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後継者

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国王杯 3日後 昼

場所:ローズ家本邸 ローズ公爵書斎

語り:エリス

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 私は外出から戻ると、真っ先にお父様の書斎に向かいました。


 後ろでレイが着替えがどうとか言ってましたが、今はそれどころではありません。


 私は書斎のドアをノックして返事も待たずに入りました。


「わが娘はいつからこの様な礼儀知らずになったのだ?」


 とお父様は嘆いておられますが、こちらはそれどころではありません。


 私はつかつかとお父様のいるデスクに歩み寄りました。


「お父様!さっきのあれはどういう事ですの!?」


 バン!とデスクを叩きながら私はお父様に問いかけました。



「エリス。競馬は何のために行われている?」


 私の剣幕はそのままに、お父様は随分落ち着いた様子で私にお尋ねになりました。


 ならば私も落ち着くとしましょう。


「勝負の為です。そしてそこで勝つためですわ。」


「正解だ。だがそれは本当の目的ではない。」


 先程は短絡的に答えてしまいましたが、まだ私は落ち着きが足りないようです。



 競走馬はレースをする為だけに作られています。


 生産者達は頭の中で作りたい馬の理想像を描き、それに応じた配合を考え生産します。


 生産された馬はトレーニングを施され、やがて様々な馬達とレースで競わせます。

 

 そしてその際には、馬の適性も見定めていきます。


 得意とする距離の長短だけでなく、パワーがあるのか?スピードがあるのか?瞬発力があるのか?馬場適性は?


 その適性に応じて素晴らしい成績を残した馬達が、より優れた血統を残して行く。


 それが競馬の目的です。



 私は一息ついて改めて答えました。


「より優れた血統を残すための選抜手段ですわね?」


「そうだ。それがわかっているなら私の言いたい事もわかるだろう?」


「種牡馬になさるおつもりですの?」


「そうだ。」


「でも今引退させてもシーズンには間に合いませんわ。」


「そこはオーエンが言っていたように休養もさせるし、じっくり時間をかけて種牡馬の体に仕立てる時間に充てる。」



「先程も申し上げましたがなぜ今ですの?

 今年休んだとしても古馬路線がありますわ。」

 

「その通りだ。そこで順調に勝てると思うか?」


「それはやってみなければわかりませんわ!」


「だがその頃には、高い確率でナイトが勝てなくなる馬が同期にいる。」


 その馬に関しては、私も心当たりがあります。


 ナイトはまだ直接負けていませんが、グングンと実力をつけてすぐ側まで迫っている馬が。


「レスターですわね?」


「そうだ。グラジエーターはこれから2000前後を主戦場とするそうだ。

 だがレスターとはナイトとずっと路線が被るだろう。

 目覚ましい成長度合いで言えばレスターの方が上だ。

 ナイトにそれ以上の成長が無いかと問われれば、これも未知数だがな。」

 

「皮肉ですわね。」


「何がだ?」


「レスターはうちの生産馬です。

 それをケイトの所に譲ったわけですし、まさかその馬がナイトに引導を渡すことになるとは・・」


「それは違うぞエリス。」


「どういう事ですの?」


「それはむしろ喜ぶべきなのだ。

 うちの牧場からランカスターカップの勝ち馬も出たし、来年のエース候補も出たとな。」


「まあ。そうですわね。」


 何となく釈然とはしませんが、お父様が仰る意味もわかります。


「それに理由はそれだけではない。」


「他に何が・・・」



「これはまだ一部の者しか知らないが、フェザーグレイが危篤状態だそうだ。」


「フェザーグレイが?確かですの?」


 フェザーグレイはナイトの父親で、クラシックの春の二冠と秋の古馬を交えたG1も制しています。


 翌年も期待されていましたが、その後ケガが判明して3歳限りで引退してしまいました。


 ナイトは初年度産駒で、馬体の芦毛はフェザーグレイからの遺伝です。


 種牡馬成績もなかなか優秀で、ナイト以外にも重賞勝ち馬が何頭かいますし、他にも有力馬がいるようです。


「獣医たちの話だとほぼ絶望的な状況だそうだ。

 だから後継種牡馬を早急に確保する必要があるのだ。

 引退の理由はこれが一番大きい。」


 確かにレースでケガをしてナイトの命が失われれば、フェザーグレイの有力な後継種牡馬が失われる事にもなります。


 そうなると来年からの馬産にも大きな影響が出るかも知れません。


 ナイトはダイアナの子で本物の良血馬です。


 馬産地の期待も大きいのでしょう


「こうも複数の条件が重なっては仕方ありませんわね。」


「わかってくれたか?」


「ええ。それにしてもなぜフェザーグレイの事をご内密に?」


「お前はただでさえ緊急事態で忙しい現場をさらに混乱させる気なのか?」


 お父様は本当に呆れたご様子でそう仰いました。


 確かにこれは私の短慮でした。反省しなければ。


「では私は自室に戻りますわ。この状況ではお父様も大変でしょうし。」


「まあ慌てるな。お前にまだ大事な話がある。」


「今でなくてはいけませんの?」


「確かにそうなのだが、大きな区切りには違いないしこの場で言った方が良いだろう。」


 ナイトやフェザーグレイの事があるのに、一体何だというのでしょうか?



「来年からお前が我が牧場及び所有馬達の経営責任者になる。」


「・・・は?」


 あまりの事に随分間抜けな反応になってしまいました。


「つまり私の個人名義で走らせている何頭かもお前名義になるし、生産及び育成牧場もお前が責任者になるという事だ。」


「お待ちくださいお父様!私には何の実績もありませんわよ!?」


「ナイトを立派なG1馬にしたじゃないか。」


「あれはオーエン先生やリナの様な厩舎スタッフやレースで勝利に導いたアニーの功績です。

 私は良いエサを送ったくらいです!」

 


 そこでお父様はなぜかニヤリとお笑いになりました。


「それがわかってるならいい。彼らの仕事をお前は正当に評価しているわけだ。」


「当たり前です。彼らの事を差し置いて”全ては自らの功績だ”などと言えるほど、私は恥知らずではありませんわ。」


「よく言った。今のお前なら自分の感情で馬の生き死にを左右する様な判断を下さないだろう?」


 今私の顔は真っ赤に染まっていると思います。


 あの日朝一から厩舎に乗り込んで、オーエン先生やリナに当たり散らした上に退厩させろと迫ってしまった。


 彼らの仕事を信じず、たった一戦だけで結果を求めようとしてしまった。


 幾ら私にとって思い入れの強い血統の馬であっても、私のとった行動は単純に見苦しいものでしかない。


 イレイザーをけしかけて来たヴィルマの事をあまり言えませんわね。



「わかりましたわお父様。来年から私がローズ家の牧場と所有馬達に相応しい経営者になって見せますわ。」


「頼んだぞ。正直私一人では全てに手が回らんのだ。

 牧場だけでもお前が引き受けてくれて助かった。」


 お父様は、肩の荷が一つ降りたようなホッとした表情をされています。


「まあお父様ったら、そっちが本音ですの?

 それで最近ナイト以外の事にも私だけで当たる様に仰っていたのですね。」


「そうとも言えるな。ハハハハ。」


 二人で暫く笑っていましたけれど、お父様から余計な一言が聞こえてきました。


「そうそう。アボットの娘もお前同様来年から牧場関連の経営責任者になるそうだ。

 種牡馬になったナイトの権利も共同で持つ事になったからあまり喧嘩はするな。」


「・・・頭が痛いですわ・・」


 ええ。本当に。





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