ランカスターカップ ゴール後
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ランカスターカップ
場所:検量室
語り:リナ
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「先生!!」
アクシデントの直後に私は思わず先生の上着を掴んでしまいました。
ゴール手前で最内に一頭潜り込んだと思った瞬間に、レスターもグラジーエーターもそしてナイトまで外に吹き飛ばされてしまいました。
ナイトの外にいたラージワンからはキースさんが落馬したようです。
アニーは何とか踏ん張っていたようでしたが大きく体勢を崩したようです。
そこから立て直して追ってゴールしたけれど着順なんてどうでもいい。
ナイトとアニーは無事なのかそれだけが気になりました。
計量室は大騒ぎで中には青くなって右往左往してる人もいます。
着順に関しては当然審議になっています。
いつもと違って採決委員が険しい顔でどこかと電話連絡を取っています。
先生も必死にモニターを見つめていました。
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ランカスターカップ
場所:ゴール後 1コーナー
語り:俺
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「クソッ!なんだってんだよ!」
ゆっくりしたスピードで一コーナーを回りながらアニーは毒づいていた。
当然だな。
俺だって当てられた所が痛いし頭に来てる。
最内にいたやつは一体誰だ?
あんな勢いで来れる奴は有力馬の一頭なのは間違いないが・・・
俺の二馬身くらい後ろにはグラジエーターとレスターがいた。
そのグラジエーターの馬上からハンスが声をかけて来た。
「おいアニー大丈夫か?」
「アタシは鞭を落としたくらいで済んだ。こいつはどこか怪我してるかもな。」
そう言いながらアニーはいたわる様に俺に触れた。
「クルーズ、そっちは大丈夫か?最内に突っ込んできたのは何だ?」
ハンスは今度はレスターの鞍上のクルーズに聞いた。
「こっちは大丈夫です。アニーさんと同じで馬はわかりませんが・・・。あの時最内に入ってきたのはペドロです。」
犯人はペドロか。
どうやら位置取りの差をコース取りでカバーしたわけか。
最内を突っ込んでくるなんて随分思いきった事をしたな。
そんな事を思っていたら2コーナーが近くなった。
俺はアニーに止まれと合図されたからゆっくり止まった。
アニーは近くの地下馬道の入り口に俺を誘導した。
「おいアニー。」
声をした方向に振り返るとハンスとクルーズが同じようにグラジエーターとレスターを止めてアニーを見ていた。
「なんだよ。」
「スタンド前に行かないのか?さっきクルーズと話したけど多分お前が勝ってる。
お前確かランカスターカップは初制覇だろう?」
「どうでもいい。」
「でもアニーさん。」
「そんな気分じゃねえんだよ!!こんなふざけたレースがあってたまるか!!
真横にいたキースのオッサンは落馬したんだぞ!!
アタシやお前らだってもうちょっとでオッサンみたいになるとこだった!!
