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事件

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トライアル前夜

場所:オーエン厩舎

語り:俺

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 最終追い切りも終わって、もうレース当日まで大きな出来事は無い筈だった。


 明日のレースに備えてそろそろ寝ようかと思っていたら、厩舎の扉が音を立てて開いた。


 毎日交代で厩舎スタッフが定期巡回に来るけどいつもよりタイミングが早い。


 順番で行けば今度はリナだけど妙だな?



 扉の方を見ると、月明かりの中にここの厩舎スタッフの様なツナギを着た若い男が3人立っている。


 中央の男がどうやらリーダーらしい。ちょっと威張った感じだ。


 気になったのは、他の馬がこいつを見ると何となく怯えた様子を見せている事だ。


 でもこの顔や雰囲気誰かに似てるな?


 左の男は何かリュックの様なものを背負っている。


 何で大げさな荷物を背負ってるんだ?


 右の男はさっきから周囲を見回している。


 見張り役か?


 どの道ろくなやつらじゃなさそうだ。



 そして全員が俺の方を見て何かにやけ顔だ。


 実に気分が悪い。


「おい。」


 中心の男が左右を見回して両側の男に何か指示してる。


「ああ。」


 右側の男がそう答えて俺の飼葉桶を俺の馬房のつっかえ棒に引っ掛けた。


 おいおい飯の時間は終わったぜ?



 左の男は俺の前まで来てリュックを降ろした。


 そして中から大きめの水筒の様なものとビンを取りだした。


 リュックの中には他に果物やら野菜が見える。


 そいつは俺の飼葉桶の上にリュックを持ってきて逆さにした。


 ドサドサと音を立てて中の野菜やら果物は全部桶に収まった。


 問題はこの後だ。


 さっきの水筒の蓋を開けて飼葉桶に中身を注ぎだした。


 この香り思い出したぞ。


 俺の世界で言うコーヒーだ。


 それも結構濃いし量も多い。


 男は飼葉桶に手を突っ込んでそれを混ぜ始めた。


 更にこいつはビンの中身のハチミツみたいなもんまで入れやがった。


 すると、それまでコーヒーらしきものの匂いが勝っていたのにやたらと甘い匂いに変わってきた。


 何がしたいんだ?こいつらは。



 俺はそいつの作業を見ながら重要な事を思いだした。


 俺の世界では競走馬にカフェインを与えるとドーピング違反になっちまう。


 こいつらの表情やらここに来た様子からしてそれが目的としか思えない。


 馬が好きな物にカフェインを混ぜて食わせて、競争に出た後で密告するって寸法だろう。



 残念だなお前ら。


 俺はどっちかと言うと紅茶党だし、他の馬と違ってこれが何かとか、食えばどうなるかとか、ちゃんと分かるんだよ。


 そいつは一連の作業を終えると、「おい、食えよ」とそう言って2~3歩下がった。


 俺は何もしないで立っていた。


 するともう一度イラついた声で「食えって」と言ってきた。


 俺は頭を低くして飼葉桶に首を突っ込むふりをした。


「おい、やったぜ!」


 とそいつが言ったのも束の間、俺は飼葉桶をかけてあるつっかえ棒を鼻で引っ掛けて撥ね上げてやった。


 すると、つっかえ棒は外れてカイバ桶も床に落ちて派手な音を立てて転がった。


 中身は当然床にブチ撒けられた。



 勿体ないとは思ったよ。


 大事な食料にこんな事するなんて正直良心が痛む。


 向こうでは貧乏なフリーターだったからまともにお金や食料の管理が出来なかったら生死に関わってたしな。


 でもドーピングにかかるわけにはいかない。


 それに俺はリナ以外が作った飯なんて食いたくない。


 少なくともこっちではな!



