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ランカスターカップ 火炎の鬼神

△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race

ランカスターカップ

場所:ゴール後 馬主席

語り:エリス

△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race


 私は本来であればスタンドからレースを見ているはずでしたが、ミストラルの連中を見張っていたせいで肝心のレースはほとんでみていませんでした。


 ミストラルの幹部の一人のサミュエル・ブラウンが何かを手に持っていましたが、突然「やったぞ!!」と叫んでそれを机の上に投げ出してしまいました。


 でもその直後に場内から一斉に悲鳴にも似た歓声が上がりました。


 それと同時にミストラルのメンバー達から「何をやってるんだ!」とか「お前気は確かか!俺は結構な金額を張り込んでたんだぞ!」と言った罵声がサミュエルに対して浴びせられました。


 そして間もなく兵士達が馬主席に一斉に乗り込んできてミストラルのメンバー全てを捕縛していきました。


 そして兵士はサミュエルが持っていた何かも一緒に接収して行ってしまいました。


 捕えられたミストラルのメンバーは「一体何の容疑だ!?弁護士を呼べ!」等と言っていましたが、兵士達は有無を言わさずその場から連中を引き釣り出しました。



 馬主席は暫く騒然となっていましたが私はヴィルマとケイトと一緒に連中を追うつもりでした。


 でも席を立った私とヴィルマにケイトが「エリスとヴィルマはここにいて!!」と強く言ってきました。


「なぜそんな事を言うのですケイト!!あの連中を追わなければ!!サミュエルが持っていた物の正体も確かめなければ!!」


「そうよそうよ!!」


 と珍しくヴィルマが私に同調してきました。


「連中はもう警察と軍の管理下に入ってる!!手出ししたら君たちが罪に問われる!!」


 とケイトは一歩も引かずに私たちに言ってきました。


 確かに正論です。


 でもそれでは私たちの気が済みません。


「とにかく私に任せてくれ!」


 そう言ったケイトのその目は代々荒事を収めて来たマーリン家の持つ修羅の目でした。


 ヴィルマはその迫力に気圧されて何も言えなくなって私の服を掴んできました。


 こんなケイトの目を見るのは久しぶり。



 それにこの娘が理由もなくこんな事を言うはずがありません。


 考えられるとすれば・・・


「お父様達からの指示ですわね?」


「ローズ家の?それが何よ!アボットには関係ない事だわ!」


 といきり立つヴィルマを私はなだめることにしました。


「落ち着きなさいヴィルマ。達と申し上げたでしょう?あなたのお父様のアボット公爵様も含まれています。」


「お父さんも?」


 そう言ったヴィルマにケイトが頷いて見せました。



「二人ともあれを見て。」


 と突然ヴィルマが場内の大型ビジョンを指さして見るように言ってきました。


 正直そんな気分ではないのですが・・・


 そこにはゴール前の様子の映像を通常の速さとスーパースローをつなぎ合わせて交互に再現しているようでした。


 それによると・・・


 グラジエーターとレスターが併せ馬でトップ争いをしている所にナイトとラージワンがこちらも外から併せ馬で交わしにかかっています。


 最内からペドロも突っ込んできています。


 ミストラルのサミュエルが「やった!」と叫んだのはこの光景を見てラージワンかペドロの勝利か上位入線を確信したからでしょう。


 でもペドロがレスターの内に潜り込んだ途端にレスターとグラジエーターが外に飛ばされてナイトも巻き添えを食ってしまいました。


 そしてナイトが飛ばされた所にはラージワンがいてこちらは騎手が落馬してしまいました。


 アニーは馬上で体勢を崩しましたが、なんとか立て直してナイトを追ってゴールさせました。


 グラジエーターとレスターはナイトにぶつかった反動なのか馬体がぶつかった事による馬同士による押し合いなのか、馬体がくっついたまま内側へよれつつゴールしました。


 3頭とも着差は殆ど無いようですが、僅かにナイトが最先着しているように見えました。


 最内のペドロは騎手が馬の首にしがみついていて追うどころの話では無いようです。


 何馬身か遅れての4着入線の様です。


「何ですか・・・これは。」


「何よ・・これ。」


 その映像が目の前で何度繰り返されたのかわかりません。


 でも私とヴィルマは茫然としてそれしか言えませんでした。


 ケイトも同じ感想なのでしょう。



 私はフツフツとまた怒りがこみ上げてきました。


 警察の管理下にあろうと何だろうとあいつらは許せません。


 ええ絶対に許せません!!


