暗躍1
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ランカスターカップ 2週前
場所:ローズ家 本邸
語り:エリス
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「所でまだ尻尾は掴めませんの?」
「はい。お嬢様申し訳ありません。ジェイク達はどうやら本当にただの雇われの様で、相手の実体は何一つ知りません。」
私はお父様の部下から代理で事件に関する報告を受けています。
レイにも調べさせていますが、こちらも大きな進展は無し。
怪しげな馬主はいるにはいるのですが、まだ決定的な証拠をつかめないでいます。
今回の件は事件のあったその日のうちに競馬会に報告をして、翌朝競馬場で係員立ち会いのもとでナイトに臨時の検査を受けさせましたが、無事が確認出来ました。
それが何より良かった。
レース後にナイトを調べるように競馬会に密告があるかと思いましたが、どうやらジェイク達の失敗を察知したようで、動きはありませんでした。
競馬会は今回の件を受けて、各厩舎に注意を促す通達を出したようです。
今回の事件の始まりですが、どうやらジェイク達が酒場で飲んだくれている所に近づいてきた男がいたらしく、その男に色々と酒や肴を奢ってもらう内に、今回の件についてそそのかされて犯行に及んだようです。
そして実行当日に相当な前金と禁止薬物の入った荷物を貰い、成功後は更に後金を貰う予定だったとの事です。
それと酒場で声をかけてきた人物と前金を渡してきた人物は違うようで、その男達とは今まで面識は無かったとか。
犯人の狙いは本命候補を失格させてなんらかの利益を得る事ですが、馬券による金銭的な利益を求めたとは考えづらいのです。
何故ならレース確定後に検査は行われ、その頃には馬券の払い戻しに関する事が全て決定しているからです。
お金が目的で無いならローズ家の顔に泥を塗る事でしょうか?
確かに貴族はあちこちから恨みを買っています。
それらには何代にも渡る事だって少なからずある事でしょう。
この線も確かに捨てきれません。
今のところ一番怪しいのはナイトが失格する事によって、本番への出走権を得ようとする連中です。
ナイトを失格にして一番の利益を得るのは本番出走に対して当落線上にいた馬主達。
やはりこの中に黒幕はいる確率が高いです。
このまま調査が長引いて相手の尻尾が掴めなければ、ジェイクの逆恨みによる犯行とされてしまいます。
それだけは防がなければ。
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翌日
場所:ローズ家 本邸
語り:エリス
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翌日今度はレイから報告を受けました。
内容としてはお父様の部下から受けた内容と大して変わりませんでした。
でも地道にやるしかありません。
「アボット家や伯爵家の犯行は考えづらいですね。お嬢様。」
「そうです。ヴィルマ同様アボット公爵も伯爵家も自分の馬を堂々とぶつけてくるでしょう。
そうでなくては満足できない生き物なのですよ。貴族というものは。」
「では主にマークすべきは今まで通りトライアルで3~5番人気だった馬の馬主という事でよろしいでしょうか?」
「ええ。その線で調査を続けなさい。」
「ただ、3~5番人気だった馬はレスターについて行って6~13着といずれも掲示板に載れませんでした。」
「だから余計に尻尾を出さなくなった可能性はありますわね。」
「はい。ナイトが失格した所で3着の馬が繰り上がるだけですから。
それにこの3着馬は人気も無く正に無欲の挑戦だったわけですし、馬主も古参の貴族です。
関係あるとは考えづらいですね。」
そこまで聞いて私は何か違和感を感じました。
本番への出走権は直接お金では買えない。
だからジェイク達を雇って妨害に出た。
でも自分たちの馬が完全に圏外に敗れ去った事とジェイク達の失敗を察知して動きを止めた。
しかし・・・
「ひょっとして・・」
「はい?」
「今回の件は単なる布石で、この先に何か別の目的があるのかも知れません。」
「別の目的と仰いますと?」
「今ははっきりと言えませんが、ジェイク達は優秀とは言えません。いえ、優秀どころかかなりの無能ですわ。」
「はい。」
「そんな者に対して大きな期待を寄せるでしょうか?」
「・・・・」
レイは私の真意を測りかねているようですが、仕方ありません。
私だってまだあやふやな状態なのです。
「ジェイク達を除けば、今回関わった犯人は少なくとも2人以上いる事になります。
相手を組織と考えるなら・・」
「ひょっとして何かの下調べを?」
「そう考えるべきかもしれませんわね。
もしナイトが禁止薬物を口にしていたら期待以上の成果を得る事ができたという所でしょう。
そしてこの先にはランカスターカップの本番が控えています。
相手の目的は本番に何かをやる事ではないでしょうか?」
「でもそう考えるなら何故わざわざ警備体制が後で強化される様な事を・・・あっ!」
「そうです。警備につく私兵の中に相手の手の者が紛れる可能性も否定できませんわ。
或いはこちらはあくまで囮で狙うべき相手は別にいる可能性があります。」
「容易には考えづらい事ですが、可能性として無いわけではないですね。」
「今回はあわよくばトライアル失格を狙ったとして、本番での目的は、ランカスターカップの本番前に何かを盛るか仕掛けてレースに影響を与える事でしょう。」
「時限式の薬物か魔法という事ですか?」
「時限式で無いなら、競馬場内に何かのトリガーを仕掛ける可能性も考えられます。」
「なる程、そうなると・・ん?」
「やはり気付きましたか?犯人が利益を求めるのならばナイトよりランカスターカップでグラジエーターの妨害をする方が効果的なのです。」
「なるほど、それでこちらが囮か予行演習に使われたとお考えなのですね?」
レイの言う通りあのレースが本番の出走権だけでなく、悪事のトライアルにされたのであれば全く洒落になりません。
「あくまで可能性の話ですわ。
どっちにしろふざけた話です。
競馬会から各馬主に気をつけるようにと通達が行っているはずですが、証拠が無い以上面と向かってヴィルマに警告するわけにはいきませんし・・」
「そうですね。あくまでこちらの推論ですしね。」
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同日
場所:オーエン厩舎
語り:俺
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何か最近ものものしい。
ランカスターカップの本番が近いせいだと思うが、あまり見ないエルフの数が前より増えた。
厩務員の仕事の邪魔をするわけじゃないし、別にどうという事は無いんだが、彼らから発するピーンと張りつめた空気だったり独特の殺気が漂っていて何となく落ち着かない。
どうやら他の馬達も同じ様に感じているらしく、何やらそわそわしている。
だからかも知れないが、そのエルフ達は昼間は厩舎スタッフとともにいても、夜は厩舎の外を固めて馬に余計な負担をかけないように気を使っているようだ。
「ナイト気になるの?」
リナがそう心配そうに聞いてきた。
「あの人達はね。この間の様な事が起きないように公爵様が連れて来て下さったの。
それも歴代でお仕えしてる人達ばかりなんだって。すごいねえ。」
つまり警備員だな。
ツナギを着ているのはいつもと変わらない雰囲気作りの一環なのだろうが、さっき思ったようにそれは上手く行ってない。
まあジェイクの様なやつがやってくる方が問題だからこれはこれで仕方ないのかもな。