こんなレースで勝ったなんて言われてもちっとも嬉しかねえよ!!」
アニーは本当に怒っていたし悲しんでいた。
当然だろう。
俺の世界でもこのレースに相当するダービーを特別視するホースマンは多いと聞く。
アニーだってそんな思いを抱えた一人だったんだろう。
それがこんな形でケチがついちまった。
こいつの性格なら当然嬉しくはないだろう。
俺はアニーの気が済むようにそのまま地下馬道に降りた。
グラジエーターとレスターもついてきた。
騎手達は三人とも無言だった。
他の出走馬達も続いて来たけれど、雰囲気を察したのか、わざと俺達から距離を取っているようだった。
後で聞いたんだが、結局スタンド前に凱旋した馬は1頭もいなかったそうだ。
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ランカスターカップ
場所:ゴール後 計量室前
語り:俺
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地下の計量室前で俺達を出迎えたリナとオーエンも複雑な表情だった。
一応計量室の壁の掲示板には俺の馬番が1位の所に書かれていた。
2位はグラジエーターで3位はレスターの様だ。
だから1位のスペースに俺は案内されて隣にはグラジエーターが入った。
当然雰囲気は重い。
でもリナがようやく口を開いた。
「アニー。ナイトとちゃんと帰ってきてくれたんだね。ありがとう。」
そう言ってリナが手を差し出した。
アニーがそっと握り返して「ああ。」とだけ返事をした。
そして俺から鞍を外して検量室に入って行った。
その間オーエンとリナが左右に分かれて俺の馬体を念入りにチェックしていた。
思い切りぶつけられたからなあ・・
特に足元を捻ったとかは無いんだが、グラジエーターに当てられた左半分はやはり痛いがさっき程じゃない。
「先生、獣医さんに診て頂かないとはっきりは言えませんが、今私が見た右半身は特に大きなケガは無さそうです。」
「こっちもそう言いたいが・・・ちょっと腫れがあるな・・」
「え?」
それを聞いてリナが青くなってオーエンの横つまり俺の左側に慌てて回ってきた。
俺もそこを見たが少し痛む場所に間違いない。
「まあでも心配するな。これならセレモニーに出ても大丈夫だろう。」
それでも念には念をと思ったのかオーエンは競馬場付きの獣医を呼んで俺を診せていた。
計量室を見ると蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
規定の上位の騎手達の計量を終えてもそれは変わらない。
それに何人かの騎手や調教師が警察か軍人に背中を押されてどこかへ連れて行かれてた。
連れて行かれた騎手の勝負服の左の二の腕には全て青の二本線が巻かれていた。
という事はあの馬主連合の馬に乗ってたやつらかよ。
一体何なんだ?
モニターに目を移すと直線のアクシデントとゴール寸前のスーパースローが何度も流れてる。
その映像を見ると、アクシデントの中で俺が勝てた理由は結局ゴール前での勢いと運が物を言ったようだ。
ラージワンが外にいなければもっと外に飛ばされていただろうし、最悪アニーと一緒に転倒していたかも知れない。
だがキースがあんなインサイドワークを使わなければ、内に寄る事も無かったから俺とラージワンがグラジエーターとレスターを交わしてトップ争いをやってただろう。
それならペドロは確実に間に合わない。
これを見る限りまともなら俺とラージワンの一着争いになっていた。
そうなっていたら上位拮抗で素晴らしいゴール前の攻防になっていただろうに・・・
そんな事を考えていたら、繰り返される映像の中に俺は一瞬だが見覚えのある男を発見した。
芝コースの内側のダートコースに一人の男が見える。
そいつがダートコースに腰を抜かした様子で半身を起こして呆然と俺達を見ている。
あのだらしない体型と赤ら顔はあいつだ。
あのパドックのオヤジだ。
何やってんだ?あのオヤジ。
ひょっとして最内に潜り込んだペドロはあのオヤジが視界に入って驚いたのか?
あのオヤジは俺にとっては命の恩人でもあるし、ある意味ラッキーボーイなんだが今回はなあ・・・
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ランカスターカップ
場所:ゴール後 警備本部
語り:ローズ公爵
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私達は中継されるゴール前の光景を呆然として見ていた。
まさかこんな結末になるとは・・・
ケイン中尉の身柄と音波兵器とその起動ボタンを確保したとの連絡を受けた直後だけに、その場にいた全員が呆然となった。
「これは一体どうした事だ!音波兵器は確保したんじゃなかったのか!?・・・・」
と現場責任者のソマーズ大佐は内馬場とつながっている無線機に大声で怒鳴りつけている。
だが今となっては何もかもが遅い。
他にもミストラルが手を打っていたのだろうか?
