国王杯 最終追い切り
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国王杯 一週前週末 最終追い切り 早朝
場所:坂路
語り:俺
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今日の坂路は人も馬も殆ど誰もいない。
そりゃそうだな。
何せ昨日と今日は競馬開催日だ。
オーエンは所属馬が出てるから競馬場に行ったし、アニーも当然いない。
今俺は誰もいない単走状態でリナを背に坂路を上がってる。
因みに今は軽くウォーミングアップで上がっているからそれ程の負荷は無い。
競馬場に行ってるオーエンの代りにリナの先輩の厩務員が頂上の監視塔にいて状況を見てくれているけど、リナは何となく不安そうだ。
頂上に着いた俺達を先輩厩務員が出迎えてくれた。
「どうする?リナ。メイチでいくか?」
「先生からもアニーからも無理しない様に言われてますので、多少加減します。本数も2本で行きます。」
「わかった。」
そう言って先輩厩務員は俺達に背を向けて監視塔へ向かった。
リナは4日前のオーバーワークが気になってるんだな。
それも仕方がない。あの晩は俺も多少辛かった。
俺はゆっくりと頂上を降りてスタート地点まで戻った。
そこからスタートしてさっきとは段違いのスピードで駆けあがる。
リナの手綱は全く動かず、そのままの勢いを維持して俺は頂上までたどり着いた。
少し休んでから、またゆっくりと頂上を降りてスタート地点まで戻って再スタート。
今度はさらに加速するのかと思ってリナの指示を待ったけど、さっき同様全然手綱は動かないしムチも入らない。
そして頂上にたどり着くと、さっき同様出迎えてくれた先輩が、
「おお、なかなか良いじゃないか。タイムも悪くないし一応の水準にはある。」
と言ってくれた。
「ありがとうございます先輩。」
「それにしても放牧期間が短すぎて、こいつが帰ってきた時は大丈夫かと思ってたけど、よくここまで持ってきたな。」
「いえ、先生や皆さんのおかげです。ナイトも頑張りましたし。」
そう言いながらリナは俺の首筋を撫でてくれた。
「じゃあ今日はこれで上がりだな。お疲れさん。」
「ありがとうございました先輩。」
リナは先輩に頭を下げた。
今日の坂路調教はこれで終わり。
ただ調教の強さ自体は4日前の方がずっと上だった。
勝手にグラジエーターに相手してもらったしな・・・
でも今回の方が体に軽快さがある。
少しづつだが状態は上がってる気がする。
レース当日にはトライアル位の状態には戻るかもしれない。
リナと逍遥馬道を帰りながら俺はそう思った。
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国王杯 一週前週末 最終追い切り 昼
場所:オーエン厩舎
語り:俺
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さて、そろそろリナが新聞を持ってきてくれる頃だな。
と思っていたら早速やってきた。
それに妙にニコニコしている。
何か良いことあったのか?
