸せだった。しかし、今回の快人の微笑みは、なんというか、彼女にとっていつもより更に魅力的に見えた。
(私の幸せを~カイト様が喜んでくれたぁ? ……あぁ、そういうことなんですねぇ)
少しの思考の後、イルネスは答えに辿り着いたようで、苦笑気味な表情を浮かべる。
(本当に~以前からは~考えられないほどにぃ、欲張りになってしまいましたねぇ。カイト様が幸せであればぁ、それ以外はなにもいらないと~思っていたのにぃ、分からないものですよぉ)
イルネスが愛する快人に捧げる無限ともいえる献身は、間違いなく彼女の本質であり、なによりも彼女らしい生き方ではあった。
しかし、少しではあるがその想いに変化が表れ始めていた。見返りは必要ではない、快人の幸せな表情こそが一番だと、その思いに嘘はなかったが……『一番』が少し変わりつつあった。
(私はぁ、嬉しいんですねぇ。カイト様がぁ、私の幸福を~喜んでくれたことがぁ、私のために~笑ってくれたことがぁ……どうしようもなく~嬉しいんですねぇ)
そう考えながら、イルネスはそっと自分の胸に手を当てた。いつもより少しだけ早い鼓動がいまの自分の心境を現しているかのようだった。
(困りましたねぇ。本当に~欲張りな自分に困ってしまいますよぉ。カイト様が幸せな姿を見れるだけでいいと思っていたのにぃ、『カイト様が幸せであるときに傍にいたい』という想いがぁ、強くなってしまいましたぁ)
そこまで考えてから、イルネスはフッと幸せそうな笑みを零した。
(いまでも十分すぎるほどぃ、これ以上ないほどに~貴方を愛しているのにぃ……新しい一面を見るたびに~想いが強くなっていくようですぅ。あぁ、本当にぃ、困ってしまいますねぇ)
そんな風に考えながら笑うイルネスの表情はとても優しく、少しずつ『己の幸せも望み始めている自分の変化』を嬉しく感じているようだった。
シリアス先輩「な、なにぃぃぃ!? こ、ここで、このタイミングで、砂糖だと!? ちくしょう、ふざけやがって……『メイドフェイント』からの砂糖なんて、不意を突かれるに決まってるじゃないか!!」
???「いや、訳の分からん造語を新出させないでください。ただでさえメイド関連は頭の痛くなる要素が多いのに……」