 消し炭に変えてやります!!


「ヴィルマ!ケイトを押さえて!」


「え?何?」


「いいから!」


「う、うん。」


 戸惑いつつもヴィルマはケイトにしっかりとしがみつきました。


 普通に考えればヴィルマがケイトに敵うはずがないのですが、公爵令嬢のヴィルマを投げ飛ばして追ってくるわけにも行かないでしょうし、もしそうなってもヴィルマが怪我しないように加減するでしょう。


 ほんの少し時間を稼いでくれればいいのです。



 私は指輪を外しながら馬主席の出口に向かって駆け出しました。


「エリス!ダメだよ!」


 ケイトが後ろで何か言ってますが関係ありません。


 私は先生やリナやアニー達がどれだけこの日のために頑張ってきたのか知っています。


 それはヴィルマの所もケイトの所も他の馬主の所も同じでしょう。


 それをあいつらミストラルは最悪の形で踏みにじった。


 堂々と立ち向かってくるならともかく、こんな卑怯な手で来るなんて。


 勝った負けたなんて関係ありません!!


 三歳馬にとって一生一度の晴れ舞台をこうして汚された事が何より我慢できません!!


 こうなったらトライアル前にちょっかいをかけて来た事も全て含めてケリをつけてやります!!



 私は全力で連中を追いかけました。


 すると連行されているミストラルのメンバーと兵士達が少し揉み合いになりながら歩いてるせいで、すぐに追いつく事が出来ました。


「お待ちなさい!!」


 私の声を聞いて兵士達と連中は歩みを止めてこちらを見ました。


「これはこれはローズ家のお嬢さんじゃないですか。どうやらあなたの馬が勝ったようですね。おめでとうございます。」


 手錠をかけられたサミュエルがこちらを見てニヤニヤしながらからかう様にそう言ってきました。


「こんなレース!!勝った負けた以前の問題です!!」


「流石貴族様はプライドがお高い。でも俺のおかげで勝てたんだし礼の一つもあって良いんじゃないですかね?」


 最低な!


 どうやらこの男は芯から腐りきってる様です。


 もう話す必要すら無いでしょう。


「軍の皆様。今から私がゴミを焼却いたします。

 直ちにこの場を離れて下さい。」

 


「一体何をされるのですか!?エリス様!」


 どうやら顔見知りの兵士が一人いるようです。


 なら話は早いです。


「先程申しあげたとおりですわ。こんなやつら地獄に送っても反省すらしないでしょうけど。」


 呪文の詠唱と共に私の周りに炎が湧いてきました。


 それを見て私に声をかけて来た兵士が「エリス様は攻撃魔法の天才だ!みんな吹っ飛ぶぞ!退避!」と叫びました。


 兵士達はその声に反応して素早く距離を取りました。


 ミストラルのメンバー達は逃亡防止のためにそれぞれの手錠に加えて全員がロープで繋がれていたので、一人が倒れると全員が床に転がってしまったようです。


 慌てて立ち上がっても倒れている者に引っ張られてまた倒れることを繰り返しています。


 或いは倒れたまま恐怖にひきつってこちらを見ている者もいます。



 今回の魔法はジェイクのバカ達に撃ったものとはわけが違います。


 この炎は一度放たれると相手を焼き尽くすまで離れません。


 ゴミを焼却するには丁度いい。


「お・おいちょっと待て!」とか「助けてくれ!」等と逮捕されたメンバーが口々に言っていますがもう遅いです。


 燃え尽きてから地獄の番犬にでも追い掛け回されればいいのです。


 もうすぐ私の呪文が完成するその時でした。



「やめるんだエリス!!」と私の背後から聞き覚えのある声が聞こえてきました。


「お父様?」


 振り返るとお父様が私の肩を掴んでいました。


「馬主席にいろと言ったろう!ケイトを困らせるな!」


「すみません公爵様!」


 私に追いついたケイトがそう言ってお父様に頭を下げました。


「でもお父様!!あの連中は!!」


「今は警察と軍が犯人たちの身柄を確保している。証拠もしっかり揃えてある。

 後は司法に任せるんだ。」


「この手で制裁を加えることはできませんの?」


「この国は法治国家だ。法で裁きを下すのが決まりだ。

 それはお前の感情より優先される。

 そして法による執行を妨害した時点でお前は犯罪者となる。」

 

