閑話・移住者①~三雲茜~
過去100度行われた勇者祭、その度に異世界から招かれた勇者役たち、彼らは役目を終えたあと元の世界に戻るかトリニィアに移住するか選ぶことができる。
その中でいままで移住を選んだ異世界人は、47人……おおよそ半数近くが元の世界に戻るのではなく、この世界への移住を選んでいた。
それはなぜかと問われれば、もちろん要因となるものは存在する。そもそも勇者召喚の魔法陣によって召喚される勇者役の選定には一定の基準が存在する。
まずひとつは初代勇者九条光の召喚年齢の前後2歳までの範囲、光は17歳で召喚されたため勇者役の召喚は15歳~19歳が対象となる。
そして……『別の世界に行きたい』或いは『この世界から消えてなくなりたい』という願いがある者で、根が悪人ではない者が勇者役に選ばれて召喚される。
例外なのは巻き込まれて召喚された楠葵、柚木陽菜、宮間快人の三人のみで、それ以外の勇者役はそれらの基準を元に選出されている。
光永正義が家庭環境に恵まれず別の世界に行きたいと心の中で願っていたように、過去の勇者役たちもそう言った事情を抱えているものが多かった。
それでも元の世界に戻ることを願うものも居れば、新たな世界で生きることを選んだ者もいる。
世界は平等やない。どれだけ綺麗事を並べようが、どれだけ理想を叫ぼうが、それは事実やし、どれだけ努力しても埋まらん差っちゅうもんは確かに存在する。
ウチの生まれた家はどうしようもなく貧乏やった。オトンもオカンも朝から晩まで必死に働いて、それでも日々の食事にも困るレベル。
いまんなって思えば、ふたり共生きるんがへたくそでやっすい金でいい様に使い潰されてたんやって理解できる。ほかに上手いやり方もあったんやないかとも思う。
けど当時のウチは社会もなんも知らんガキんちょやったし、そんなことはしらへんかった。ただオトンとオカンが大変そうやったなぁてそんな程度の思い出しかない。
出来るだけ家の手伝いはしたつもりやったし、ワガママも言わんようにした。我ながら小学校を出るころには、もう結構大人びた考え方をできるようになってたと思うとる。
行けても中学まで、高校に行く余裕なんてない。中学を卒業してすぐに就職して……就職ってことでええかな? 実際はフリーターみたいなもんやったけど、ウチもオトンとオカンと同じように安い給料で朝から晩まで働く生活が始まった。
普通に考えたら生活は楽になるはずや。だってそうやろ? ウチの学費がかからんようになって、働き手は三人に増えたんや、貧乏なんは変わらんでもいまよりまともな生活ができると思うやろ?
けど、ウチが働き始めて半年も経たんうちにオトンもオカンも過労でアッサリと死んでもうた。悲しみはもちろんあったけど、それ以上にこれからどうしたらええんやって気持ちが強かった。
その時のウチはまだ16歳……社会のことも全然知らん。そんな状態で、いきなり一人で生きていくしかのうなった。
目の前が真っ暗になるっちゅうはまさにあの事やな。なにをどうしてええか分からんまま、己の運命を呪った。
そんな時に……ウチは異世界に、トリニィアに召喚された。
初めは正直夢でも見てるんかと思うたわ。ようわからんまま勇者役を引き受けたら、いままで一度も体験したことが無いような、物語のお姫様みたいな待遇で迎え入れられた。
正直背中がムズムズしてしょうがなかったけど、それでも驚きの連続は沈んどった心には丁度よかった。なんだかんだで勇者役は結構忙しゅうて、暗いことを考えとる暇はあんま無かったしな。
勇者役として世界を回っていろんなもんを見た。異世界やから新鮮ってわけやなくて、なんやろな? ウチはいままで狭い世界で生きてきたんやなって思ったわ。
いろんな人がおって、いろんな生き方をしとった。貧乏でも笑って生きてるやつもおれば、ごっつ金持ちやのにつまらなそうな顔してるやつもおった。
見識が広がったって言うんやろうな。いろんなものを知る内に、少しずつ前を向いて歩き出そうって気持ちが湧き上がってきたように思えるわ。
そして勇者祭が終わったあとで、ウチはこの世界にトリニィアに移住することを選んだ。元の世界に戻るよりもこの世界で新しくやり直そう……いや、自分で考えて前向きに生きてみようって思ったんや。
……まぁ、希望すれば爵位とかくれるって言われたんやけど、無理やて貴族なんて柄やないし、貧乏がええわけやないけど贅沢すぎる生活も肌に合わん。
そんなわけでウチは、爵位貰う代わりに大き目の商会に口きいてもろうて下働きしながら商売についていろいろ教えてもろうて、5年ほど経った後に独立して三雲商会を立ち上げた。
ま~そん時にはクロム様とかにごっつお世話になったんで、クロム様には一生頭上がらへんけど……。
不思議なもんや、前向きに考えてアレコレ動き出してから、急にいろんなことが上手くいくようになった。もちろん最初っから大繁盛とかそんなわけやないけど、そこそこの売り上げは出たし、なにより人に恵まれた。
ちょっとばかし生意気やけどめっちゃ優秀で、家事から戦闘までなんでもこなせるメイドや、無駄にノリのええ商会員たち……ホンマに、我ながらええ商会を作れたと思うわ。
「……会長? どうしたんですか、急にわら……気持ち悪い顔して」
「なんでいま、わざわざ気持ち悪いって言い換えたんやお前……。まぁ、別に大した理由やあらへんよ。なんやまぁ、いまの生活もええなぁってそう思っただけや」
「そうですか、私ももう少し給料が上がればいい生活だなぁと思えるのですが?」
「そこは働き次第やなぁ。まぁ、それなりに期待しとるから、頑張りや」
世界は平等やない……けどまぁ、不平等やからって悪いわけでもない。人それぞれ同じ生き方っちゅうんはないんやし、それぞれの人生を楽しめたら……それはもう勝ちってことでええやろ。
「会長、お土産はあそこにある高級チョコレート店などいかがでしょう?」
「アホ、そんな高いもんかえるか! もうベビーカステラでええやろ、安いし」
「やめてくれませんか、その絶妙に文句つけづらいチョイス」
「ははは、クロム様が大好きやからなぁ」
まぁ、本当にこの世界での生活は……悪いないわ。
シリアス先輩「……うん? ①ってことは、他のふたりの移住者も出るのかな?」




