ランカスターカップ 警備体制
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ランカスターカップ 当日 レース出走準備
場所:出張馬房
語り:俺
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リナがまた出張馬房にやって来たけれど今度は引き綱を携えている。
出番にはまだ少々があるけれど、そろそろ馬装を整える時間なのだろう。
その通りの様でリナは俺の前のつっかえ棒を退けて俺を連れ出した。
俺はリナと通路を歩きながらふと思った。
そういやアニーのやつどんな作戦で行く気だ?
俺と大体で良いから考えが一致してくれないとまたチグハグな事になるぞ。
この時ばかりは人語を話せない自分が恨めしい。
スムーズな会話さえ出来れば俺達はほぼ無敵なのに。
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ランカスターカップ 当日 同時刻
場所:警備控室
語り:ケイト
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ここは警備控室の一つ。
それなのに表に貼り紙一つなく、警備の者は表に誰も立っていない。
そこにスーツを着た二名の男が辺りを確かめながら入ってきた。
部屋には王立軍の警備責任者と、3貴族の頭首と私がいた。
私はお父様に呼ばれてここにいる。
スーツの男達はドア閉まっている事を確認してから、敬礼をしながら挨拶を始めた。
「お初にお目にかかります。
憲兵隊所属のオースティン少佐です。」
「同じくミラー大尉です。」
「現場責任者のソマーズ大佐だ。
そしてこちらが今回ご協力を頂いているローズ公爵様とアボット公爵様とマーリン伯爵様だ。」
憲兵二人が挨拶をすると公爵様方とお父様も握手と共に挨拶を返した。
「所でこちらはお付きの方ですか?」
と憲兵が私を見ながらそう言った。
まあ確かに秘密の相談に私の様な者がいるのは非常識だと思うだろう。
「いや違うんだ。彼女は今回の功労者の一人だよ。」
とアボット公爵様が私を紹介して下さった。
「功労者?ですか?こちらの青年が?」
「そうだよ。マーリン伯爵の娘さんだ。とてもすごいんだよ。」
「こ・これは失礼いたしました。」
と憲兵は慌てて敬礼して頭を下げて来た。
まあこちらとしては年中行事だし問題無い。
「いいんです。気にしてませんから。」
落ちついた所で、
「先日ご提出頂いた証拠物件を色々と拝見致しまして、ミストラルと言う馬主会と共謀している人物を特定出来ました。」
とミラー大尉が報告を始めた。
「やはり我が王立軍の者に間違いないのだな?」
「はい。残念ながら。」
大佐は本当に残念そうだった。
それはそうだろう。
誰だって身内に犯罪者など出て欲しくない。
「共謀しているのはケイン中尉です。
ミストラルのサミュエル・ブラウンから多額の借金があり、どうやらそれを棒引きにする条件で引き受けた模様です。」
「情けない。大体何故そんな借金を。」
と大佐は心底呆れた顔でそう言った。
「遊ぶ金に使っていた模様です。同僚からも借金を重ねていたようで、相当に評判が悪かったようです。」
「悪かった?」
「最近同僚からの借金は返済しているようでして、借金の帳消しだけでなく高額な前金を受け取っている可能性が非常に高いです。」
そこまで話した所で、ドアがノックされた。
「誰だ?」
不祥事に苛立っているのか、大佐の声はつい荒くなった。
「警察の者です。こちらで会議と聞きまして。」
「これは失礼しました。どうぞお入りください。」
大佐の許可を得て入ってきた二人は先程の憲兵同様、挨拶と握手を交わし会議に加わった。
どうやら大佐が議事進行を務める様だ。
「では始めます。まず当競馬場に関してですが、不祥事を防ぐ為至る所に魔法防御の仕掛けが施されております。
皆様の中には、魔法発動防止の指輪をされている方もいらっしゃると思いますが、ここにはその大規模なものが張り巡らされていると思って頂いて良いでしょう。」
大佐の説明を聞いて、私はいつもエリスがしている指輪がそうなのかなと思った。
「ただ、不測の事態に備え人員を限定して、その防御をキャンセルできる仕組みも必要となります。」
「つまり警備のメンバーだね。」
とアボット公爵は確認された。
「そういう事になります。王立軍に限らず警備の制服にはキャンセル機能が組み込まれておりまして、不測の事態に備えるようになっております。」
「警察はどうなのだ?」
とのローズ公爵の問いかけに、
「はい。警察の者も同様です。」
と警察官は答えた。
「非常に聞き苦しい事で大変申し訳ありませんが、警察側の警備メンバーの中に問題のある者は・・」
との大佐からの質問には、「はい。こちらの警備の者にはおりません。」と警官は答えた。
「それは良かった。それに引き換え我々は・・」
そう嘆く大佐を見て警官二人は複雑な表情を浮かべた。
ちょっとした間の後、大佐が議事を進めようとしたタイミングで、ドアがノックされた。
「どうした?」
との大佐の問いかけに対して
「オースティン少佐にご依頼の物をお持ちしました。」
とドアの向こうから声が聞こえてきた。
「よし入れ。」
大佐の許可を得た兵士が入室し、敬礼の後少佐に何かを耳打ちし、機材を渡して出て行った。
