エピソード3 夢泥棒
謎の大学構内爆発事件 ――正しくは魔法使いたちの激突―― から、一夜開けて。
その日の放課後、フリューゲルは部活動に参加していた。
フリューゲルが属しているのは、エリックが顧問を務めるアーチェリー部。活動場所はレーヴェンクラウ大学がまだお城であった時からあった弓の訓練場を再利用したものだ。
アーチェリー部だけではない。この学校には様々な戦闘訓練施設が残されており、一部の施設は使用目的が別にされてしまったが、建物そのものは取り壊されているものはないため競技や武術などの教育がとても盛んだ。だが陸上競技だけは大学近くのグラウンドを使わせてもらっている。
大学生の青年がフリューゲルに叫ぶ。
「フリューゲル、調子いいよ! その調子であと十本射てみよう!」
「はい!」
そんなフリューゲルたちアーチェリー部員が練習に励む中。
場所は変わって、弓の訓練場の外の芝生。
部活に所属していないエルナは空手の型を何度もこなし、フランカはゴム製のレイピア(剣身が細長い片手剣)とマンゴーシュ(左手用の短剣)を手に舞を踊るかのように剣術を練習していた。
エルナは肩にかけたタオルで汗を拭きながらフランカに言う。
「フランカ、いつもよりがんばってるねー?」
「エルナこそ。昨日は、ほら、練習できませんでしたから。」
「あー、だったねぇ。……ところでさ。フランカの剣術、戦う手段ってよりまるで中国の『何たら劇』って言うか、ダンスっぽいよね。」
剣を腰に提げたフランカは、ポニーテールにまとめた金色の髪を振って答えた。
「『京劇』ですね? ええ、私もそう思います。私も剣術や護身術と言うよりその美しい動きに魅せられて、両親に習わせてほしいって頼んだほどです。」
「そっか。でもあたし、そういう細かできれいな動作とか無理だわ。ほら、基礎学部卒業のダンスパーティー。」
「そう言えばメチャクチャでしたね。私と組んでエルナが男性パートで、リードができていなくて、何度もほかの方とぶつかって。」
「そーそー。だからあたし、今度からダンスで男性パートやんない。いくら頭が男の子だって言われてもさ。」
あははは、とふたりで笑い合う。
ひとしきり雑談をしてスポーツドリンクで喉を潤すと、エルナはまた空手を再開し、エルナも舞のような剣術の練習を再開した。
「さーて行くか。三戦の型!」
「それでは参りましょう。『クリストフ流双剣術』、第一路!」
そしてその頃。
レーヴェンクラウ大学校舎、職員会議室。
席の構造は、ひな壇になっている。
そこでは校長と教頭を含む全職員が会議を開いていた。
議題は、『進路希望及びその移り変わり』。ホワイトボードにはそのタイトルが書かれているほか、いくつかの資料がマグネットで貼り付けられ、ホワイトボードの右脇には巨大スクリーンが垂れ下がり、そこにもプロジェクターでグラフなどが映し出されている。
英雄ジークフリードのふたつ名を持つ教師エリックが、マイクを持って述べる。
「……しかしここで今問題なのは、未来に何の希望もいだかない若者が増えてきているということです。
わたくしたちが学生たちに対して最近行った進路希望では、夢もない、したい職業もない、おそらく実家の仕事を継ぐだろうけれど別にやりたくてやるわけでもない、そんな答えばかりが返ってきています。
話をそらすために趣味や好きなテレビ番組、おすすめの食べ物やレジャーに関することを聞いてみましたが、最近趣味が面白くない、遠くに出かけることもない、と言った無気力な答えしか返ってきません。
去年までは世界的な経済不安の影響で、堅実で確実性の高い未来のために勉学に励みより良い就職先を探す学生たちが多くいたその一方で、人々に夢を見せるアスリートやアイドルになりたいと日夜スポーツや売り込みに励む学生もいました。
しかし、今年に入ってからです。急激に未来への希望を見失い、日々をだらだらと過ごし、勉強も適当にやっておけばいい、将来のことは大学を卒業してから考えるという学生が増え始めたのは。
更にその問題は学生たちばかりにとどまりません。我々教職員、特に若い職員の中にも、同様に気力を失っている方がいます。養護の先生が言うには、うつ病に近いがそうなった原因は不明、うつ病とも言い切れないということです。
