ミストラル2
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翌日 昼下がり
場所:マーリン伯爵邸 応接室
語り:エリス
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「所でヴィルマ。あなたのミストラルの嫌い方はかなりのものですけど何かありましたの?」
「あいつらうちの牧場に来て、競争から引退したばかりのG1牝馬を売れとしつこく迫ってきたのよ。」
「引退したばかりのG1牝馬を?」
これにはケイトも驚きを隠そうとしませんでした。
ミストラルが金に糸目をつけないで馬を集めている事は知っていましたが、セリに出ているわけでもないG1牝馬を売れと迫るなんて常識はずれもいい所です。
確かに外販目的の牧場からすればミストラルの様な存在は有り難いでしょう。
馬が売れて競馬の活性化が図られるならそれはそれで歓迎すべき事です。
でもヴィルマの所はうちと同じオーナーブリーダーです。
私達が牧場を持つ理由は、自分の牧場で生まれた馬を自分で走らせて良い成績を取らせて良い血統を作る事。
馬の外販を兼ねている所ももちろんありますが、うちやヴィルマの所はそれが目的ではないのです。
「あの馬はうちの基礎牝系から出た子だし、大事に手元で育てていくつもりの血脈よ。
要らなくなった繁殖牝馬はちゃんとセリ市に出してるから、そっちで買うなら買ってほしいわよ。」
うちだってそうです。
セリ市に出される馬にはG1馬と血統背景が似ているものや全姉妹だって珍しくありません。
ヴィルマの言う事は最もです。
そう言えば思い出しました。
ミストラルの常套句で「貴族が良い牝系を独占しているせいで公正さが失われている」というものを。
馬鹿なことです。
G1を勝った馬が確実に良い子を生むとは限りません。
それどころか同じ血統背景のセリに出されていた馬からG1馬が生まれる事だって珍しくないのです。
それはうちのダイアナだって例外ではないのです。
ナイトは重賞を勝ちましたが弟や妹もそうなるとは限らないのです。
どちらかと言えば栄える牝系以上に廃れる牝系の方が多いのです。
それはとてつもなく長い時間をかけて私達貴族が中心になって試行錯誤しながらやってきた事。
お金だけで右から左へ結果を得ようとする者達には到底理解できないでしょう。
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「ではランカスターカップの出走予定馬でミストラルの馬を見てみましょう。」
私が書きだしたリストを3人で覗き込みます。
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1.エリオットステークス組(2~4位) 3頭
2.トライアル組(オープン特別1位) 1頭
3.別路線・賞金上位組 5頭
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ミストラルの馬は総勢9頭、全体の半分を占めています。
「無視できない頭数だね。」
「相手の半分が結束しているとなると大変ね。」
「本来ですと勝負掛りの有力馬を重点マークすべきですが、妨害専門の馬がいるとなるとそれ以外の馬も注意しなければなりませんわね。」
「トライアルに出てきて逃げて派手に潰れた馬が賞金上位組にいるわね。」
「ナイトはもう標的じゃないとしてもグラジエーターをそれで潰す気なのかな?」
「それは無理ですわ。
勝手に行くのをそのまま無視すればいいだけですから。」
「ひょっとすると賞金上位組で望みが無さそうなのを回避させて賞金次点の馬で向いてそうなのを出してくるかも知れないね。」
私は頷きました。
もし効果的に妨害に加われる馬がいれば、そちらを出す方が合理的だからです。
逃げ馬にはミストラルのバイエルがいますし、この馬は回避する可能性が高そうです。
「ねえ。さっきの貴族の結束の話だけど、これを示せば乗ってくる貴族がいるんじゃない?
特にシルバーバレットの馬主はエリオットステークスのレース後に激怒してたから真っ先に手を上げそうだけど。」
「妨害馬に関しても結果的にそうなってるだけで確たる証拠がありません。
そんな段階で人を巻き込むのはどうかと思いますわ。」
「やれる事としたら、相手の賞金上位馬が回避したら貴族側で賞金上位の馬を送り込む事くらいか。」
「それも私達だけじゃ難しいわよね。
もしそれが距離不適の馬だったらその馬の将来にもかかわる問題なんだし。」
確かにそうです。
ん?ひょっとして。
「妨害に使われていた馬は2歳でピークを迎えた馬ではありませんか?」
「そうか!確かに2歳で重賞を取ったり2着に来たけどその後鳴かず飛ばずって馬が殆どだよ。
賞金上位だからレースには出られるけど勝ち負けには絡めないそんな馬。」
「ではそういう上がり目の無い馬を見つけましょう。それが多分妨害に回ってきます。」
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そこでリストアップされた馬は4頭。
この頭数で何をするのでしょうか?