 お父様の仰ることは理屈ではわかります。


 でも絶対に納得できないのも事実です。



「エリスだけじゃありません。私だってあいつらを許せません。」


 いつの間にか私の横に来てヴィルマがそう言いました。


「ヴィルマもケイトもそうだろうな。

 というよりはミストラル以外の馬を出走させた全ての関係者が同じ事を思っているだろう。

 だがここは堪えてくれ。」


「わ・わかりました。あいつらは絶対に許せないけどローズ公爵様がそう仰るなら聞き入れないわけには・・」


 ヴィルマは渋々承知したようです。


「私もヴィルマと同じです。公爵様の仰るように司法に任せます。」


 どうやらケイトも。


 私はお父様と話している間も掌の上の炎だけは維持したままで、いつでもこの連中を焼き払えるように体勢を整えています。


 そんな私を見て連中は先程同様おびえ切った目でこちらを見ています。


「エリス。お前はどうだ?」


 私はなぜかお父様ではなくヴィルマとケイトの顔を見ました。


 二人の表情を見ると『もうその位にしろ』と言いたげでした。


 なら仕方ありません。


 それにこんな奴らの為に私が犯罪者になるのも気分が悪いです。


「わかりましたわ。」


 私は掌の炎を消して指輪をはめました。


 その様子を見て離れていた兵士達が再び連中を引きずり起こして立たせました。


「みんなすまない。うちの娘が大変失礼をした。」


 お父様はそう言って兵士達に頭を下げました。


「皆様大変失礼いたしました。」


 私も同様に頭を下げました。


「いえ。こいつらのしたことを考えればお怒りはごもっともですが、こいつらには警察にお願いして余罪の追及もたっぷりしてもらわなければいけませんからね。黒焦げになって証拠が失われなくて良かったです。」


 責任者の兵士はそう言って笑って敬礼をして連中をフロアから連れ出しました。




 その行列を見送って振り返ると馬主席にいたミストラル以外の面々が勢揃いでこちらを見ています。


 まあこんな騒ぎを起こしてしまったのですから、私には今後様々な悪評がついて回る事でしょう。


 これで競馬場だけでなく社交界にも顔を出し辛くなりました。


 仕方ないです。身から出た錆です。



 そう思っていますと、こちらを見ている馬主の関係者の中から一人の中年の貴婦人が私の方に歩いてきました。


 今後主催するパーティには一切来てくれるなとでも仰りたいのでしょうか?


 その方は私の目の前に立つと「まあエリスさんよくやってくれたわ!!おかげですっとしちゃった!!私あいつらの事は前々から気に入らなかったのよ!!」と随分感激されたご様子で褒めて下さいました。


 それが口火になったのか、私はあっという間に馬主関係者に囲まれてしまいました。


 その方々は「いやー本当に良くやった!」とか「失禁してたのもいたぞ。ザマーミロっての。」とか「いっそ燃やせばよかったのに。」とか貴族も平民も関係なく口々に仰っています。


