復帰初調教
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国王杯 初調教 早朝
場所:坂路コース
語り:俺
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俺はリナを背に坂路を駆け上がっていた。
リナの手綱は動かないし、ムチも入らない。
その状態で遅い馬を途中で何頭か追い越したけど、後ろから俺以上の勢いで何か来ている。
何だ?
そう思っていたらあっという間にビュッという勢いで俺を追い越して行った。
よく見るとそいつはグラジエーターだった。
鞍上はハンスだな。
グラジエーターはその勢いのまま頂上に駆け上がって行った。
俺が頂上に着いたらハンスはこちらの到着を待っていた様だ。
こうして見るとグラジエーターに調子の下降は見られない。
年明け三戦しかしてないそうだしな。
俺がそんな事を考えていたらハンスがリナに話しかけて来た。
「やあリナおはよう。」
「おはようございます。ハンスさん。」
「ナイトの調子はどうだい?」
「つい最近帰厩したばかりですから・・・・」
「そうか。短期放牧に出てたのか。」
「年明け5戦もしてましたからね。」
「そうか。そんなに・・
それにしてもその馬は化けたなあ。
残念だけど僕はイレイザーでもグラジエーターでも勝てていない。
でも次は負けないよ。
アニーにもそう言っておいてくれ。」
ハンスはそう言うとリナの返事を待たずにさっさと頂上から降り始めた。
リナはそんなハンスの背中に苦笑いで返した。
アニーに伝えたら多分お前にとって良い結果にならないぞ。ハンス。
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国王杯 初調教 朝
場所:逍遥馬道
語り:俺
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結局そこそこの負荷で合計3本上がってきたけど、久々だったせいかなかなかハードだった。
それが終わって、今俺とリナは逍遥馬道をのんびりと歩いて帰っている。
本来は馬に人が乗ってここを通るわけだが、リナは俺から降りて手綱を引いている。
俺以外の馬はみんな帰ってしまって今は俺とリナだけだ。
俺は馬だから良いがリナは歩く距離も半端じゃないし拘束時間も増えて大変そうだ。
今日やってみて今の所言えるのはメリハリをより強くした内容だと思う。
割としっかりと坂を駆け上がったけど、インターバルを長めに取っていたし、スタート地点に戻る時は落ち着いてゆっくり降りろと指示された。
そして帰りもわざと遠回りをしてこうして人の速度でゆっくりと帰っている。
今までは馬の歩く速さで最短距離で帰ってたからな。
今日は違う道だし、周りの景色も新鮮に見える。
ここは木に囲まれてなかなか気分転換にも良い。
こういう調教メニューも良いかもな。
厩舎近くまで帰ってきたらアニーが手を振っていた。
そして近くまで行くと、「よう元気か?」と言いながらアニーは鼻面を撫でてくれた。
ああ、おかげさんでな。俺は一応元気だぞ。
「で、どうよ?リナ。オーエンのオッサンの考えた調教メニューは?」
アニーにとっては俺への挨拶より無論こっちが本題だろう。
「うん。今日の所は良い感じ。
帰りはナイトもリラックスできてたし。」
「まあ何か不味かったら少しずつでも変えなきゃいけないしな。
大事にし過ぎて調教量が足りなくなったらアタシがビシッと稽古つけるからいつでも言ってくれよ。」
「うん。わかった。」
「じゃあな。」
アニーは一通りリナと話すと去って行った。
何と言うかあいつは良いやつなんだよな。
後輩からも姐さんと呼ばれて親しまれてる様だし。
そう言えばリナはハンスからの伝言をアニーに伝えなかった。
まあ賢明だな。
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国王杯 初調教 夕方
場所:アボット公爵家 本邸
語り:エリス
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今日はヴィルマの提案で3人だけで国王杯のお互いの馬の再戦決定を祝うミニパーティをするそうです。