「それは何だい?」
「はい、控室に仕掛けた盗聴機材からの録音したものです。
今の部下からの報告によると敵は網に掛かった模様です。」
「おお!それは素晴らしいね!」
と喜ぶアボット公爵の横腹をローズ公爵が肘で軽く突かれた。
「?」
ローズ公爵は軽く大佐の方を見やって自重するように無言で促された。
アボット公爵は事態がわかったのか、軽く咳払いをして「これは失礼」と謝罪された。
「では中身をお聞かせ頂いてよろしいでしょうか?」
お父様の言葉に少佐は「了解しました」と答え、再生を始めた。
・・・・・・・・・
『仕方ねえな。それはな。この間来てた士官がいたろう?』
『ああ。』
『あいつに道具を渡したんだよ。』
『道具だと?』
『そうだ。グラジエーターがどんなに強くても失格や降着やレースを中止すれば意味無いだろ?』
『まあそうだが・・・』
『その為の道具さ。』
『バレる心配は無いのか?怪しい機材は入場時に取り上げられるし、魔法は発動しない様に防御が張られてるんだろう?』
『大丈夫だ。あいつは内部の人間だから手荷物検査も簡単なものだし、見た目も怪しいもんじゃねえよ。』
『何をする道具なんだ?』
『馬の可聴域ってわかるか?』
『可聴域?』
『音に周波数があるのは知ってるか?』
『いいや。そんな事には興味無かったしな。』
『簡単に言えば聞こえる音には範囲があるって事さ。高すぎる音も低すぎる音も聞こえなくなるんだ。』
『何となくわかったがそれがどうしたんだ?』
『人と馬では聞こえる範囲が違うと言う事さ。
馬の方が人より高い音を聞く事が出来るんだよ。
と言う事はそんな音をぶつけたら人は平気だが馬には堪えるって事さ。』
『つまり馬ははびっくりして吹っ飛ばされるが、人は音がした事すら気付かないわけか?』
『そういう事だ。』
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
『多分今回はレース中の俺達の馬による作戦よりこっちがモノを言うぜ。』
・・・・
録音内容が終了すると、一同から「こんな事を考えていたのか」とか「卑怯な」とか様々な声が漏れ出た。
その中で一番怒っていたのは言うまでも無く大佐だった。
「マーリン伯爵のお嬢様。ケイト様でよろしいかな?」
と大佐は一呼吸入れて気を落ち着かせてから私に聞いてきた。
「はい。」
「申し訳ありませんが、この写真の中からあの日VIPルームとやらにいた人物を選んで頂けるとありがたいのですが。」
そう言いながら20枚くらいの写真を大佐は机に広げて来た。
あんな奴らの顔なんて見たくも無いけど忘れるはずもない。
私は次々とあの場にいた男たちの写真を選んでいった。
「この男たちです。」
そう言いながら私は選び終えた11人の写真を大佐に渡した。
大佐は改めて私が選んだ写真だけを机の上に広げて、それをその場にいた全員で確認していた。
「やはり間違いないのか・・・。」
私の選んだ写真の中にケイン中尉も当然いた。
軍人の関与が完全に固まったので大佐は更に気落ちしたようだった。
「では、ケイン中尉と、ここに来ているミストラルのメンバー全員と、協力している厩舎関係者全員を拘束します。」
そう言って電話機に手を伸ばそうとした大佐に「ちょっと待ってくれないか。」とアボット公爵は止めに入った。
「なぜですか?あなたの馬が標的なのですよ!」
「それは大変有り難いけど、国王陛下から今回で全ての解決を計るようにとお達しを受けてるからね。
今の段階で拘束しても最終的に起訴できるのはミストラル全員じゃないだろう?
それにレースが始まってみないと厩舎関係者が共謀してるかどうか完全に証明出来ない。
第一いきなり9頭も出走馬がいなくなったら、今日のレースを楽しみにしていた人達がみんながっかりするよ。」
「だがそれだとグラジエーターに不利になる。」
とローズ公爵は心配そうに仰った。
「大丈夫さ。うちの馬は強いって知ってるだろ?ハンスも腕が立つし、音波兵器さえ発動しなければそうそう負けないよ。」
と相変わらずアボット公爵は軽く答えてるけど大丈夫だろうか?
「本当に良いのですか?」
と大佐は念を押した。
「うん。だから証拠固めを第一に考えて欲しいんだ。
”一網打尽”これが大事だよ。」
大佐は暫く考えて決断を下した。
「では作戦を伝えます。
まずケイン中尉とミストラルの監視と拘束の準備を。」
「監視は既に行っております。拘束準備はこれから行います。」
とオースティン少佐が答えた。
「厩舎関係者への監視と拘束準備は?」
「それは我々が行っています。拘束準備は憲兵の方々同様にこれから行います。」
と警官が答えた。
「公爵様が仰る様に相手を泳がせて証拠を掴んでから全員の身柄を拘束します。
但し音波兵器に関しては、レース中の発動を何としても防ぎます。
これでよろしいでしょうか?」
と大佐がゴーサインを出した。
「了解した。」
とローズ公爵が仰った。
「頼んだよ。」
とアボット公爵は仰った。
お父様は無言で頷いた。
証言が済んだ私はエリス達の所へ戻る様にとお父様から言われた。
あの二人の暴走を何としても抑えなければ。
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本番までの前座のレースはあと一つ残すだけとなった。