 これでミストラルがいかに嫌われていたのかが改めてよくわかりました。


「エリス、エリス。」


 そう言いながらヴィルマが私の脇腹を肘で突いてきますがちょっと痛いです。


「何ですか?ヴィルマ。」


「何であんただけが英雄になってるのよ?なんかずるいんだけど・・・」


「そんな事私に聞かれましても・・」



 ヴィルマへの対応に困っていますとトントンと私の肩をケイトが指で突いてきました。


「何ですか?ケイト。」


「公爵様からの伝言だよ。『表彰式に出なさい』って。」


「え?お父様は?」


 私が左右を見回しても、もうどこにもお父様はいません。


 まあいるならケイトに伝言を頼む必要はありませんけど・・


「でもあんなレースの表彰なんて・・」


「エリスならそう言うだろうって公爵様が仰ってた。

 でも『出るのは馬主の義務だから出なさい』って話だよ。」


 そう言いながらお父様は出ないおつもりですのね。


 何だかずるいですわ。


 そんな私の表情から察したのでしょう。


 ケイトがこう付け加えてきました。


「公爵様達もうちの親も共通の用事があるみたいだよ。」


「3人とも?」


 とヴィルマがケイトに意外そうに尋ねました。


「うん3人とも。ついでに私もね。」




 こうして私たち三人のミストラル番のお役目は終わりました。


 結局何もできなかった事は悔しいですけど、周りの馬主の方々の気が少しでも晴れたのでしたら、それで良しとするべきかもしれませんね。


 でもやはり芯から納得は出来ません。


 暫くこのモヤモヤは私の中から消えないでしょう。



 それともう一つ。


 何日か経った後、社交界で私に有難くない仇名がついてしまったようです・・・


 それは”火炎の鬼神”だそうで、神話に出て来る全てを焼き尽くす情け容赦ない鬼神がモデルとの事。


 一体人を何だと思っているのでしょうか?


 まあ人にこんな仇名をつけて広める人物なんてあの娘しかいません。


 ヴィルマ。後で覚えていなさい。




△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race△▼Race

ランカスターカップ

場所:ゴール後 地下馬道→スタンド前

語り:俺

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 結局レースは30分近く経ってから確定した。


 着差は俺とグラジエーターの差が頭差、グラジエーターとレスターの差が短頭差だった。


 こっちではヨーロッパの様な短頭差という着差の基準があるようだ。


 まあハナ差と頭差の間だろう。


 それ以降は更に3馬身以上の差があったようだ。



 競馬場が今でも大騒ぎになっているのがわかる。


 着順掲示板からは失格馬が一頭出ていた。


 4着のペドロだった。


 さっき連れていかれた騎手の中にペドロのもいたのかも知れない。


 理由はよくわからないがそんなもん気にする余裕はこっちにはない。



 俺はG1勝利馬の馬服を着せられてオーエンとリナに手綱を取られて地下馬道をスタンドまで歩いた。


 アニーは不貞腐れた様子で後をついてきている。


 まともなレースで勝っていれば、こいつは満面の笑みで俺に跨っていたのかも知れないな。


 俺からは鞍も外されたままだ。


 どうやら獣医とオーエンとの相談でケガをしている俺への負担を考えての措置らしい。


 地上が近づくにつれて観客の騒ぎが大きく聞こえて来た。


 この騒ぎは俺やアニーを祝福するものじゃない。


 その位の事はわかる。



 俺達がスタンド前の表彰用のスペースに入ってから、ようやく騒ぎは多少の落ち着きを見せた。


 トライアルの時もここに来たけれど、今は何と言うか祝賀ムードなんてない。


 司会者が無理矢理盛り上げようとするけど空まわってばかりだ。


 アニーは憮然としたままだし、エリスは何かを思い出しているのか人を殺しそうな雰囲気を時々出してきて正直怖い。


 オーエンはさっきからハンカチで汗を拭いてばかりだしリナは周りを見ながらオロオロしている。


 勝利騎手インタビューでも最後までアニーの口から「嬉しい」とかそういった言葉は出てこなかった。


「馬が諦めずによく走った」とは言ってくれたけどな。


 セレモニーは記念品の授与の様な形式的な事を手順通りに済ませて終わった。



 俺はもう一度精密検査を受けるために今日はこのまま競馬場に残る事になった。


 やれやれ。

 

 

 


<ナイトの出走レースについて:その4 3歳クラシックG1>

 3歳馬及び競馬関係者の目標ともいえるレースで、格式が高い。

 春シーズンに2冠、秋シーズンに残り1冠のレースが行われ、全てを制した馬は3冠馬と呼ばれる。

 3歳限定であるため、馬にとっては一生一度の舞台であり、文字通りやり直しが効かず、馬の持つ実力に加えて強運も必要とされる。

 勝ち負け以前に、各レースの出走枠が18しか無い事から、そこに辿り着くだけでも至難の業。

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