ミストラル1
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翌日 昼下がり
場所:マーリン伯爵邸 応接室
語り:エリス
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翌日私とヴィルマは場所を変えて話し合う事になりましたが、なぜか呼ばれた場所はマーリン伯爵家。
ケイトの所です。
マーリン家の執事に応接室に通されるとヴィルマが先に待っていたので、私はツカツカと歩み寄りました。
「他言無用といった筈です!」
「ケイトの所が被害に遭ってないとなぜ言えるの?」
全く意外な返答でした。
確かに狙う方とすれば人気上位二頭が消えてくれた方が都合が良いはずです。
相手が複数いれば尚の事。
「そういう見方も出来ますわね。」
私とした事が・・・
私が着席して考え込んだ所にケイトが現れました。
「やあエリス。あの日は大変だったんだね。」
「はい、まあ。その様子ですとそちらはご無事の様ですわね。」
「ああ、レース直後の競馬会による検査も問題無かったようだし、昨日ヴィルマから連絡をもらって色々調べさせたけどこっちも問題無いみたいだ。
それにしても水臭いじゃないか。相談してくれれば力になれたかもしれないのに。」
「それはありがとうケイト。でもヴィルマ、これ以上の情報拡散は願い下げですわよ。」
そう言って、私はケイトの優しさに感謝しつつ、ヴィルマにもう一度釘を刺しました。
「わかってるわよ。ね、ケイト。」
「ああ。」
良かった。
今は情報は最小限の者達だけで共有するべきです。
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「ミストラルが怪しいと言うのは頷ける話だ。
彼らの今までの行いから見れば十分にありうる。」
やはりケイトも彼らを良く思ってなかったようです。
「成り金が性急に結果を求めるのは当然の事なのかもね。
自分が成り上がるために使った汚い手を競馬にまで持ち込まないで欲しいわ。全く。」
とヴィルマに至っては完全に毛嫌いしています。
「まあまあ、まだミストラルが犯人と決まったわけじゃないんだから。
まずエリスから詳しい話を聞こうよヴィルマ。」
「そうね。」
そう言って二人は私に向き直りました。
まあいいでしょう。
もし相手が複数ならこちらも団結した方が良いかも知れません。
「実は・・・・・」
「えっ?じゃあ今度はうちが危ないと言うの?エリス。」
「相手の狙いが何かによりますわ。
お金なのか、貴族の名誉の失墜なのか。」
「或いはその両方か。という事か。」
私は頷きました。
「厩舎なんてどこでも作りは似たようなものだし、テストするなら狙いの所で無くてもいいと言う事だね。」
「ええ。もしあの時ナイトが禁止薬物を服用してたら儲けものといった感じでしょう。
更に言えば狙われた当事者以外事態をどこか他所事と考えるでしょうから、真剣に対策はしないでしょう。」
「じゃあエリスの所は囮で本命はうちという事?」
「あくまで可能性の話ですわ。
とにかく証拠が無いんですから。」
「うーん、となるとレスターがあの馬達を蹴散らしてしまったのが悔やまれるね。
どれか3着辺りにいれば相手が行動していた可能性があるんだろ?」
「あれは馬の完全な実力差ですし、気にすべき事でもないでしょう。」
「そうよ。あれはあれでいいのよ。
所でエリスの所はどんな対策取ってるの?」
「私兵を24時間交代制で張り付かせていますわ。
それもうちに何代も仕えている者たちばかりです。」
「そこまでしてるの?」
この質問が出た時点で犯人の思う通りに行っていると言う事です。
あくまで推測レベルですが。
「ええ、私兵に化けて何かをされては本末転倒ですから。」
「それもそうか。
どの推測が正しいかわからないけど、これから何もないと思う方が難しいな。
うーん、そうなると貴族は貴族で結束して事に当たる必要があるかも知れないね。」
私とヴィルマは同時にげんなりとなりました。
ケイトの言う事はもっともなのですが、貴族同士というものはとにかくややこしいものなのです。
ローズの様な建国間も無い頃からの古参もいれば、マーリンの様な新興もいます。
爵位による隔たりもありますし、皆それぞれ気位も高く意見の一致をみる方が珍しいくらいです。
「二人ともどうしたんだい?」
「いえ、ケイトは貴族社会の現状を・・・」
「わかってるさ。だからこそ言ってるんだよ。
それが相手のつけ目でもあるんだろうし。」
確かに貴族社会がもう少しまともならこんなふざけた真似をされなかった可能性が高いです。
でもケイトの話は、今この場で結論が出るとは思えません。
それより足元を見なければ。
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「それより検証をしてみましょう。
ミストラルが今回の事にどれだけ絡んでいそうかという事を。」
「仕方ないね。」
「そうね。」
ケイトは多少不満そうですが、仕方ありません。
まずやれる事をやるべきなのです。
「トライアルの出走馬の内3~5番人気だった馬は全てミストラルの馬で、結果全て沈みましたが、エリオットステークスはどうなのです?