これはいくら何でも異常事態です。何が学生たちをそうさせたのかは分かりませんが、我々は早急に手を打たねばならないと思います。」
そこまで言うと、エリックはプロジェクターの電源を落とし、マイクを教壇に置いた。そして彼は剣道に使うカーボン製の竹刀を持ち、それを振るう。風切り音が唸り、それをマイクが拾って会議室中に響き渡る。
「わたくしたちは、そんな学生たち、また彼らと同じ現象に襲われた教職員に希望や生きる気力を取り戻してもらうべく活動すべきです。そしてわたくしは次に開催される剣道大会で、何としても三連覇を持って帰ることを誓います。それが、学生たちの気力を取り戻すことにつながるのであれば。」
だが。
フリューゲルたちがそれぞれの学校生活を送る中。
「はぐっ……!」
ひとりの女性がうめき声を上げていた。
目の前には真っ黒なローブをまとった怪しげな男。いや、老人だった。
しわが目立つ手とローブの下の顔は、かなり老けて見える。
「お前の夢、頂いてゆくぞ。」
そう。
シャックスが新たに、何の関係もない人の夢を奪い去っていたのだった。
その日の晩、女性は待ち合わせの恋人に発見されたが、すでにうつろな表情になっていた。そしてその恋人を好きだったという記憶はあっても、その人を好きではいなかった。
その日狙われたのは若い女性だけではない。男性も狙われた。子どもたちも狙われた。常識を知らず素敵な夢を持っている幼稚園児まで狙われた。
ある日突然夢を失った人は皆、今を生きることがどうでもよくなっていた。
更にその翌日。
国立レーヴェンクラウ大学附属総合学校は、祝日のため休校だった。寮に外出届を出したフリューゲルたちはおめかしをして学生証をポケットにしまい、そろって城門を出た。
久しぶりの学校以外の景色をながめながら、フリューゲルとフランカは徒歩、エルナはスケートボードで、久しぶりの町を歩いた。
道端に店を開いている屋台でケバブを買い、商店街で一番人気のクレープを買い、ゲームセンターでは代わりばんこでアイスホッケーを楽しみ、スケートボードもできる公園ではフリューゲルとフランカがエルナの技に見入っていた。
ほかにも楽しめる場所はある。エアガンシューティングができる喫茶店、女の子たちで賑わう話題のカジュアルショップ、雑誌に載っている人気のカフェなど。世界的に有名な城跡では記念撮影もした。
この街が誇る電波塔『エルデ電波塔』に登り、ガラス張りの展望台からエルデの町を見渡す。とても高い場所で眺めているため、建物ひとつひとつがとても小さく、まるで机の上いっぱいに広げたジオラマのようだ。
そんなエルデの町を、そして遠くに見えるレーヴェンクラウ大学を眺め、フリューゲルたちは展望台の片隅にある喫茶店で紅茶を楽しんだ。
展望台をあとにして更に町の散策を進め、古めかしい商店街にやってきた。
ここは古い町並みが残り、店の経営もシステム化してきたものの、売られているものやお店や商店街の雰囲気などは、昔から残されているものも少なくない。
そう、都会にひっそり息づくダウンタウン。そんな古い町並みを眺めながら、フリューゲルたちは歩いてゆく。このような夢と古めかしさに満ちた場所では、フリューゲルが一番盛り上がっていた。
「こんな裏通りに逃げ込んだネコさんを追いかけてくとね、『中間世界』に迷い込んで、世界中の言葉を話す動物さんたちと出会うことができるんだ。あっちの道は夜になると妖怪やガーゴイル、神話の怪物たちが住む異世界につながるゲートが開くんだよ。」
「へぇ~。厨弐病もここまで来るとツッコミ切れない。」
エルナが呆れる中でもフリューゲルはまったく気にした風でもなく、裏路地、古めかしいお店、美術的な看板、そんな町を行き交う動物たちにいろんな設定をつけてゆき、ファンタジーの世界を楽しんでゆく。
そしてその商店街を抜けると、そこは都会らしさあふれる近代的なビルが立ち並ぶ大通り。フリューゲルは名残惜しそうに「今度の休みにまた来よう……」と小さくつぶやいて通りに出る。
