招待状
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ランカスターカップ 3日後 夜
場所:酒場
語り:アニー
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あーあ何だろうなあ・・・
ランカスターカップを勝つのはアタシの目標だったし、それを達成できたけどずっとモヤモヤが消えねえ。
ただ達成できたと言ってもなあ・・・
あの勢いだったら前の二頭は交わせただろうし、キースのオッサンの馬にも負けなかったとは思う。
でもやっぱりすっきりしねえ・・・それにキースのオッサンもああなっちまったしなあ・・・
ん?もう空かよ。
そう思いながらアタシは氷しか入ってないグラスをカラカラ言わせてた。
「やあアニー。一人か?」
全く、一番会いたくないやつが来やがった。
それと足音からするともう一人いやがるな。
あたしが振り返るとハンスとクルーズの2人が立っていた。
「何だよお前ら。向うのテーブル席が空いてるぜ。」
ちゃんとわかり易い様に指さして教えてやったから、いくらこいつがバカでもわかるだろう。
「お前も来るか?」
「アタシは一人で結構だ。」
「じゃあ僕たちもここで良いよ。」
そう言ってこいつら勝手にアタシの横に座りやがった。
隣にはハンスでクルーズはその向こうだな。
「何か用かハンス?」
「知り合いがいたら声をかけるのが普通だろう?
それに僕達は騎手課程の同期じゃないか」
「ケッ用事もねえのかよ。」
「あるにはあるんだが・・・」
「何だ?」
「キースさんの事なんだが・・」
何だって!?
キースのオッサンの事はレースの翌日に警察に訊いても捜査中だからと言われて何も教えてくれなかったんだ。
アタシはハンスの襟首を両手で締め上げて揺さぶった。
「おいこら吐けハンス!隠すとためにならねえぞ!」
「アニーさん落ち着いて下さい!死んじゃいます!
ハンスさんは別に隠すと言ってないでしょう!?」
慌ててクルーズが止めに入りやがった。
それもそうか。
「ゴホッ・・ゴホッ・・酷いなアニー。」
ハンスのやつは涙目でこっちを見ている。
仕方ねえ。
「なあバーテンさんよ。アタシのおかわりとこいつらにも同じやつを一杯づつ作ってやってくれ。」
バーテンは無言で頷いて酒を作り始めた。
アタシはポケットから3杯分の金を出してカウンターに置いた。
「別にお金を払ってくれといってるわけじゃ・・・」
「そうですよ。」
2人してしみったれた事を言いやがる。
「ハンス!こいつは情報料だ!だからアタシが出す!
クルーズ!お前は後輩なんだから黙って先輩に奢ってもらえばいいんだよ!」
「わかったよ。」
「わかりました。」
よし。それでいい。
酒が出来上がって全員に行き渡った所でアタシは聞いた。
「キースのオッサンがどうしたって?」
「アクシデントが無ければ馬がミストラルで最先着する所だったから、随分色々と取り調べを受けてたそうだけど釈放されたそうだよ。
ミストラルと深い繋がりは無さそうだって。
ミストラルの指示とは道中の動きも位置取りも違ってたしね。
僕やお前の証言も役に立ったみたいだ。」
そういや最終レースが終わってから警察から色々聞かれたな。
キースのオッサンがラージワンの関係者からの指示を激怒しながら突っぱねていた事を話したし、レースについて人からあれこれ指示されるのが大嫌いで今まであちこちで揉めて来た事もな。
あれだけ大声でやりあってたから、あの場にいた全員が証人みたいなもんだろう。
「怪我はどうなんだろうな?」
「大した事は無いみたいだよ。後続の馬まで差があったから踏まれるような事も無かったしね。」
「そうか。なら良かった。」
これでモヤモヤが少し晴れた気がする。
そういや明日はオーエンのオッサンの所で会議だな。
本当かどうかわからねえが、あのお嬢さんはあの日ミストラルのメンバーを全員燃やそうとしたそうだからな。
遅刻なんかしたら大変だ。
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ランカスターカップ 4日後 朝
場所:オーエン厩舎 応接室
語り:エリス
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私は今日幾つかの相談事があってこちらに参りました。
その中の最優先事項はナイトの今後を決める事です。
あのランカスターカップから4日が経ち、そろそろ放牧等の日程の相談が必要です。
リナに案内されて応接室に入ると先に先生が難しい顔でソファにおかけになってテーブルの上の何かを見つめておられました。
でも私の姿を見つけられるとすぐに立ち上がって一礼されました。
「お嬢様ようこそいらっしゃいました。まあおかけ下さい。」
「ありがとうございます。所で・・」
私がそう言いかけた所で、
「ひょっとしてみんな待たせちまったか?一応時間前だよな?」
と言いながらアニーが現れました。
そして私の姿を見つけると
「お・お嬢様!?すまねえ!決して悪気があったわけじゃねえんだ!」
と言いながら頭を下げてきました。
「良いのですよ。まだ時間前ですし貴方も色々と立て込んでいたのでしょう?」
「本当にすまねえ・・」
やけに丁寧に謝ってきますね?
一体何事でしょうか?
そう思っていますと、
「皆さんお待たせしました。お茶が入りましたのでどうぞ。」
とリナが人数分のお茶を持って入ってきました。
「これで揃いましたわね。先生。」
「はい。ではナイトの今後の予定について会議を行います。」
とリナがお茶を配り終えて着席したタイミングで先生は仰いました。
この会議は私と先生とリナとアニーの4人で行います。
「予定とは言いましても、三歳のこの時期のオープン馬ですと大半は放牧しますわよね?
