閑話・移住者③~水原香織~
世界で自分がひとりぼっちだって思ったことがある人は……まぁ、それなりにいるんじゃないかって思う。だけど、私みたいにふたつの世界でひとりぼっちだって感じた人は、あまり多くはないんじゃないかな?
特別裕福なわけでもなく、かといって貧乏なわけでもないごくごく普通の一般家庭に生まれて、ごく普通に成長してきた。
良くも悪くも、本当に普通の人生だったと思う。別になにか特別な特技があるわけでもなく、勉強も中の上ぐらい、趣味は料理……本当に特筆することはなにも無いと思う。
両親とも仲は良かったし、友達だってそれなりにいた。特別なナニカは無くても、十分に充実した日々を過ごせていた。
だけど、ある日そんな生活が何の前触れもなく崩壊した。
お母さんが交通事故で急死した。朝までは当たり前に笑ってて、学校へ向かう私に「もっと勉強を頑張りなさい」なんて定番の小言を言っていた。
それが、お母さんとの最後の会話になるなんて夢にも思っていなかった。あまりにもショックで、すぐには理解できないぐらいだったけど……私以上に嘆き、悲しんでいたのはお父さんだった。
壮大な大恋愛の末に結婚をしたらしいお父さんとお母さんは、本当に何年たってもラブラブって感じで……だからこそ、お父さんはお母さんの死を受け入れることができなかったんだと思う。
結果お父さんはなにも手が付かなくなり、酒に溺れ……その果てに、忽然と蒸発してしまった。私ひとりを残して……。
お母さんが死んでから1年も経っていない。本当に短い時間で、私の当たり前だった普通の幸せが……全部無くなってしまった。
正直思考なんて追いつかなかった。なんで? どうして? ってそんな事ばかり考えていたと思う。
お父さんとお母さんの両親……祖父母に関しても、母方の祖父母も父方の祖父母もすでに他界しており、私は本当に天涯孤独の身になってしまった。
そして、両親が居なくなった私は、親戚の家をたらい回しにされた。すぐに自立ってのが難しい以上、後見人が必要なんだけど、なかなか後見人を引き受けてくれる親戚がいなかったんだ。
完全に厄介者の扱いだった。そりゃそうだよ、高校生の娘をいきなり引き取るなんて、私が引き取る側でも嫌だよ。
最終的には一時施設の預かりになることが決まって、その後は家庭裁判所が指名した後見人の預かりになるって話を聞いた。
もうそのころには、私の心に気力なんてものは残ってなくて、なにもかもがどうでもよかった。私は誰にも必要とされてなくて、この世界でひとりぼっちなんだって……そんな風に思ってた。
そんなある日、私は突然異世界に勇者役として召喚された。驚いたし戸惑ったけど……勇者役に関しては受けることにした。
なんだろう……そんな役割でも、自分が必要としてもらえるのが少し嬉しかったのかもしれない。
周りの人は皆優しく接してくれて、荒んでいた私の心も勇者役として過ごす1年の間にだいぶ癒された。
勇者役としての役割が終わり、元の世界に戻るかこの世界に移住するかを選ぶ時が来た。その時は本当に単純に、元の世界に戻りたくない。ひとりぼっちは嫌だって気持ちでいっぱいで、私は移住することを選んだ。
だけど、同時に怖くなった。勇者役としての役割が終わった私は、ここでも厄介者になるんじゃないかって……私には特技とかないし。
それに、移住を決めたのはいいけど……私にはやりたいことなんてなかった。移住を決めた理由だって、ただ元の世界に戻るのが嫌だっただけ……これからどうすればいいかも、なにも分からなかった。
そんな私に優しく声をかけてくれたのは、現在のアルクレシア帝国の皇帝である……クリスさんだった。
といっても、私が勇者役として召喚された時は皇帝じゃなくて財務官だったんだけど……いろいろと優しく相談に乗ってくれたのを覚えてる。
そこでクリスさんに観光を兼ねてやりたいことが見つかるまで、あちこちを旅してみてはどうかと提案された。なんでも、クリスさんも個人的な悩みがあって数年間あちこちを旅して、その結果答えを見つけることができたらしい。
最終的に私はクリスさんの勧めに従って観光の旅に出ることに決めて、多すぎるぐらいのお金をクリスさんに貰って旅に出た。
足りなくなったら手紙を送ってくれれば追加資金も出すから、気兼ねなく楽しんでって言ってくれたクリスさんの優しさは本当にありがたかった。
世界のあちこちを回りながら、私はいろんなことをしてみた。何か月かひとつの街に滞在して、飲食店とかでアルバイトみたいなことをしてみたり、魔法の勉強をしてみたりした。
だけどコレっていうナニカは見つからなくて、何年もフラフラとしていた。どうしても『自分がここに居ていい』って場所を見つけることが出来なくて、いろんな人が優しくしてくれるはずなのに、それでもなにも答えを出せない私は凄く駄目な人間のように思えて……やっぱりなんだか、世界でひとりぼっちのような感覚があった。