ただ再戦と言ってもまだわかりません。
馬の状態が悪い方に転じたら回避もあり得るからです。
本当はこんな集まりには来る必要は無いのですが、ただケイトに会うのは久しぶりだったので来ただけです。
「エリス。ランカスターカップ優勝おめでとう。まだ言って無かったよね。遅れてごめんね。」
「ありがとうございます。ケイト。」
ヴィルマがケイトと私を見て少し微笑んでいます。
まあ約束ですからね。私はちゃんと守ります。
「ねえエリス。なんかナイトのランカスターカップ優勝パーティは大盛況だったそうじゃない。」
本当はあのパーティは厩舎関係者を労うつもりで開いたのですが、どういうわけか大勢人が押しかけて来たのです。
まあおかげで皆楽しめたようで良かったのですが、私は正直参りました。
「なぜあなたが知っているのですか?ヴィルマ。」
「それは当然私の方がエリスより顔が広いからよ。
だって当日行った人の中には私の知り合いが何人もいたわけだし。」
本当にそういう人脈には事欠きませんね。この娘は。
「所でケイト。今更だけどレスターってエリスの所の生産牧場で生まれた馬なんだってね。」
ええ。本当に今更です。
「うん。そうだよ。ローズ公爵様が父に馬を持つ事をお勧めされて、生産馬の中から譲って頂いた馬なんだ。」
「じゃあエリスの所の生産牧場がランカスターカップの上位3頭中2頭を送り込んだのかあ。
なんか二重に負けた気がする。」
「そちらもエリオットステークスやスカーレットカップを勝ったわけですから上々じゃありませんか。」
「そうなんだけど。愚痴を言ったら罰が当たりそうなのもわかるんだけど。やっぱり悔しいのよ。」
そう愚痴るヴィルマの手にはグラスが握られています。
どうやらまたお酒を飲んでいるようです。
ここはヴィルマの屋敷ですから酔っ払うのも暴れるのもヴィルマの勝手なのですが、面倒な事になりそうです。
よく見るとヴィルマの目が段々と座ってきました。
「そう言えばさあ、何でナイトとレスターは別厩舎なのよ?」
ケイトの所はオーエン先生の所で修行した元スタッフの方が開業した厩舎に預けています。
まあこれは酔っ払っていなくても不思議に思われるかもしれませんね。今更ですが。
「それはうちの父の方針なんだ。勝負をする以上その辺りは分けるべきだと。」
「ケイトの所は牧場まで作ったわけじゃないから、どこかに育成や休養は委託する手間もあったわよね?」
「まあね。」
因みに委託先の牧場はレスターを預けた厩舎から紹介してもらったそうです。
「そんな事よりヴィルマ。今日の本来の目的は何ですの?」
「・・・」
「ヴィルマ?」
どうやら寝てしまったようです。
人を呼びつけておいて全く。
私はケイトと苦笑いするしかありませんでした。
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国王杯 初調教 夜
場所:オーエン厩舎前
語り:エリス
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ヴィルマのせいで半端に時間が余ってしまったので厩舎に立ち寄る事にしました。
真面目なリナの事です。
夜の当番をこっそりとやってる可能性がありますから、もしそうなら注意しなければ。
そう思い厩舎に入りますとリナの代りに意外な方がいらっしゃいました。
「オーエン先生?」
「お嬢様?一体どうされたのですか?」
「いえ。リナがひょっとして勝手に見回りをやっているのではないかと気になりまして。」
「ハハハ。実は私が先程止めた所でして。国王杯が終わるまでの事だからちゃんと休んどけと何とか説得しました。
代りに私が厩舎を見回る事にしましたので。」
「そうでしたの?でも止めて頂いて良かったです。あの娘の真面目さは美徳ですが体を壊しては元も子もありません。
でも先生のご負担が・・・」
「私なら大丈夫です。
でもお嬢様も人の事は言えませんよ。
どうぞお戻りになってお休みください。」
「ではそうさせて頂きます。
おやすみなさい先生。」
「おやすみなさいお嬢様。」
ヴィルマの屋敷で厩舎の話が出ましたが、オーエン厩舎に馬を預ける事が出来て本当に良かった。