白神祭を終えて②
夜ということもあって、リニューアルした庭の見学は明日にすることにして、今日は祭りの疲れのあるので適当なところで解散となり、俺は自分の部屋に戻ってきた。
買ってきたものなどを軽く整理していると、壁の一部がガラッとスライドしてクロが現れた。クロが来るのはいつものことだが、その壁のスライドはなんだ? 入り口になってるのかそれ?
「カイトくん、きたよ~」
「……一度この部屋に俺の知らない隠し機能が何個設置されてるのか、本気で追及したい気がする」
明るい笑顔を浮かべるクロに呆れたような目を向けるが、まぁいいか、どうしても気になったらアリス辺りを問い詰めればいいだろう。
それはそれとして、クロは基本毎日くるが今日は来るかどうか微妙だと思っていた。
「今日は白神祭で忙しかったから、来ないかと思ってたよ」
「う~んとはいっても、ボクは最初と最後に一言言って、あとは見てただけだしね」
「それはそれで大変そうだけど、勇者祭とかでもそんな感じなの?」
「基本的に来賓としていってたらそうだね」
注目される状態でジッと来賓席に座っているというのも大変そうだが、六王であるクロとしては慣れたものなのかもしれない。
そんなことを考えていると、クロはいつも通りコーヒーの入った湯呑を取り出して、俺の前に置き……これもまた恒例のベビーカステラを……。
「はい、今日は『フィナンシェ』持ってきたよ! 一緒に食べよ~」
「ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は反射的にクロのおでこに手を当てて熱を確かめた……けど、魔族って風邪ひくのか? そもそも引いたとして体調不良で熱が出たりするのか?
「……クロ、大丈夫か?」
「え? な、なにが?」
「クロがベビーカステラ以外を出すなんて、なにかヤバい病気なんじゃ……」
「いくらなんでもそれは失礼じゃないかな!?」
いや、たしかにクロは食べ歩きが趣味だし、いろいろなお菓子も食べたりする。なのでフィナンシェを食べること自体に不思議はない。
だが、この夜に遊びに来る時は必ず、ベビーカステラとコーヒーの組み合わせだった。新作があるときは新作を無いときは普通のベビーカステラを持ってきていた。
「いや、だっていままで夜に遊びに来る時にベビーカステラ以外だったことないし……」
「あ~そういえば、そうだった気も……まぁ、とにかく今日はフィナンシェなんだよ」
「けど、なんで、フィナンシェ?」
「実は、ちょっとカイトくんに試食してほしくてね。他にもいくつか持ってきたんだ」
そう言ってクロはなにやら5㎝ほどの筒状の品をいくつか取り出して、テーブルに並べた。
「実は最近新しい商会を作ったんだよ」
「……ふむ」
「カイトくんはランダムボックスは知ってるよね。魔水晶を加工した欠片で作る使い捨てで術式が込められる紙があるんだけど、アレの新しい製法が見つかってかなりコストダウンできたんだ」
また新しい商会を作ったのか……けど、それがフィナンシェとなにか関係あるんだろうか?
「まぁ、すごく簡単に言っちゃうと『携帯食料』を取り扱う商会だね。カイトくんも知ってるとは思うけど、マジックボックスは魔法具の中でも高価な部類で、使い捨てのマジックボックスも食材を保存するためだけに買うにはコストが高すぎるからね」
「なるほど、それで携帯食料?」
「うん。時空間魔法じゃなくて、状態保存とサイズを縮小させる術式でこの小さな筒を開けると中に入っている料理を食べられる感じだね」
なるほど、地球で言うところのインスタントだとかレトルトだとかみたいな感じかな。たしかに、それはいい着眼点だと思う。
マジックボックスが効果なのはもちろんそうだが、容量にも限界がある。それに魔法具というのは決して無限に使えるわけでもなく経年劣化で使えなくなる。
純度が高いものほど長持ちするらしいが、それでも無限に使えれるわけではない。食材を補完するためだけに買うのはなかなか敷居が高い。
「今はまだ、スープシリーズとお菓子、あとパンをいくつかしか作れてないんだけどね。まぁ、その辺はおいおい増やしていく感じだね」
「価格はどれぐらいなの?」
「だいたいひとつ1R~5Rで販売するつもりだね。軌道に乗ればもう少しコストダウンできると思うけどね」
100円~500円という価格なら、冒険者や行商だけでなく一般家庭にも売れそうだ。今日はあまり料理を作る気がしない時とかにも使える。
スープとパンがあればとりあえず一食にはなるし、状態保存ってことは開ければ温かいままの状態で出てくるということだろう。
……滅茶苦茶売れそうな気がするなぁと思いつつ、フィナンシェを食べてみるが……しっとり柔らかな食感で、優しい甘さが広がるかなりレベルの高い味である。
「……これはいくら?」
「3個入りで1Rの予定だね」
「これ、かなり美味しい……滅茶苦茶レベル高いな」
「ふふふ、味と値段にはかなり拘ってるからね。まぁ、その二つを両立するのが難しくて、まだ種類がそれほどないわけなんだけど……せっかくだし、他も味見してみてよ」
単純に新しいことをするのが好きなのだろう、楽し気に説明するクロを見て温かい気分になりながら、俺はクロの新しい商会の携帯食料を楽しく試食した。
シリアス先輩「……さらにお金持ちになろうとしてる」
???「クロさんらしいというか、たぶんある程度商会が成長したら、家族の中の適任者に任せるつもりでしょうね。トリニィア版レトルトって感じの商品ですし、マジで売れそうですね。たぶん構想自体は前々からあったんでしょうが、採算がとれる目処が立たずに実行してなかったんだと思います」
シリアス先輩「そこに、魔力紙の新製法が発見されて大幅なコストダウンができるようになったから、即設立したと……さすが経済界のドンは行動が早い」