ミストラルの馬は出ていたのでしょう?」
私はわざとそう聞いてみました。
特にヴィルマに。
「出るだけなら半数近くがそうよ。上位入線組では1着はうちの馬だから論外。
2~4着でランカスターカップの優先出走権を得た馬は・・。あっ全部がそうよ!」
そうなのです。
エリオットステークスが終わった時点で、ミストラルは少なくとも三頭ランカスターカップに有力馬を送り込むことが確定している。
裏街道のナイトの失格なんて正についでの事だったでしょう。
「その時に失格した馬や降着になった馬はいましたか?」
「いたけどレース中のラフプレーによるものよ。」
「加害馬と被害馬は?」
「加害馬はミストラルの最下位人気の馬で逃げ馬に近い先行馬。
被害馬は隣の枠の貴族の馬でシルバーバレット。イレイザーやナイトが戦ったスポートに近いタイプの馬ね。
因みにこれが2番人気だった。
その馬をゲートを出た直後に加害馬がぶつけて落馬させてるわ。」
「そのおかげでバイエルが単騎の逃げを打って2着に粘る事に成功した。という事ですわよね。
バイエルとその馬の馬主は同じという事はありませんか?」
「流石にそこまであからさまじゃないわよ。
確認のために言っておくけど、この加害馬の馬主はエリオットステークスにはこの馬しか出してないわよ。
共通点はミストラルという事だけ。」
「うーん。でもレースでそれを狙うのは流石に無理が無いか?
バイエルにしても前回が初めての逃げのレースだったわけだろう?
それも本来逃げるはずのシルバーバレットがいなくなって、ぶつけた馬自身も衝撃でもたついて逃げられなかった。
だから逃げ馬がいなくなっての押し出された逃げだから本当に特殊なケースだよ。」
と、ケイトが当然の疑問を口にしました。
確かに相手を落馬させるために騎乗するのは至難の業でしょう。
今回はたまたま隣の枠同士だったとはいえ、出走登録の時点では枠順まではわかりませんから、そんな事を計画しても相手と極端に離れた枠になる事も考えられる訳です。
そうなると計画自体が成立しません。
それにバイエル自身も本当に人気薄で期待されていたわけではなさそうです。
でも皮肉な事に、このトラブルで隠されていた才能が発揮されたと言う事でしょうか。
「むしろ失敗したんじゃない?
本来の狙いは出だしが速い馬を使って逃げ先行の有力馬を競り潰そうとしたのを失敗したんだと思う。
うまく行っていれば流れが速くなった所にラージワンの追い込みを決めさせる気だったのよ。」
そう考えるのが自然です。
馬をレースに出走させる以上勝利を目指すことが義務とされていますが、後で理由を聞かれた所でミストラルが本音を漏らすとは思えません。
恐らくこう答える事でしょう。
『勝利を目指したが及ばなかった。』
但し、憎まれるにしても堂々と憎まれるべきです。
エリオットステークスで言えばラージワンやペドロの馬主がその様な馬を用意すべきです。
それを組織ぐるみでコソコソと。
これが貴族だけでなく様々な馬主達からミストラルが嫌われる大きな理由の一つなのでしょう。
「じゃあナイトもそうなる可能性があったんだね。」
とケイトが意外な事を言います。
「ナイトが?」
「ナイトは条件特別を逃げて圧勝してるよね?
だからミストラルも2歳のスプリント重賞を勝った逃げ馬を出してきた。
スタートからナイトに競らせて共倒れで潰す気だったんだろう。」
ああ、あの派手に逃げていた馬ですか。
今言われるまでそんな意図には全く気付きませんでした。
もう調べる気にもなりませんがあの馬も共通点がミストラルという事だけでしょう。
「やれやれですわ。馬の距離適性も考えないでそんな意図のためにレースを使うだなんて。」
私はヴィルマを見ながらそう言いました。
「な・何よ!あの時点ではイレイザーの距離適性がはっきりしなかったんだし。」
私はふとトライアルのレース直後のケイトの言葉を思い出しました。
「でもケイト、レスターの調教師の方はトライアルではナイトが逃げないと見てましたわね?」
レース後ケイトは「切れ味勝負では分が悪いと言われた」と言っていたのです。
「ああ、それは先生に聞いたけど、前回の逃げはあくまで実力を計るためで、本来のナイトの魅力は未勝利の時に見せた母譲りの長い末脚だろうって事だったんだ。
それに枠も外だしかからない限り逃げには出ないだろうって。結果としてその通りになったけどね。」
レスターの陣営は想像通りの強敵の様です。
「話を戻しますが、ミストラルの狙いは勝利度外視の出走馬による妨害に飽き足らず、トライアルでは別の工作も加えて確実性を計ったと言う事でほぼ間違いなさそうですわね。」
「そうね。今年になってから妨害馬による動きがあからさまになってきたけど、エリオットステークスで更に方針を変えたんでしょ。」
「本当に最低なやつらだな。」
恐らくミストラル内部でこうして勝ち星の貸し借りをしているのでしょう。
これがあからさまになると大きな違反行為ですが・・・
「ただ問題は・・」
「証拠が無い事ね。」
「そうだね。」