紅茶の革命②
現在俺の目の前では、リリアさんが紅茶を飲んでいる。さすが貴族というべきか、リリアさんの紅茶を飲む所作はどこか優雅に感じる。
ちなみに今リリアさんが飲んでいるのは、ネピュラが作った紅茶の茶葉を加え、イルネスさんが入れてくれた紅茶であり、飲んでいる紅茶自体はリリアさんがよく飲む紅茶らしい。
「……素晴らしいですね。飲みなれているはずの紅茶の味がグッと上の段階に引き上げられたようで、感動すら覚えます。これは、本当に紅茶に革命をもたらしているといっても過言では無いですね」
「ええ、俺も本当に驚きました。ネピュラは大袈裟だって言ってましたけど、ものすごい茶葉だと思います」
ネピュラの作った茶葉は、上手く扱えば紅茶のレベルを引き上げる。いわばブースターのような品であり、メインとなる茶葉を変えることであらゆる紅茶に対応しているといっていい万能茶葉でもある。
リリアさんもその紅茶の味に感動しているようで、そのままひとしきり感想を語ったあとで一息ついてから話を切り替える。
「しかし、使いこなすのが難しいと……ちなみにルナは、この茶葉を使いこなせますか?」
「ハッキリ言いますが、無理です!!」
「そ、そんなに、力強く断言するほどですか……」
「いや、本当に、これに『難しい』程度の感想しか抱かないイルネス様とネピュラの技術が高すぎるだけで、難しいなんてレベルじゃありませんよ。茶葉の割合や注ぐお湯の量、その日の温度や湿度といった要因をほんの僅かでも間違えれば、紅茶の味が台無しになるような、凄まじく繊細な調整が必要なんですよ。私も、やってみましたが、ただの『雑味のある紅茶』になるだけで、紅茶の味を引き上げることはできませんでした」
ルナさんはイルネスさんがリリアさんの紅茶を淹れる際に、給湯室で少し教わったらしいのだが……やはりイルネスさんとネピュラが難しいと口にするレベルは桁違いみたいだ。
「この茶葉は本当に、『100点を120点』にする茶葉なんですよ……100点の紅茶を淹れれる技術がない者では使いこなせないんです。たぶん、メイド長でも無理でしょうね」
「それほど、ですか……」
「あのふたり以外に扱えそうなのはジークぐらいですよ。実際、ジークはある程度分かったみたいで、いま給湯室でふたりに教わっていますしね」
以前に淹れてもらった時にはそれほど意識していなかったが、ジークさんはどうもかなり紅茶好きみたいで、紅茶を淹れる腕前はルナさんやメイド長を凌ぐとのことだ。
よくよく思い返してみれば、本来世間にほぼ出回らないというグロリアスティーを、茶葉を見ただけで当てていたし、知識も技術も相当のレベルなのだろう。
しかし、この茶葉はやはりかなり扱える人を選ぶ超上級者向けみたいだが、扱える人にとってはまさに紅茶の革命と言えるほど素晴らしい茶葉らしい。
アインさんとかなら、使いこなせそうな気がするし、せっかくだからネピュラがOKしてくれたら、クロに少しお裾分けとしてアインさんへのお土産として渡してみよう。
うちのネピュラがものすごいものを作ったんだぞ~って自慢したい気持ちも少しある……いや、俺が偉そうにすることではないのだが……。
魔界にあるクロムエイナの居城では、王であるクロムエイナがなんとも困った表情を浮かべていた。目の前には、土下座の形で深く頭を下げるアインの姿があり、アインと一緒にクロムエイナの元に来たラズリアもなんとも言えない困った表情を浮かべていた。
「……えっと、アイン?」
「お願いします、クロム様! この茶葉がもっと欲しいんです!!」
「その茶葉ってたしか、カイトくんがお土産にって渡してくれたやつだよね? ネピュラちゃんが作ったものらしいけど……そんなに凄いの?」
「これは、紅茶の歴史を変える品です! 私もメイドと関係の深い紅茶に関しては極めつくしたつもりでしたが、この茶葉はそんな極めたはずだった味を、さらに高次元にしてくれるんです!!」
「……う、うん。関係が深いかどうかは置いておいて、凄いものだってのは伝わってきた」
「ぜひ、クロム様も飲んでみてください!」
いつになく興奮した様子のアインは、それでもさすがというべきか完璧な動きで最高の紅茶を淹れ、クロムエイナの前に置く。
クロムエイナはそれを一口飲んで、驚いたように目を見開いた。
「……なるほど、これは凄いね。明らかにいつもよりずっと美味しいのに、本来の紅茶の味をまったく邪魔してない」
「もっとたくさんのブレンドを試したいんです……ですが、なぜかラズリアに協力を願っても『同じ茶葉が作れない』のです」
「う~ん。不思議ですよ。その茶葉さんを元に育てても、なぜか普通の紅茶の茶葉さんになるです。なにか、育てる過程で特別な処理をしていると思うですが、ラズにはサッパリ思いつかないです」
ネピュラの茶葉に感動したアインは、なんとかその茶葉を手に入れることができないかと考えていたが、基本的に茶葉は快人の家で楽しむために作っており、大量生産しているわけではないので量が少ない。
ならばこちらで同じものを作れないかとラズリアやリリウッドにも相談してみたのだが、同じ茶葉は作れなかった。
結局どうにもならず、生産者であるネピュラと直接交渉しようと思い、面識のあるクロムエイナに紹介してもらえない方のみに来たというわけだ。
「……はぁ、分かったよ。とりあえず、カイトくんに聞いてみるけど、少し落ち着いてからね。そんなテンションで行ったら、ネピュラちゃんも困っちゃうよ」
「ありがとうございます!」
最終的にアインの熱意にクロムエイナが折れる形となり、快人にネピュラをアインに紹介していいか確認することにした。
いや、本来であればそこまで確認せずに紹介すればいいのだが……どうもメイド関連のこと……という風に認識しているアインのテンションが高すぎて、ネピュラを怖がらせてしまわないかと躊躇していた。
その後も何度かアインに釘を刺してから、クロムエイナは大きなため息とともに快人にハミングバードを飛ばした。
シリアス先輩「ほう、これは前から感想欄とかでどうなる? って意見が多かったネピュラとアインの遭遇がありそうだ。イルネスの上がったメイド力にも反応するのかな? ……なんか、最近メイド力という単語を普通に受け付けてきた自分がいて、なんか嫌だ」




