閑話・天刃星 後編
六腕の剣鬼という異名を持つ剣士シリウス。彼女は間違いなく、魔界でもトップクラスの実力者である。
それと同時に彼女は決して己の実力に驕らず、強さを追い求めるストイックな心も持っている。そう、だからこそ、シリウスも分かっていた。
たしかに己は六王幹部とも渡り合える魔界でも屈指の強者であるが、それでも魔界の頂点に君臨する六王には遠く及ばないと理解していた。
ただそれでも、敵わないまでも、剣の切っ先程度なら届くだろうと……。
「……そう……思っていたのだが……はぁ……くそっ……こんなにも、遠いのか……」
地に仰向けで倒れ、もはや立ち上がる力はおろか愛剣を握る握力すら残ってなく、荒く呼吸を繰り返していた。
シリウスはアイシスに挑み、そしてほんの数分でもはや立ち上がれぬほどに打ちのめされていた。同格となら一ヶ月ぶっ続けで戦ったとしてもまったく問題ないだけの膨大な魔力や体力を誇るシリウスが、ほんの数分で立ち上がることすら出来ぬほど消耗する。
それほどまでに、両者の間にある力の差は大きかった。
(……結局、そうではないと思いつつも……私は自惚れていた。強くなったと思っていた。かつてのような無様はもう晒さないほどに強くなったと……結果、この様か……しかも『相当手加減された上で』……)
シリウスにとってこれほどの圧倒的敗北を経験するのは……二度目だった。一度目は彼女にとって生涯の目標となり、果てなき鍛錬に打ち込むことを決意させた謎の剣士との戦い。
そして今回が二度目、シリウス自身はあの頃より相当強くなったつもりだったが、感じる敗北感はあの時と同じものだった。
(これでは、仮にあの剣士を見つけたとしても……以前と同じ結果になるだけだろう。あぁ、どうして私はこんなにも弱いんだ)
敗北以上に己の弱さを悔しく思いながら、それでもシリウスは最後の気力を振り絞って起き上がり、こちらを見ているアイシスに頭を下げた。
「……無礼極まりない申し出を……受けてくださり……感謝します。不敬の罰を受ける覚悟は、できています」
「……罰? ……それより……手合わせが終わりなら……治療するね」
「なっ……」
アイシスが手をかざし、シリウスに治癒魔法をかける。治療されながらシリウスは、驚愕したような表情を浮かべていた。
それもそうだろう。彼女にしてみれば、自身の行動は不敬極まりないもので、それこそ始末されても文句は言えないレベルだと感じていた。
力試し、手合わせと言えば聞こえがいいが、実際は殴り込みであり、最初のポラリスがそうだったように敵意を抱かれて当然だと思っていた。
だが、アイシスからはそう言った感情ではなく、純粋にシリウスの怪我を心配するような気持ちが伝わってきた。
「……シリウスは凄く強いと思う……けど……ちょっとだけ……張りつめすぎな気がする」
「張りつめすぎ、ですか?」
「……うん……前の私によく似てる……心に余裕が全然なくて……自分の目的にまっすぐ進んでいるつもりが……誰よりも……自分で自分の足を引っ張てるような……そんな感じがした」
「……」
そう言って優しく微笑むアイシスを見て、シリウスはなんとも言えない表情を浮かべ……そして、小さな声で呟くように告げた。
「……本当に、居たんです」
「……うん?」
「名前もわかりません、姿だってハッキリとは覚えていません。だけど、いまの私よりもっと圧倒的に強い剣士と、私は確かに戦ったんです。その剣士に再び挑むために鍛錬をひたすら続けてきました。でも、どんなに探してもそんな剣士の話は聞かなくて……でも、たしかに居たんです」
アイシスはシリウスの過去を知らない。その言葉だけでは、ハッキリと彼女の言いたいことは理解できなかった。
それでも、自分がなにをするべきかは理解できた。
「……そっか……じゃあ……その剣士とまた戦うまでに……もっと強くならないと……大変だとは思うけど……頑張って……私に手伝えることがあったら……協力する」
「ッ!? 信じて……くださるんですか?」
「……私はその剣士に会ったことはない……だけど……シリウスがあったならきっといる……もしかしたら……いまは別の世界に居たりするのかもしれない……私の知り合いにも……他の世界から来た子はいるし……世界はこのトリニィアひとつじゃない……」
「……そう、ですね。あれほどの実力者なら、さらなる強敵を求めて他の世界に向かっていたりしても……おかしくありませんね」
アイシスには詳しい事情は分からなかったが、それでも今のシリウスに必要なのは肯定と少しの余裕……快人に出会う前の己に欠けていたのと、同じものだと理解できた。
シリウスはアイシスの言葉を噛みしめるように目を閉じて少しの間沈黙し、目を開けたあとでアイシスに再び頭を下げた。
「死王アイシス・レムナント様。ここまで、さんざんお手間をお掛けした上で恐縮ですが、もうひとつだけ願いを聞き入れていただけないでしょうか?」
「……うん? ……なにかな?」
「私を、貴女の配下に加えていただきたいのです」
「……え? ……えぇ!?」
突如配下になりたいと告げたシリウスの言葉に、アイシスは驚いたような表情を浮かべる。そんなアイシスの前で片膝をつき、騎士の礼をしながらシリウスは言葉を続ける。
「いままでそんな気はありませんでした。いくつかの陣営から何度も誘いを受けたこともありました。それでも、己の鍛錬の時間を削って誰かに仕えたり、どこかに属したりする気にはなれず、すべて断り続けていました」
「……え、えっと……じゃあ……なんで?」
「理屈、ではないんです。理屈ではなく、魂が、心が叫ぶのです。貴女様に仕えたいと……きっと、短い間に垣間見た貴女という王の在り方に惹かれたのだと、そう思います」
それはシリウスの偽らざる本心だった。無礼極まりない己の挑戦を快く受け入れてくれたこと、圧倒的とさえいえる力、戦いが終わったあとで見せた優しさ、こちらを導いてくれる言葉……アイシス・レムナントという王にいつの間にか彼女は惚れ込んでいたのだ。
「……私で……いいの?」
「貴女様以外には考えられません。いまだ未熟な身ではありますが、どうかこの剣を捧げることをお許しください」
「……うん……わかった……これからよろしく……シリウス」
「はい! アイシス様!」
こうして、のちに死王配下幹部六連星のひとり天刃星と呼ばれることになるシリウスが、アイシスの陣営に加わることとなった。
シリアス先輩「なんというか、実際アイシスってかなり精神面で成長してる感じがするよね」
???「カイトさんと出会って、救われたことで自分というものを真っ直ぐ持てるようになったんでしょうね。だからこそ、その自分自身の在り方で他者を導くことができるようになったことで、それに惹かれる人も必然的に出てきたわけですね」