それとも秋初戦の目標でもお決めになります?」
私は率直にそう申し上げましたが先生のお顔には迷いがありました。
「なんだよオッサン。お嬢様の言う通りじゃねえか。」
「実は今朝この様な封書が届きまして、恐らく同じ趣旨のものが公爵様の所にも届いているのではないかと思うのですが?」
そう言いながら先生は私の前に手紙の入った開封された封書を出されました。
先程はこれをご覧になっていたのですね。
「父は最近家に帰っておりませんから私の方では把握しておりません。
そうですね。帰宅後にレイにでも確認して折り返しますわ。」
「いえ、まだ期日のあるお話ですし、そこまで急ぎません。
今はまだお忙しいのですから落ち着いてからで良いと思います。」
「わかりましたわ。」
でもこの封書はどこかで見覚えがあるような?
そう思いながら封書を裏返すとそれは本当に意外な人物からの手紙でした。
「この手紙の差出人は国王陛下ではありませんか!」
私がそう申し上げますとプーッと何かを吹き出すような音と「ゴホッゴホッ」と咳き込むような声がしました。
「アニー汚い!!」とアニーの正面に座っているリナが悲鳴を上げましたが、アニーは涙目になってリナではなくこっちを見ています。
でも吹き出した先がこちらでなくて良かった。
リナには気の毒ですが、手紙とは言え国王陛下からの賜りものにお茶の染みをつけるわけにはいきませんからね。
「落ち着きましたか?アニー。」
「本当にすまねえ。それにしても国王陛下からって一体?」
まあアニーが驚くのは無理がありません。
ここまで来たのですし中身を確かめたいところですが・・
「読んでもよろしいですか?」
「どうぞ。」
受取人の許可が下りましたので読ませていただきましょう。
数分後手紙を読み終えた私は本当に困りました。
中身についてリナとアニーに説明しましたが二人とも当然驚いていました。
それは夏の国王主催のレースである国王杯にナイトとハインケルとグローヴァーを招待するとの内容でした。
古馬のハインケルとグローヴァーは問題ありません。
二頭とも余裕のあるローテーションで出走させていますし、それぞれG1勝の勲章も持っていますし、むしろ名誉な事でしょう。
ただナイトは・・。あんな事があったとは言え、ランカスターカップを勝ったわけですから、ご招待を受けるのも当然の事なのかもしれませんが・・・
「それにしても困りましたわね。」
その場にいた全員が同じ事を思っている様でした。
「そうなんです。返答の期日が今月末までなのでそこまでの余裕はありますが・・・」
「だがよう。放牧に出すにせよ何にせよ、話自体は急いだ方が良いんじゃねえのか?
あいつの状態面の話だってあるだろうし。」
アニーが言う事は尤もです。
「リナ。ナイトの具合はどうなんだ?」
「はい。ぶつけられた所は大丈夫そうですが、正直疲労が結構溜まってます・・・」
やはりそうですか。
無理もありません。ナイトは年が明けてからもう5戦しているのです。
それも未勝利勝ちから全てが強い相手とばかり当たっています。
蓄積してきた疲労はかなりのものでしょう。
「あのよう。ここは休ませてやるべきじゃねえかな?
確かに今までランカスターカップの勝ち馬がこのレースに出てたし、実際にこのレースを勝った馬だっていたけど、年明け5戦もした3歳馬が出て勝ったなんて聞いた事もないぜ?」
アニーも同じ懸念を持っていましたか。私も賛成です。
でも気になるのは先生のご様子。
「私もアニーに賛成ですが、先生どうかなさいましたの?」
「実はこのレース自体は毎年開催されているのですが、今回の様にわざわざ招待状を頂くことは今までなかったのです。」
「そうなんだよ。だからアタシもさっきあんなに驚いたんだよ。」
だからと言って飲んでるお茶をあんな風に吹き出して良いとは思いませんけどね。アニー。
「今はミストラルによる不正が発覚して競馬そのものに対する信頼が地に落ちています。
だからあちらで間違いない馬や関係者を招待する形をとったのでしょう。」
確かに先生の仰る通りです。
だからあんなに悩んでいらっしゃったのですね。
信頼されてるのに招待を袖にするのは問題ではないかと。
「という事は下手に断ると陛下のお顔に泥を塗ってしまうという事でしょうか?」
「いえ。国王陛下は馬に関する知識が豊富なお方ですし、馬の状態面を最優先してもご理解頂けるでしょう。」
「とは言えお断りし辛い話ではありますわね。・・・」
「そうなのです・・・」
「あのう・・」
「なんです?リナ。」
「ナイトをランカスターカップの時の状態に戻すには一度放牧に出してリフレッシュしてから、再トレーニングが必要だと思うんです。
今のままではナイトの持ってる能力を出し切れるとは思えません。」
「確かにそうですわね。ある程度の状態に戻せなかったら出す事自体が失礼になりますわ。
先生、やはり無理にでも父と早急に相談致します。
国王陛下が絡んだお話ですと軽々に物事を進めるわけにはまいりませんもの。
幸い今週の競馬はお休みですから今週中にお返事させていただきますわ。」
「はい。よろしくお願い致します。」
先生からそうお返事を頂いた私は家路を急ぎました。
お父様に早く相談しなくては。