今度はフランカがとても楽しみにしていたドレスブランド店にお邪魔することに。フランカはそのお店で、フリューゲルやエルナのような一般家庭の少女には手が出ない、高級、オシャレ、上品、煌びやかなドレスや、それに似合うアクセサリーを何点かチョイス。豪華なホログラムがついたクレジットカードで、一瞬にして会計してしまう。
フリューゲルがそんなドレスをどこで着るのかと尋ねると、フランカが言うには祖父が経営している会社の社交界で使うとのことらしい。
フランカは買い物が終わったあとどこかに電話をかけた。しばらくしてやってきた黒服たちに荷物を預け、寮まで運ぶように頼む。このようなシーンを見せ付けられたとき、普段仲がよくそして優等生のエルナが、改めて本物のお嬢様であることを思い知らされる。
「さーってぇ!」
朝から昼、更に夕方まで楽しんだ三人。
空はまだ明るく、日が沈む様子はない。
うーん、と伸びをしたエルナが、ガードレールに寄りかかって言った。
「みんな。寄るところがなかったら、もうそろそろ寮に帰る? おバカなフリューゲルの勉強を見なきゃなんないし、回りたいところは大抵回ったしさ。」
「おバカは余計だぁーッ!」
フリューゲルが両手を振り回して憤慨する。そこにフランカもフォローした。
「ええ、今日は久しぶりに街を見て回ってとても楽しかったです。楽しんでリフレッシュしたあとは、お勉強もきっとはかどるでしょう。」
冗談を言い合ったり、たまに勉強の分からないところを歩きながら教え合ったり、今日の面白かった、楽しかった店舗の意見を交換したりしながら、三人は大学に向かう。その頃には、退勤して帰路に着くサラリーマンや買い物に出た主婦が多くなり始める。
すると。
「えっ……?」
フリューゲルがいきなり立ち止まり、両手を耳にそっとあてがった。
「フリューゲル?」「どうなさったのですか?」
彼女が急に立ち止まったことに、エルナとフランカも振り返って彼女を見る。
だがフリューゲルはふたりに返さず、まるで聞き取りづらい音に耳をすませるかのように、耳に手をあてがったまま何かに意識を集中させていた。エルナとフランカは見合うが、フリューゲルが何をしているのか、まったく分からない。
するとフリューゲルは何かを察知したように顔を上げ、いきなり来た道を引き返し始めた。
「フリューゲル、おい!」「待ってください!」
だがフリューゲルは止まらず、追いかけてくるふたりに返した。
「魔法だよ!」
いきなりそんなことを口走ったものだから、周囲の人々はいぶかしがる。だが一昨日あの事件を目の当たりにしていた、しかもハーゼに記憶を消されなかったふたりは、ただそのひと言で理解した。
「ハーゼか!?」「ですよね!」
「うん。この先にいる。あの始祖鳥みたいなのと戦ってると思う!」
あとには、ふたりの少女の足音と一台のスケートボードの車輪の音だけが残響する。
その頃。
エルデ、満月通り。
その通りに面する、大きなオフィスビルの屋上。
パイプが渡され、空調機が動き、ただでさえ夏だというのに熱風が吹き荒れ、暑いことこの上ない。そんな中、ハーゼとシャックスは互いの媒介を手ににらみ合っていた。
ハーゼの媒介は銀色の指輪。対し、シャックスの媒介は宝石を持つ腕輪。シャックスはあの始祖鳥らしき生物、グンターにまたがっている。
「今日こそは排除し、貴様からも夢を奪ってやるぞ、ウサギの目。娘の一部となれるのだ、うれしく思え。」
「お断りだ。そんなことで死んだ人が生き返るわけがない、いい加減に目を覚ませ!」
互いの手から魔法が炸裂し、両者の間で火花を上げる。その火花が消え去る前にハーゼは建物の屋上から飛び、空中に展開した魔法陣に着地すると、人の脚力ではなしえない高さにまで一気に飛び上がった。
「超遠距離からの砲撃魔法か。大口を叩いておきながら、相変わらず臆病な戦術だな、ウサギの目!」
「冗談じゃ、ない!」
その距離、アーチェリーの世界大会におけるフィールドよりも遥かに長い。オリンピック選手でも正確に射抜けるか否かの距離を、ハーゼは取った。
そして放った魔法、太陽のような光の弾。彗星のように尾を引きながら、光弾はシャックスめがけて飛んでゆく。だがシャックスを載せたグンターは、彼の意思がすぐに伝わったかのように翼をはためかせて回避する。そしてハーゼもそれまで漂っていた空中に魔法陣を展開、足場で立ち位置をしっかり固定すると、迫り来るシャックスを待ち構えた。
