折衷案
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ランカスターカップ 4日後 昼前
場所:ローズ家 本邸 玄関
語り:エリス
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「おかえりなさいませ。お嬢様。」
私が家に帰るといつもの様にレイが私を出迎えました。
丁度良かった。
「レイ。お父様はまだ帰ってませんか?」
「はい。丁度先程お戻りになられました。」
良かった。あまり時間が無いので、もしお戻りでなかったらお父様の出先にこちらから出向くつもりでした。
「では着替えが終わったら急ぎの用があるとお父様にお伝えして。」
「畏まりましたお嬢様。」
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ランカスターカップ 4日後 昼
場所:ローズ家 本邸 書斎
語り:エリス
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お父様はお父様でお忙しかったらしく、お会いできたのは結局3時間後になりました。
「お前の相談事は恐らく国王杯の事だろう?」
開口一番お父様はそう仰いました。
私からの急ぎの用事なんて限られてますしね。
「はい。古馬の二頭は良いと思いますが、ナイトはもう年明け5戦もしています。
疲労も溜まっているようですし、今の様な状態ではレースに出す方が失礼に当たるのではないかと思いまして。」
「だから休ませるべきだと。」
「はい。私はそう思います。」
「確かに賢明な判断だ。だがどうしてその場で決断を下さなかった?
ナイトはお前に任せてある。お前が放牧しろと言えばそれでケリはついた。」
「国王陛下のお名前でのご招待でしたし、お父様のお耳にも入れず勝手な行動できないと思ったからですわ。」
「そうか。まだその程度には私の事を頼りにしてもらえている様だな。
実は私はこの件でアボット公爵とマーリン伯爵の2人と話したばかりだ。」
何やら余計な事が聞こえたような気がしますがまあいいでしょう。
それよりも興味深い事があります。
「それでどうなりましたの?」
私は身を乗り出してお父様にそう尋ねました。
「結論から言えば、アボットのグラジエーターは次で年明け4戦目で回復も早そうだから受ける気でいる。
レスターは次でナイトと同じ6戦目だが受けるつもりらしい。
ナイトと違って大幅な馬体の変動があったわけでもないし、馬が元気だからだそうだ。」
グラジエーターはほぼ想像通りです。
レスターは年明け復帰後は安定していますね。
未勝利戦は追う所の無い楽勝だったそうですし、体調もずっと安定していたのでナイトとは受けてるダメージが違う様です。
ですがナイトはずっときつい戦いで6戦目。正直厳しいと言わざるを得ません。
「お前は放牧に出すべきだと思っているが心に引っかかりがあるな?
それはランカスターカップの決着の仕方に納得が行ってないからだろう?」
やはりここは親子です。
私の胸の内をお父様はお分かりになっています。
私は先生や厩舎関係者の前ではわざとこの話題には触れない様にしてきました。
先生もリナも本当にナイトを懸命に仕上げてくれましたしアニーもよく乗ってくれました。
彼らには感謝の気持ちしかありません。
だから私のこんな胸の内を彼らに知られるわけにはいかなかったのです。
人からはアクシデントが無くてもナイトは勝っていたとよく言われます。
ペドロは3着までだったと思われるし、ナイトはラージワンを最後まで抜かせなかっただろうと。
レスターには負けなかったとは思います。
でもグラジエーターは終始あんな露骨な妨害にあっていましたから本当の実力が出せたのかが疑問なのです。
アボット公爵は軽い感じを受けますが、実際は実に男らしく清々しい方で、今回もそれを負けた言い訳には一切しませんでした。
だから余計に引っかかります。
ナイトが勝者で良かったのかと。
「そこでだ。私から提案がある。」
「何でしょうか?」
「国王杯は丁度二か月後だ。
だからナイトを一か月の短期放牧に出す。
そこで状態を見て決めよう。」
成程折衷案ですか。
ただ気になる事があります。
多分これはお父様もそうでしょう。
「状態と言いましてもランカスターカップの頃をピークとすれば、たかが一か月の放牧でそこまでの状態に戻るとは・・・」
「そうだな。良くて8割かそこらだろう。」
「確かに。良くてトライアルくらいまでの状態に戻れば上々でしょう。」
ただそれで強敵と戦えるのか?
今度は古馬との戦いでもありますし、大きな疑問と言えます。
「もしそこで思ったような回復が見られなかったらどうなさいますの?」
「そうなったら私が陛下にお詫びする。」
「家の名に傷はつきませんの?」
「むしろ状態の戻らない馬を出す方が失礼になる。
ただランカスターカップの勝ち馬は国王杯の花だ。
出すようにあちこちから言われるのは間違いなさそうだが・・・」
出しても出さなくても心労を伴う事になりそうです。
参りました。
「それとお前にナイト以外の相談事がある。」
「はい。何でしょう?」
お父様からの相談事は、私を芯から驚かせるものでした。
確かにお父様達ならそうしても不思議はありませんけど、私は更に複雑な気分になりました。
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ランカスターカップ 4日後 夕方
場所:オーエン厩舎
語り:俺
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あー何と言うか調子が悪い。
体に少し筋肉痛が出てるな。コズミってやつか。
ランカスターカップの後は軽い運動しかしていないが、それすらしたくない。
確かに競走馬の訓練や実戦は過酷だ。
本来なら500Kgくらいの馬でもトレーニングで450Kgくらいに絞って競争には出ているそうだ
それが原因で胃潰瘍になってる馬も少なくないらしい。
俺が入る前のこの馬はそれに加えて精神的にやられてたそうだしな。
毎日が嫌で嫌で仕方なかったんだろうな。
そんな事を考えていたらリナがやってきた。
「ナイト。さっきお嬢様から連絡があったんだ。
明日から一か月放牧だよ。」
おお、放牧か。
初体験だな。それになんか少し楽しみだぞ。
ん?そうなるとリナと一か月も離れ離れになるのか?
それはすごく嫌だ。
俺はリナがいるからこの生活に耐えてこられたんだ。
「私はついて行けないけど、牧場の人達は優しいよ。
だから安心して行って来てね。」
俺の心を知ってか知らずかリナはそう言った。
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ランカスターカップ 5日後 早朝
場所:オーエン厩舎
語り:俺
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翌朝俺は放牧に出るために馬運車を待っていた。
やがて到着した馬運車から一頭の馬が降ろされてきたのを見て本当に驚いた。
その馬は何とラージワンだった。
まさかこいつとこんな所で再会するとは。
一体なぜだ?
そう思ってその場で固まってしまった俺にリナが説明してくれた。
「ナイトも驚いてるみたいだね。ミストラルの馬だけどね。あのままだったら全頭殺処分されちゃいそうだったから、馬主会で相談したんだって。
ミストラルは許せないけど馬に罪は無いという事で、次の引き取り手が決まるまで各馬主でそれぞれ面倒を見る事にしたそうだよ。
だからケンカしちゃだめだよ。」
そりゃケンカはしないけど・・・なんか複雑だな。
でもゴミ掃除が済んだ後のここの馬主会の人達はなかなか立派だな。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いなんて狭い了見だとこうはいかない。
俺はラージワンと入れ替わりに馬運車に乗せられて牧場に出発した。
リナは俺の乗った馬運車に向かってずっと手を振ってくれていた。
これから一か月も会えないんだよな・・・
ああ。心が折れそうだ。