結局何年ぐらいクリスさんの厚意に甘えて自分探しをしていたんだろうか……8年ぐらいかかったと思う。きっかけを得たのは、ハイドラ王国の辺境だった。
そこで私は、過去の勇者役であり私と同じ移住者の大蔵重信……重さんと偶然知り合った。
重さんは私より60歳くらい年上だったけど、互いに初めて会った同郷ということもあって話は弾んだ。
そして重さんの家に招かれ、重さんの奥さんが作った料理をご馳走になった。その時に重さんの家の畑で取れた野菜で作った漬物を食べた時に、なんだか分かんないけど……涙が出てきた。
悲しかったわけじゃない。ただなんとなく、異世界でひとりぼっちだって思ってたところに……日本の味を感じて、嬉しかったのかもしれない。
ホームシックってわけじゃない。移住したことは後悔してないし、いまも元の世界には戻りたくないって思ってたけど……なんだろう、それでもなんていうか、私にとって日本は心のふるさとなんだなぁって、そんな風に思えた。
きっかけは単純だったけど、それだけでなんか目の前の霧が晴れたみたいに……やりたいことが決まった。
重さん以外の移住者がいるか分からないけど、これから先も私と同じようにこの世界に移住することを選ぶ異世界人が居てもおかしくない。
そんな同郷の子たちと、話がしてみたい。私が重さんと話すことで、ふるさとを感じたみたいに、これから先に現れる後輩たちにもふるさとを感じてもらいたいって思ったんだ。
何日かお世話になってあとで、重さんと奥さんにお礼を言ってアルクレシア帝国に戻った私は、皇帝になっていたクリスさんにやりたいことが見つかったことを伝えた。
クリスさんは自分のことのように喜んでくれて、目的のために友好都市ヒカリに定住しようとする私に対して、個人資産で援助をしてくれた。もう本当に一生頭が上がらない。
ともかくクリスさんの援助もあって、私は得意の料理を活かして友好都市ヒカリに小さな店を開いた。この世界でも珍しい、お米オンリーの定食屋だ。
こうして友好都市ヒカリに店を構えておけば、勇者役の子たちが見つけて立ち寄ってくれるかもしれないって、そう思った……んだけど……。
「……そうだよね。普通に考えて勇者役が友好都市に来るタイミングって、勇者祭だよね……そうなると、祭見て回る余裕とかないよね。私もそうだったもん!」
そう、誤算だったのは……私が結構馬鹿だったことだ。意気込んで迎えた勇者祭の年だったのだが、残念ながら勇者役の子は店を訪れてくれなかった。
いや、そもそも、仮に観光する余裕があったところで、この広い友好都市内で小さな店を見つけられるかと言われると、それも難しい。
いちおう見つけ安いように店の看板は漢字で書いてるんだけどなぁ……ううむ。
「うぐぅ……重さんも年一ぐらいでしか来てくれないし、同郷の子たちと話したいよぉ。日本の話題で盛り上がりたいよぉ……あとついでに、先輩面したいなぁ。『今日は私の奢りだよ』とかいって、店で一番高い料理出してあげたいよぉ」
まぁ、うち定食屋だから一番高い料理でも日本円で1300円ぐらいだけど……。
世の中上手くいかないよ。難しいなぁ、いっそクリスさんにお願いしたら勇者役にこの店のこと紹介してくれたりしないかなぁ……いや、駄目駄目。
この店作るときにも物凄くお世話になったのに、これ以上迷惑をかけるわけにもいかない……あと、そもそも皇帝であるクリスさんに手紙出すのも大変だし、アルクレシア帝国までだと結構いい値段するし……厳しいなぁ。
「この世界に移住した異世界人がフラッと友好都市に観光に来てくれないかなぁ……」
そんなことをぼやきながら、私は店を開ける準備をする。
本当にいつの間にか世界にひとりぼっちだという孤独感は無くなっていて、いまはいつか訪れる……訪れて欲しいと願う同郷の後輩との出会いが、ただただ楽しみだった。
「よ~し、今日も頑張るぞ~!」
【水原香織】
29歳。正義のひとつ前の勇者役であり、友好都市ヒカリに定食屋『水連』を開いている。異世界でそれなりに成功している茜や、元々大企業の跡取りだった重信と比べると、一番思考や感覚が庶民。
あんまり頭は強くない。同郷の後輩に年上ぶりたいと思っていて、店に同郷の異世界人が来てほしいなぁと思い続けている。
異世界人特有の特殊な適性をしており、水魔法が得意。クロが語っていた『魔力量は少ないのに水属性だけ第魔法を行使できる』というのは香織のこと。
恋愛面に関しては現在三十路手前なので、若干焦っている。「出会いが、出会いがないよぉ」とのこと。
友好都市ヒカリで店、同郷の子と会いたいと思ってる、快人がフェイトとの旅行のあとで友好都市ヒカリに行く予定……と、どでかいフラグが建っている。
……というわけで『三人の移住者の中で一番初めに快人と会うのは香織である』。