「未熟だな、ウサギの目!」
「ってーか、その名前で!」
ハーゼは魔法陣から後方回転しながら飛び降り、空中に身を躍らせた。高さがシャックスより下になったハーゼは、シャックスではなく彼の足となり翼となるグンターの腹を下から狙い、魔法を放つ。
「呼ぶなよ!」
今度は一発ではない。以前シャックスがやったように、ひとつの魔法から複数の光弾を放ち、そのひとつひとつに追撃魔法式を付加する。数発は外れたものの、うち数発はグンターの後ろ足や尾羽に命中。最後の一発は腹部に当たり、グンターとシャックスのバランスを大きく崩した。
「ぐっ……! その程度でやられるグンターではない!」
落下するハーゼ。空中に魔法陣を展開して着地するが、空中で旋回したグンターは口から炎の球を吐き出し、それをハーゼに浴びせようとした。だがハーゼは別に魔法陣を重複して展開。いくつかの魔法陣を犠牲にしながらグンターの炎の球を防ぐ。
だが。
「なっ……」
その向こう側から新たに赤黒い魔法の光球が襲い掛かってきた。それは二日前、レーヴェンクラウ大学敷地内で繰り広げた戦いで見せたあの魔法だった。
「がふ!」
ハーゼの腹部に直撃した、シャックスの魔法。彼は自分が展開した魔法陣からはじき出され、空中を舞う。先ほどのビルの屋上を通り過ぎ、一気に地上へと向かって落下する。
焦るハーゼ。彼を死なせるつもりはなかったのか、シャックスも表情をゆがめる。
「しまった! ウサギの目の夢を回収せねば……」
彼の生死より、彼が持つ夢のことを心配していた。シャックスにとってハーゼの命は守るほどのものではないのだろうか。
だが、ハーゼもこのままでは終わらない。
落下する軌道の先にいくつもの魔法陣を展開し、何枚も叩き割って地上スレスレのところで最後の一枚を割り、何とか速度を落とした状態でコンクリートの車道に横たわった。そこに車が突っ込んできたため、あわててよける。歩道にごろごろと転がった。
「ハーゼ!」
そんな彼に声をかけたのは、息を切らして駆け寄ったフリューゲルだった。あとにはエルナとフランカも続く。
「きみはフリューゲル! それにエルナ! フランカ!」
「大丈夫、怪我とかは!?」「あの夢泥棒もいるのかよ!」「逃げましょう、早く!」
フリューゲルに手を取られ、起き上がるハーゼ。しかし背中を強く打ったのだろう、その動きは鈍く、表情も痛みに歪んでいる。
「でも、みんな、どうしてこんなところに……」
「今はそんなことどうでもいいよ!」
だがそこに、ビルの壁、窓枠、電信柱、街路樹、そしてガードレールの順に下りてきたシャックスが、右手をハーゼに向けた。グンターはビルの屋上に置いてきたのだろう。
「終わりだ、ウサギの目。夢を奪ってお前を始末したら、次はそこの小娘たちの夢も頂くとしよう。」
「させるか、絶対にさせるもんか。これだけ言っても分からないなら、お前の夢も取り戻してやる。お前を正気に戻した上でもう一度、死んだ人が戻ってくることがないことを教えてやる!」
そしてハーゼは右手をかざし、魔法を展開しようとするが。
「ハーゼ……?」
思いのほか空中からの落下のダメージを緩和できていないのか、足はふらつき、手は震えている。
フリューゲルが気付いた。
「……っ!?」
何と民族衣装のうしろ身ごろに、赤いシミができていた。どうやら頭を打って傷を負い、そこから血がにじんでいるようだ。そして額からも血が一筋流れ、眉間、右頬、唇の右脇、そしてあごを伝い、地面にポトリ、ポトリと落ちる。
「ハーゼ! ダメだよ、戦っちゃ!」
「フリューゲル、いいから逃げて! きみたちの夢まで奪わせたりしない!」
そしてハーゼは、シャックスに言う。
「この子たちに近付くな、シャックス! 魔法の番人もろとも、お前の暴走も食い止めてやる!」
「よかろう。ならばこの一撃を受けて、もう一度立ち上がって見せよ!」
すると。
「えっ……?」「フリューゲル!?」「何のつもりですか!」
ハーゼとシャックスの間に、フリューゲルが割って入った。
怒りに燃えた強い視線をシャックスに向けた。