「あのねえナイト。さっきのレースでうちの二歳馬が新馬戦を勝ったんだよ。」
おお、それは素晴らしい。
実際は新馬どころか未勝利も勝てないで厩舎を去る馬の方が多いんだよな。
結構厳しいと思う。
今リナはポケットから取り出した新聞の中から、昨日の成績欄を見ているみたいだ。
そこで何かを見つけたらしい。
「あっここだ。スポートって覚えてる?昨日のレースで復帰していきなり逃げ切り勝ちだって。やっぱりキースさんは上手だね。」
ああ、覚えてるよ。未勝利と条件特別で一緒になったやつだよな。
なかなかしぶとい馬だった。
「国王杯の事なんだけどね、開催日だからだと思うけど今日の紙面には大したことは載って無いね。
でも聞いた話だと今の所回避馬とかは出てないみたい。
ナイトにはまだ言ってなかったっけ?ナイト以外のうちの厩舎の出走馬の騎手なんだけどね。
ハインケルにはマイク君。グローヴァーにはさっき言ったキースさん。」
実は厩舎のエルフの噂話ではもう聞いていた。
調教でマイクには時々会うけど、いつもきちんと乗ってる印象だ。
キースはやはり油断ならない相手だ。
条件特別でスポートを俺に続く2着に持ってきた時も感心したけど、ランカスターカップでもラージワンの能力をかなり引き出してたように見えた。
本番でも怖いな。
「それでね。アボット公爵様の所からはグラジエーターと一緒にブルーザーが出るみたい。
この馬も強い古馬みたいだけど最近不振だね。
この馬とうちの2頭以外は古馬のG1馬はいないかな。
ちょっと寂しいけどね。」
リナの言う事はわかるけど今のコンディションだと強敵は少ない方が良い。
「あっ。」
リナが紙面で何やら発見したみたいだな。
「今日イレイザーが出るよ。こっちも今日復帰戦だね。」
こいつも思い出深いな。
今は確かマイル路線だったな。
「明後日はね。私と一緒に王立競馬場に行くよ。そこで実際に走るコースとか一緒に見ようね。」
おお、いよいよか。
今までより不安要素は多いけど、ちょっと楽しみだ。
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国王杯 一週前週末 最終追い切り 昼
場所:北エリア競馬場 馬主席
語り:エリス
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さて今日はお父様の言いつけで国の北限にある競馬場に来ています。
競馬場のサイズは小さいのですが、それ程暑くなくなかなか快適です。
これはこれで良いのかも知れませんね。
最近お父様はナイト以外の馬に関する事まで私に振ってきています。
理由をお聞きしたら「お前が行く方が流れが良い」との一言で片づけられてしまいました。
まあ良いのですが・・
つい先程うちの馬が新馬を勝ちました。
三番手から余裕をもって抜け出す勝ち方は悪くないですし、今後に期待が持てるかも知れません。
表彰式にも出ましたし、そろそろ帰るとしましょうか。
「エリス、エリス。」
どこからか私を呼ぶ声が聞こえる気がしますが、まあ気のせいでしょう。
この街は海産物も甘い物も美味しいと聞きますからね。
折角ですから味わってから帰りましょう。
「無視しないでよ!全くもう!」
そう言いながら私の袖を掴んできたのはヴィルマです。
やれやれ厄介な相手に捕まったものです。
「何か用ですか?ヴィルマ。」
「荷物まで持ってどこ行くのよ?」
「用が済みましたので、今から帰りますの。」
「帰るって、まだ午後のレースは始まったばかりよ?」
「今日うちの馬はさっきの新馬戦以外出ませんので。」
「新馬とは言え、平場のたった一頭の出走馬の為にここまで来たの?」
「昨日一昨日は生産牧場で用事があったからこちらに来たのです。
人を暇人の様に仰らないで頂けますか?」
「もう少しいたら?うちのイレイザーだって出るんだし。」
私は手元の新聞を確認してみました。
どうやらイレイザーは中級条件のレースに出るようです。
楽勝すると見られてるのか上から下まで本命印がついています。なかなか立派ではないですか。でも・・
「少しどころかあなたのイレイザーは最終レースに出る予定ですわよね?
私にそこまで付き合えと仰りたいの?」
「まあね、でもそんなのは多少の誤差でしょう?
あ、そうそうナイトはどうなったのよ?今日変則追い切りだったんでしょ?」
この娘は何時間もの違いを多少の誤差とは・・・
人の時間を何だと思っているのでしょうか?それよりも・・
「なぜあなたがご存じなのですか?」
「そんなの秘密でも何でもないでしょ?それより国王杯は確実に出られそうなの?」
「先程現場から受けた報告では問題無さそうですわ。」
「良かった。やっぱりナイトが出ないとつまらないしね。」
ナイトはある意味女難の相があるのかも知れませんね。
それも飛び切りしつこい相手に。
結局私は何だかんだとヴィルマに最終レースまで付き合わされました。
因みにイレイザーは大楽勝。これならオープン入りも間近でしょう。
帰りはとても上機嫌なヴィルマに夕食とデザートをご馳走になりました。
何でもこの間酔って寝てしまった事に対するお詫びの意味もあるのだとか。
たまには呉越同舟も良いのかも知れませんね。
本当にたまにですけどね。