紅茶の革命①
よく晴れた日の昼下がり、今日は特に予定もなく少し手持無沙汰なので、ベルやリンと遊ぼうかと思い家の裏庭に向かうと、ネピュラとイルネスさんが居るのが見えた。
いや、ふたりは仲がよくて普段もよく裏庭でお茶をしているのだが、今日はそうではなく立った状態で本のようなものを手になにかを相談しているような感じだった。
「ふたりとも、なにをしてるんですか?」
「ああ、あとで主様にも相談しようと思ってたのですが、窯を買いたいと思っているんです」
「か、窯?」
「はぃぃ。ネピュラとぉ、ティーカップなども試作しようという話になりましてぇ。陶器用の窯を~購入しようかとぉ、考えていますぅ。魔法具で~煙が出ないタイプにぃ、するつもりなのですがぁ、とりあえず~場所を見ておこうかと思いましてぇ」
「……な、なるほど」
……ティーカップを自作する? そういえば、最近木製の食器とかをふたりで作ってたような気がするが……ついに焼き物にも手を出すのか。
「ベルフリードやリンドブルムの邪魔にはならない位置に置こうと思うのですが……買っても大丈夫でしょうか?」
「え? う、うん。まぁ、スペースとか使うのは全然問題ないよ。裏庭だけでも余ってるスペースは多すぎるぐらいだし、他にも置きたいものがあるなら自由にしてもらって大丈夫だよ」
イルネスさんとネピュラに関しては、なにも心配することはない。なにかをする時はこうして事前に必ず俺の許可を取りに来てくれるので驚くこともないし、特に変なことをするわけでもない。
しかし、凝り性だとは思っていたけど、ティーカップも自作しようとするとは……。
「ありがとうございます。完成したら一番に主様にお見せしますね」
「うん、楽しみにしておくよ。そういえば、茶畑の方も結構育ってきてるみたいだけど……いや、というか早くない? こんなに早く成長するものなの?」
「ああ、魔法で成長速度を早めていますので、実はもう一部収穫して茶葉にしていますよ」
「え? そうなの?」
ネピュラが裏庭に作った茶畑は、本当にいつの間にか育っており、ネピュラの話ではもう収穫もしているらしい。
「とてもぉ、素晴らしい茶葉ですよぉ。本当に~ネピュラの発想にはぁ、驚かされますぅ。あの茶葉は~紅茶に革命をもたらすといっても~過言ではありませんよぉ」
「さすがにそれは大袈裟ですよ。主様にはもう少し完成度が高くなってからお出しするつもりでしたが……もしよければ、試飲して見ますか?」
「いいの? たしかに、興味があるし飲めるなら是非飲んでみたいな」
あのメイドとしても超一流で、それこそいろんな紅茶を飲んでいるであろうイルネスさんが革命をもたらすとまで言うほどの茶葉が気にならないわけもなく、ネピュラの提案に頷いて裏庭にあるふたりがよくお茶をしているテーブルに座る。
するとイルネスさんが一度家の中に戻り、数分ほどでカートを押して戻ってきて、慣れた手つきで紅茶を淹れて俺の前に出してくれた。
「……あれ? これ、グロリアスティーでは?」
「はいぃ、その通りですよぉ。ただ~ブレンドとしてぇ、ネピュラが作った茶葉を~少量加えていますぅ」
「妾が作った茶葉は、単体で飲むものではなく、他の紅茶とブレンドして使うものなのです」
「へぇ、なるほど……じゃあ、一口――っ!? え? なんだこれ、凄い……グロリアスティーなのは間違いないけど、いままで飲んだグロリアスティーより明らかに美味しい」
その感覚を表現するのはとても難しかった。味は間違いなくグロリアスティーなのだ。他の味が加わっていたりするわけでもない。
しかし、なぜかいままで何度か飲んだグロリアスティーより明らかに美味しい。表現は難しいがピタッと俺の好みにハマるというか……。
「……ネピュラの作った茶葉ってのはいったいどんなものなの?」
「妾が作った茶葉は、紅茶に『僅かな雑味を加える』ものです」
「へ? 雑味? それじゃあ、むしろ不味くなっちゃうんじゃないの?」
「ところがそうはならないのです。少し変な言い方ですが、もっとも美味しい紅茶とはなんでしょうか? 味や香りを極限まで高めたものでしょうか? いいえ、究極に味を追求しようとも、そこに個人の好みという要素が加わる以上、絶対の正解というものは存在しないのです」
そんな風に話しながら、ネピュラはおそらく自作したであろう茶葉を取り出してテーブルの上に置きながら続ける。
「では、この茶葉の役割はと言いますと……この茶葉によって微かな雑味を加えることで『紅茶の味に振れ幅』を作ります。その味の幅が個々の好みに合う余裕となり、本来100点の紅茶の味を120点に引き上げるのです。もちろん、少なすぎても入れ過ぎても駄目なので、量の調整はかなり難しいですが、この茶葉を使うことで飲みなれた紅茶にも味の変化を付けられます」
「おかげで~既存の紅茶の味もさらに高められるのでぇ、難しくはありますがぁ、いろいろなブレンドを試すのがぁ、とても面白いですよぉ」
「もちろん、この茶葉はもともとの茶葉の味を100%引き出せる技術を持つ、イルネスさんのような卓越した技術とセンスが無いと使いこなせませんので、上級者向けではありますけどね」
「なるほど……あえて雑味を加えることで、逆により紅茶の味を引き出すってわけか……」
ちょっと違うかもしれないが、例えばスイカに塩を振って甘さを引き立てるみたいなイメージなのだろう。たしかに、それは面白い発想だし、実際にこの紅茶は普通のグロリアスティーより美味しく……俺好みの味になっている。
……まぁ、このふたりが『難しい』と口にするレベルなので……たぶん、普通の人はまったく使いこなせないようなシロモノなのだろうが……。
???「シリアス先輩の要望通り、スイカに塩振る話がきましたよ」
シリアス先輩「……違う、そうじゃない」




