母のカレー
昔書いた作品リメイク!!
短編は苦手ですが楽しんで書きました。
春うらら。そんな言葉がぴったりな昼下がり。なんと心地よい日差しだろう。
空は快晴! 見渡す限りの田んぼと遠くに見える新緑の山々。
幼い頃の私は大きく手を振りながら田んぼのあぜ道を下校していた。
「あるこーあるこー」
大好きな歌を歌いながら凸凹道を歩く。
田舎の我が家から小学校までの片道は約三十分。
幼馴染と別れてからの一人の時間は私にとって特別で毎日が大冒険。見るもの全てが私の心をくすぐる。
「たんぽぽ!」
私は目の前に咲き誇る花を見つけるとしゃがみ込み摘んだ。花の香りと日差しの暖かさに心が躍る。
「れんげ!」
名前を言いながら摘んで行くとワクワクした。
花の名前はいつも母が教えてくれる。物知りな母。私の大好きな人。
そんな母にとって今日は特別な日。私にとっても特別な道草だ。
小さな手いっぱいに草花を摘む。
家まであと十分の道のりのはずが、なかなか前に進めない。
楽しくなりスキップすると、背負っているランドセルの中身がガチャガチャと鳴った。
「なずなー!」
急に声を掛けられ、下ばかり向いていた私は顔を上げた。
田んぼのあぜ道を抜けた先にピンクのエプロン姿の母が見える。
「おかーさーん!」
私は手を振れない代わりに、両手を上に挙げ摘みたての花を見せた。
「なに道草食ってるのー帰るよー」
「はーい!」
母の元気な声に私は嬉しくなり走り出した。
「あーあー。走って、転けたら危ないでしょ」
母はそう叱りながらも、私の目線に合わせるようにしゃがんで迎えてくれる。
「おかーさん!」
「なに?」
「ただいま!!」
「うん。おかえり」
いつものやりとりをして私はクスクスと笑った。
「なにが嬉しいの?」
「あのね!」
私はそう言って母の前へと摘んだ草花を差し出す。
「お誕生日おめでとう!」
「あれ? 知ってたの?」
「うん!」
私の言葉に母は笑顔で笑った。
「びっくりした! ありがとう」
そう言って私の小さな手からグチャグチャに握られた草花を受け取る。
「嬉しいなあ。帰ったらすぐに花瓶に入れないとね」
母の喜ぶ顔に私も心がポカポカと陽だまりのように熱くなった。
「さっ、帰ろ」
母は手を差し出す。
「こうちゃんは?」
私はいつも一緒に散歩しているはずの弟がいないことに気が付いた。
「こうちゃんはおばあちゃんとお昼寝してるよ」
「そっか!」
その言葉に私は母の手を握った。
いつもは弟に取られてしまう母の存在。しかし弟がお昼寝しているこの時は私だけの母だ。
嬉しくなってスキップする。
ガチャガチャとランドセルが楽器のように鳴る。
「あれ?」
スキップしていた私は春の心地よい空気に混ざる美味しい匂いを感じ、スンスンと鼻を鳴らした。
「カレーの匂いだ」
間違いない。私の大好きなメニュー。カレーの匂いが風上から匂う。
「どこかのお家はカレーかな?」と、私は周りを見渡した。
しかし周りには目の前に見える我が家以外に家屋は見当たらない。
「そうだねー。カレーかな?」
母は嬉しそうだ。
我が家に近付けば近付くほどその匂いは強くなる。
フワフワと漂うカレーの匂い。私と弟に合わせて作る甘口のカレーの匂いがする。
「さて、帰ったよーただいまー」
母はそう言うと玄関を開けた。
「ただいまー! あれ?」
玄関に叫んだ瞬間。大好きな匂いが身体にふわりとぶつかる。
「あれれ??」
首を傾げながら母の顔を見た。
「今日はカレー?」
私の質問に母はニッコリと笑った。
「やったー!」
あまりの嬉しさに私はぴょんっと跳ねると靴を脱ぎ、台所へと走った。
その日の夕飯は私の大好きなメニューで、テーブルには摘んだ母への誕生日プレゼントが飾られた。
それが春の心地よい思い出……。
あれから二十年。
「ただいまー」
気だるそうな母の声が玄関から聞こえる。
「おかえりー」
私は台所の冷蔵庫を開きながら返す。
「あれ? あんたもう帰ってたの?」
「うん。今日は早番」と取り出したジャガイモを流しで洗い答えた。
「疲れたわー」
なんて言いながら母は仕事着のポロシャツの第一ボタンを開ける。
「私も仕事で疲れてるっつーの」
私はジャガイモの皮をピューラーで剥く。
「何作ってるの? 手伝おうか?」
母は昔から使っているピンクのエプロンを首に掛け紐を縛った。
「いや、いいよ私作るし。座ってな」
「えー珍しい。何で?」と、母は私の手元を見て「ははーん」と笑う。
「お! カレーか」
「うん。今日は父さんも、こうちゃんも早く仕事終わるって言ってたよ。もうそろそろ帰ってくるんじゃない?」
「あっそう」
私の言葉に母は答え、買い物袋の中身を出し冷蔵庫の扉を開けた。
「なに? この白い箱」
「ケーキ」
「なんで急に?」
そう二人で話していると玄関が開く。
「ただいまー」
帰って来たのは父のようだ。
「おかえりーって父さん、それケーキ?」
「うん。母さん誕生日でしょ?」
「え? 今日だっけ?」
父の言葉に私は台所の流しから顔を覗かせる。
「嘘! 父さんも買ったの?」
「なにが?」
父の言葉に被せるようにまた玄関が開く。
「ただいまー」
入ってきた弟の手にあるのは白い箱。
「ちょっとー!」
私の叫びに弟は「は? なに?」と驚いた。
「なになに? どういうこと?」
母はそんなみんなの状態にクスクスと笑い出した。
「ケーキ……まさか……みんなホール?」
「そうだよ。お母さんお誕生日おめでとうってプレート付けてもらって」
「え? 俺も付けてもらった」
父、弟が答える。
「私もだわ……」
そんな三人にとうとう母は盛大に笑い出した。それにつられてみんなも笑い出す。
「みんなで食べよう」
そう言って私は台所の調理を再開した。
「今日はカレーだって」
母の言葉に弟と父は目を爛々と輝かせる。
「お! カレーか!」
「俺、手伝う」
四人の会話が弾む。
カレーを作って祝う母の誕生日。
昔のあの日を思い出したからというのは母にはひみつだ。
それとサプライズでもう一つ。
小さな花束を買っているのはカレーが完成してからのお楽しみとしよう。
私が本当にあった体験談を元に書きました。
ほんわか日常が少しでも感じられれば幸いです。