グラジエーターを封じるのは並大抵ではないはず。
「レース中に前後左右を囲って封じる気かな?」
「うーん。それは現実的じゃないね。」
逃げ馬相手ならお互いが潰れるまで競りかければよいのですが、先行抜け出しが手の馬にはそれは難しそうです。
直線で蓋をするにしてもそこまでグラジエーターについてくる必要があるわけですし、並みの馬にはなかなか厳しいと言わざるをえません。
「グラジエーターにはレース中の他馬による妨害じゃなくて、エリスの所でやった様な妨害工作をするつもりなのかも?」
「そっち方が現実的だね。今エリスがやっているような厳重な警戒が必要じゃないか?」
「うん、わかった。それはすぐにやらせる。」
何やら話が戻った気がしますが、これはこれで仕方ない事でしょう。
決して無駄な議論では無かったはずです。
「はっきりしているのはミストラル自体を一人の大馬主と考えるべきという事ですわね。
敵と見ている貴族は結束することはあり得ないし、自分達は貴族と違って体面も何も気にしない。
だから数に物を言わせてやりたい放題やれる。
と見てよろしいかしら?」
「ああ、だからこそやっかいだ。」
「そうね。」
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私達はその後何時間も議論を重ねました。
今度はバイエルが捨て身で逃げてラージワンやペドロの追い込みを助けるのではないか等、様々な事態を検証しました。
ミストラルの馬主間の星のやり取りを概算して、今度は誰が利益を得そうかと考えもしました。
しかしどうしても推論の域を出ない。
何か行動を起こすには決定的に証拠が足りないのです。
「うーん。何とかミストラルの情報が手に出来ないものだろうか。」
「そもそもミストラルはどこで話し合って星の調整をしているのでしょうか?」
私とケイトの目は自然とヴィルマに集まりました。
「な・何よ!」
とヴィルマは身構えます。
「地獄耳のヴィルマとしてはどう思われますの?」
「人聞きが悪いわね!私が知っている情報としては、あいつら無類のパーティ好きなのよ。」
「パーティ好き?」
昔は王侯貴族がよくパーティを開いているイメージがありましたが、今では大人しいものです。
私の家では年中行事や馬が勝った時に開くくらいです。
それも関係者だけで。
恐らくヴィルマの家でもそうでしょう。
「そうよ。何かと理由をつけてパーティを開いてるみたいよ。
大方そこでろくでもない相談をしてるんでしょ。」
「ではそこに誰かを送り込んで情報を得るかな。」
「潜入ならいくつか方法がありそうですわね。部下の者かヴィルマ辺りを送り込むとか・・・」
「ちょっと!何で私なのよ!」
「あなたの馬が本命なのだからそのくらいやるべきでしょう?」
「そんなの関係ないわよ!言いだしっぺのエリスがやりなさいよ!」
「はいはい。残念ながら君達は馬主の間では知らぬ者がいないほどの有名人だから潜入には向かないよ。」
「有名人ですか?」
私のそんな疑問にケイトはやれやれとでも言いたげに答えました。
「君達の大喧嘩は今では馬主席の名物になってるようだよ。」
「失礼な。声を荒げたり、席を飛び出しているのはいつもヴィルマです。
私はどんな時も穏やかに対応しているはずですわ。」
「あんたの言葉はいつも毒だらけなのよ!」
「はいはい。その辺でやめておいて。」
ケイトがパンパンと手を叩いていつも通り仲裁に入りました。
「とにかく本番まであまり日が無いし、出来るだけ急いで情報を得る必要がある。
今日話した内容はそれぞれの親に話す事。
幸いにして僕達三人の親は話し合いが出来ないほど仲が悪いわけじゃないし、皆で善後策を考えるべきだろう。
結果は近々もう一度報告し合おう。」
「そうですわね。」
「そうね。」
「じゃあ仲直りの夕食としよう。
二人の家には連絡を入れてあるから、是非うちで食べて行ってくれ。」