そんな事を考えていたら、「おめでとさん。」とアボット公爵がいつもの軽い感じで私の肩をポンと叩いた。
「何がだ?」
「レースの結果だよ。君の馬が勝ってる。僕の所は二着だねえ。ちょっと残念だ。」
「お・おいこんな時に流石に不謹慎だろう。」
付き合いは長いがたまにこの男の事がわからなくなる。
「不謹慎だって?だって妨害工作をしたのはミストラルだし落馬もミストラルの馬のせい。
そうなるとどう見ても君の勝ちは動かないじゃないかローズ公爵。」
「だがこんなレースで勝ちと言われても・・第一国王陛下にもどうご報告すべきか・・・」
「相変わらず堅いなあ。スタッフたちは全力で馬を仕上げて、騎手はレースで全力を出し切ったんだろう?それも否定するのかい?」
「それはそうなのだが・・」
「だったら素直にライバルからの祝福は受けるもんだよ。」
「だが君の所の立場はどうなる?アボット公爵。グラジエーターはずっと囲まれて不利を被っていたんだぞ。」
「そんなの本命なんだし当然じゃないか。」
「申し訳ありません皆様!ご報告がありまして!」
と突然大佐がいきなり私達の会話に割り込んできた。
「いや別に構わない。」と私は答えた。
こんなものどうせ後でも出来る会話だ。
それよりも何が起こったのか正確に知る方が先だ。
「先程の事態ですが、音波兵器によるものではありません。
実はケイン中尉に人質に取られた者がおりまして・・・」
「人質事件になっていたのか?それは大変だったね。」
「いえその・・人質に取られたのはほんの一瞬でして人質の男の命は無事でした。
ただケイン中尉を鎮圧した際にサイレンサーをつけた銃で麻酔弾を使いまして・・・」
サイレンサー?レース中だから気を使ってくれた様だな。
だがなにか歯切れが悪い。
何かあったからこそこんな事態になっているのだろうが。
「ケイン中尉はその場で確保できたのですが問題は人質でして・・
その人質は憲兵達とは反対方向へ・・つまり全力でダートコースを横切って芝コースの方向へ走って行ったのです。」
「なぜそんな事になったんだい?」
アボット公爵の疑問は当然だ。
「それがケイン中尉の身柄を確保した憲兵が私服姿だった事から自分も撃たれると勘違いをした様で・・
今日は大勢の入場者を見込んで障害コースを開放していたため、すぐにダートコースへ入れてしまった事も災いしたようです。」
「追いかけて止められなかったのかい?」
「意外と足が速かった上に声をかけても無視して逃げていたので、非常手段として麻酔弾を撃ち込んだそうなのですが、直ぐには効かなかったと・・実際に効いたのは上位の馬達が入線した後だったそうです。」
「麻酔弾が効かないって?」
「ええ。大量のアルコールを摂取していたせいで効くまで時間がかかったらしく、撃たれてバランスを崩した男はそのままの勢いで芝コースの内ラチに激突しました。」
「そこに運悪く馬達が来て、内ラチ沿いに入って来ていたペドロが男に驚いてこんな事態になったんだね?」
「はい。申し訳ございません!」
大佐は私達に帽子を取って頭を下げた。
これは大佐を責めるわけにはいかない。
ミストラルの企てた陰謀とは別に不幸な出来事が重なったと言える事態だ。
酔っ払いは万国共通の厄介者とは言え今回の彼は被害者だ。
彼を責めるのも酷だろう。
私とアボット公爵とマーリン伯爵は何とも言えずお互い顔を見合わせた。
「大佐。あなたのせいでは無い。だがミストラルにはこの責任をしっかりと取ってもらう。」
「恐縮です。もちろん連中を残らず拘束して一人たりとも逃がしません。」
大佐はそう言って一礼してから陣頭指揮に戻った。
さて私も気になる事がある。
私が警備本部を出ようとすると「どこへ行くんだい?」とアボット公爵が声をかけて来た。
「馬主席だ。エリスが黙ってこの事態を見過ごすとは思えないのでな。」
私はそう答えると馬主席へ急いだ。
エリス。早まるなよ。