未勝利戦3
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未勝利戦 コース移動
場所:馬道
語り:俺
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ここ数日リナの様子がおかしい。
俺の顔を見ても殆ど何も話さなくなった。
当然馬の俺と会話があるわけじゃないんだが、普段なら「おはよう」とか「いい天気だね」みたいなちょっとした一言を色々かけてくれるんだ。
今日だって「頑張れ」の一言もない。
ちゃんと飼葉もくれるし丁寧に手入れもしてくれるんだが、やはり寂しい。
そうかと思うと時々悲しそうな顔で俺の方を見ている事がある。
最終追い切りが終わった後からずっとこんな感じだ。
パドックから本馬道へ移動中の今も俺の顔を見ようとしない。
多分俺が肉屋行きになる事を想像して悲しんでくれてるんだろう。
俺だけじゃなくて世話になってるリナのためにも頑張らなきゃな。
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未勝利戦 コース移動
場所:エリスズナイト鞍上
語り:???
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なんか様子が変だな。
最終追い切りの後にこいつを見た時も全然悪い感じはしなかったし、今だって実に落ちつき払ってるし何かを警戒する様子もない。
聞いてた様な恐ろしくヘタレな馬って感じが全くしないんだが?
本当にそんな馬なのか?
今日はオーナーのたっての願いでデビュー以来4戦全て大差負けの馬にアタシが乗る事になった。
いつもは後輩というか弟弟子辺りにこの手の馬は任されるんだが、せめてもの手向けに乗ってくれと言われたら嫌とは言えない。
オーナーの所のこの世代一番の血統馬だから期待も大きかったんだろうな。
アタシは最終追い切りの後のオーエンのオッサンとの話を思い出した。
「アタシを呼ぶって事は後輩のマイク辺りがドジったのか?」
「いいや。あいつはよく乗ってくれた。」
「じゃあ何で?」
「オーナーからのたっての願いだ。
最後の手向けに出来る事はやってやりたいとな。」
「おいおいまだ2月下旬じゃないか。
折角の良血馬が勿体ねえ。」
「普通の良血馬じゃないからな。
オーナーの思い入れが深いダイアナの子だから仕方ない。
これ以上の醜態を晒すなら引退させようってことだろうな。」
「やれやれ。貴族様の思い入れで命を左右されるって馬もたまんねえよな。」
「そう言うな。その貴族様のおかげで私もお前も飯が食えてるんだ。」
「まあ、そうなんだがな。」
「オーナーからの指示だ。
”道中は最後方につけて大外を回って最後の直線で一頭でも多く抜け”
という事だ。」
「今回は指示付かよ。珍しいな。」
オーナーはレースは水ものだとよくわかってる人で、大レースでも騎手の判断を尊重してくれる。
それがこんな事言うなんて本当に珍しい。
まあ母親のダイアナも末脚勝負型だったからあながち間違いでもないが・・・
「おい今度走るコースって確か・・」
「ああそうだ。普通なら圧倒的に先行有利のコースだ。」
おいおい待てよ!じゃあ最初から勝負度外視って事かよ。
「多分最後にお嬢様に走る姿をしっかりと見てもらいたいんだろう。」
ああ、あのお嬢様が原因だったのか。
娘を甘やかしすぎるとためにならねえぞ。全く。
「おい!じゃあせめて逃げたらどうだ?
ずっと先頭を走ってたら嫌でも目につくし最後方よりずっとましだ。」
するとオッサンは悲しそうに首を振った。
「試してみたさ。でも他に行く気を見せる馬が一頭でもいたら怖がってそこで走るのをやめてしまう。
今回のメンバーにも徹底先行の馬が1頭いるし、逃げるのは無理だ。
それでなくとも最近は両側の馬が出るのを待ってからゲート出る癖がついてしまってる。
普通に出ても間違いなくほぼ後方だ。
馬群に入れないこの馬にとって、つける事が出来る場所はオーナーから指示されるまでもなく最後方しかない。
すまんなアニー。これも仕事だと思って引き受けてくれ。」
要は性格がヘタレだからこれしか無いって事か。
気が進まねえけどやるしかねえ。
まあ走ればわかる。
こいつがヘタレなのかまともなのかもな。
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未勝利戦 返し馬
場所:芝コース
語り:俺
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リナとオーエンに両脇から誘導されて芝コースに出てきた俺の鼻面をリナはそっと撫でた。
その表情は今にも泣きそうだ。
もうリナは俺が生きて厩舎に戻る事は無いと思っているのかもしれない。
冗談じゃないぞ。
肉屋で切り売りされてたまるか。
どうせ帰れないなら優しいエルフの美人とこれからも暮らしていくんだ。
そんな沈むリナの頭に騎手が手を置いた。
「?」
「おいリナ。一番腕が立つアタシが乗るんだ。少なくとも全力は尽くしてくるぜ。」
「お願いね。アニー。」
リナはすがりつくような目で騎手を見つめている。
そうかこの騎手はアニーというのか。
やがてオーエンがリナの肩に手を置き一回頷いた。
二人が俺から離れるとアニーが俺に返し馬に向かうように合図を入れた。
ここから先はレースが終わるまでアニーと俺だけになる。
後方に遠ざかる二人の姿を見ると泣きながら肩を震わせているリナがオーエンに導かれてゆっくりと馬場を後にしていた。
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未勝利戦 返し馬 集合直前
場所:芝コース
語り:俺
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こうして返し馬に出て来て色々と判る事があった。
コース脇に距離を示すハロン棒が立っていて見た感じでは約200m毎に立ってるように見える。
ターフビジョンみたいなやつがここにもあってコースの紹介が流れていたのだが、どうやら俺が走るコースは京都の芝2000Mにそっくりだと言う事がわかった。
スタートから1コーナーまでの間隔が短くて、向正面で緩やかに坂を上がって3-4コーナーで下って後は平坦。
内回りコースで直線も短い。
よし決めた。
これから俺が走るのは京都芝2000Mだと思う事にしよう。
距離の単位もハロン棒の間隔を200Mだと思う事にしよう。
未勝利レベルでは先行馬同士がハイペースでやり合うなんてあまり考えられないし、普通に考えれば先行有利だろう。
なら2~3番手位につけて抜け出す戦法がよさそうだ。
となるとスタートが肝心だな。
出遅れだけは防がなくちゃな。
そんな事を考えながら向正面からスタート地点へ向かおうとしたら本命馬がこっちにやってきた。
何かと思って様子を見ていると相手の騎手がニヤニヤと笑いながらアニーに話しかけてきた。
「ようアニー。災難だな。」
「何だハンスか。騎手がレースで馬に乗るのに災難も何もあるか。」
「お前くらいの腕があるのに未勝利で16番人気の馬は無いだろ。」
「人気なんて知るかよ。こっちは自分の仕事をするだけだ。」
「ははは。がんばんな。」
そう笑いつつハンスは離れて行った。
「フン!いつも嫌味な奴め。」
そう言いながらアニーは俺の肩に手を置いた。
見上げるとアニーはハンスを殺しそうな視線で睨みつけていた。
少しだけ怖かった。