「ハーゼは、わたしが守る。」
足を肩幅に、両手を左右に開き、大の字になってシャックスの魔法を阻んだ。
右手の前に魔法を展開するシャックス。彼はフリューゲルに問う。
「この魔法を受けてはただでは済まんぞ、小娘?」
「分かってる。実際怖い。だけどわたしにできることは、これくらいしかないんだ。」
「敵わんと知ってなおわしに刃向かう気か。自らわしに夢をくれる気か。」
「そんなのやだよ。わたしにはやりたいことある。いつかわたしの背中に翼が生えて、その翼で虹を超えて、虹の橋の天辺で世界中を見渡したい。虹の橋の向こう側にある世界に行って、その世界にいるたくさんの神様や動物たちとお話がしたい。わたしは、空を飛ぶまで絶対に夢を諦めない!」
人が聞けば、何て幼い夢なんだと思うかもしれない。フリューゲルと同じ年頃の少女が口にするにはバカバカしい夢かもしれない。
それでもフリューゲルは胸に抱く夢を、正面切って、真剣な表情で、口にした。
いつか背中の翼を広げて虹を超えてみたいという、どこまでも純粋な夢を。
「でも! でもハーゼには、わたしのほかにもたくさんの人が想い描くたくさんの夢を守ってもらいたい。だからわたしはハーゼを守る。あなたに取られても取り返してもらう。そしていつか、わたしは夢をかなえる!」
シャックスはその夢をバカにするどころか、最上級の宝物を見つけたかのように笑い、フリューゲルを見つめた。
「ならばその夢、わしの孫娘の材料としてありがたくもらいうけよう!」
するとシャックスは、右手の前に展開した魔法を消滅させると、フリューゲルの目の前までやってきてフリューゲルの胸の前に右手を向けた。フリューゲルの心から、夢を奪おうとしている。
目をつぶるフリューゲル。彼女を引き剥がそうと手を伸ばすハーゼ。フリューゲルが夢を奪われる瞬間から目をそらすエルナとフランカ。そしてシャックスの右手がフリューゲルの胸に触れようとした、その時だった。
「えっ……?」
そこから、すさまじい『力』の激流が起きた。
その色は、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。雨上がりの空に描き出される弧状の光のスペクトル、虹の色が、フリューゲルの胸からあふれ出した。
「なっ……!?」
そしてその力は、瀧のような激流となった。
虹に包まれるフリューゲル。シャックスはあふれ出す力の激流に吹っ飛ばされ、街路樹の幹に叩きつけられた。そして彼女に手を伸ばしたハーゼも右手を弾かれ、思わず左手で押さえた。空に描かれる虹よりも激しく輝く虹の光に、通りを行き交う人々は思わず手をかざし、目をそらしてしまう。
「どういうことだ、フリューゲル……?」
ハーゼの問いに、光にまぎれたフリューゲルは答えない。
そして、変化が起きた。
虹の光がやがて収まる。いや、収束してゆく。
虹の光がフリューゲルに吸い込まれてゆく。
そしてその光の中から現れたのは、フリューゲルのはずなのに。
「き、貴様…… 貴様も魔法の番人か!?」
フリューゲルでは、なかった。
「……違うよ。」
砂金のような金髪は、宝石のヒスイのようなライトグリーンに。
深い海のような碧眼もまた、透き通るほど青い海の色に。
長い髪はさらに伸び、朱鷺色のリボンが頭のうしろで結っている。
耳は左右に長く尖り、ふさふさでつややかな毛におおわれている。
紺色のツーピースの上に、襟付きの赤いケープに腰に巻くタイプの同色のローブ。
靴も、ローブとケープと同じ素材と思われるブーツに。
そして、決定的な大きな変化がひとつ。
「フリューゲル、背中に!」
「そんな! フリューゲルの夢が、形を得たというのですか……?」
そう。その背には虹色の翼が、大きく左右に広がっていた。
そしてフリューゲルは、シャックスに言う。
「なんだか、すごい、ビックリだけど……」
右手を、かざす。
握られていたのは、幻想的な彫刻が施された大きな弓。
「今なら分かる」
フリューゲルはそのグリップを強く握る。
「あなたにこれ以上、もう誰の夢も奪わせない! これはそのための力だよ!」
流星のように誕生した、異例の魔法使い。
魔法少女フリューゲルの進撃が、始まる。