「てめえ!!」とリーダーの男が俺に叫んだその瞬間、「何をしてるんですか!」とリナの声が厩舎に響いた。


『おいリナ危ない!!逃げろ!!』


 俺はそう叫んだつもりだったけど、ただの嘶きになってしまう。


 更に悪い事にリナはリーダーの男を見て固まってしまっている。


「おい、あの女を押さえろ!」


 リーダーの声に他の二人が一斉に飛びかかってリナを床に押さえつけた。


『おいこらリナを離せてめえら!!』


 そう思っても言葉に出来ない。そう思うと本当にもどかしくて辛い。



「ジェイクさん・・・」


 リナは呆然としながら、リーダーを見てそう言った。


「ふん。この駄馬がお前に担当が代わってからとんとん拍子に勝ちあがって、今じゃトライアルの本命候補だと?笑わせるなよ!」


「私に担当が変わったのはあなたが馬に酷い扱いをしていたせいじゃないですか!」


「言う事を聞かない家畜は殴るしかねーんだよ!」


 つまりこいつは以前の俺の担当厩務員だったのか。


 恐らく馬の扱いが酷いせいでクビになったな。



「おいおい。言い争いは後にしろよ。

 作戦は失敗だ。俺らはこの女に顔を見られてるし、他の馬も騒ぎだす。

 そろそろ引き上げなきゃ厩舎のやつらがやってくるぜ!」


 さっき俺にカフェインを盛ろうとしたしたやつがそう言ながら、リナが腰につけていたタオルでリナに猿轡をした。


 ジェイクは俺を忌々しそうに見た後で「そうだな。」と言って踵を返そうとした。


 それを見て「あのさあ。この女はどうするんだ?」ともう1人の手下が言った。


「・・・」とジェイクが決めかねていると、「連れてっていいか?結構な美人だし俺好みなんだよ。」


 そう言いながらそいつはリナの胸を揉み始めた。


「・・・んん・・」と声にならない声をあげて、リナは涙目で身をよじって逃れようとしたけれど、床に抑え込まれているので抵抗できないようだ。


「やっぱり、ツナギの下にデカイお宝が眠ってたかよ。」とそいつは下卑た声でリナに追い打ちをかける。


「勝手にしろ。」とジェイクの声を聞いた途端にそいつはリナを強引に立たせて厩舎から連れ去ろうとした。



 もう怒った。こいつら全員蹴り飛ばしてやる!!


 そう俺が思った瞬間、「一体何をしてますの!!」とさっきのリナより遥かに大きな声が厩舎中に響き渡った。




 見るとエリスお嬢様が両脇に若い女を従えて厩舎入り口で仁王立ちになっていた。


 左側はいかにも従者と言った感じだ。右側はメガネをかけてなにか怜悧さを感じる。


 そして両腕を組んで侵入者を睨みつけるその様子はイメージ通りと言うか何と言うか、うん、これこそがお嬢様だ。


「けっお嬢様かよ。」


 そう吐き捨てるようにジェイクは言った。


「あらジェイク。あなたは首になったと聞きましたが。」


「うるさい!!あんたには関係ないだろ!!」


「あら、そうかしら?ここの厩舎の馬の殆どはうちの馬ですし、私はそこのリナに用があってここまで来たのですから。」



 そんな二人の言い争いの隙を突いて、さっきリナの胸を揉んでたやつがお嬢様に掴みかかろうとした。


「バカ!よせ!」


 と言うジェイクの声を無視して男は尚も前に出た。


 エリスは一歩も動かずに右手の指輪を外して左の女に放り投げて「ちょっと持っていなさい」と言っただけ。


 次の瞬間、掴みかかった男が一瞬青白い光に包まれて床に昏倒した。


 男がエリスに触れたようには見えなかった。


 何と言うか触れる直前に弾かれたと言った感じだ。


 そして更に遅れて、投げられた指輪が女の手に収まって、「畏まりました、お嬢様」と返事があった。



「無礼な男。」


 とエリスはゴミを見るような目で昏倒した男を見ている。


「そんな詠唱もなしに・・」


 と俺に一服盛ろうとしたやつが言った。


「詠唱?この程度の魔法に詠唱なんて必要ありません。それより二人とも覚悟なさい!」


 エリスがそう言った瞬間、ジェイクともう1人は厩舎の奥のもう一つの出口に走った。


 エリスは詠唱に入った。


 が、それはほんの数秒だった。


 エリスの指先からさっきの青白い光とそれに炎が纏わりついた塊が生まれて、逃げた二人を追って飛んで行った。


 そして二人は悲鳴を上げる間もなくさっきの男と同じ様に昏倒した。


 エリスはその二人の所につかつかと歩み寄ってピンヒールで交互に踏みつけてた。


 二人は揃って悲鳴を上げる事になった。


 それは今までの声で一番大きい。


 いくらここの厩舎スタッフが鈍感でもこれで飛んでくるだろう。



 それにしてもなんかすごいものを見たぞ。


 って言うかここのエルフは魔法を使うんじゃないか!


 ひょっとしてさっきの指輪って封印ってやつか?


 エルフは鉄は苦手って設定をどこかで見た事があるけど、そういう性質のものなのか?



 訂正。こちらのエルフも立派に魔法を使います。



 そういやリナは?


 俺が左右を見回すまでも無くリナはいつの間にか俺の真横に立っていた。


 猿轡は自分で外していた。


 そして俺の首筋に手を置いてこう言ったんだ。


「すごいよねナイト。

 お嬢様の一族って雷と炎の魔法が使えるんだよ。

 お嬢様はそこでもずば抜けた才能をお持ちで小さい頃から天才って言われてた方なの。

 私はそんな魔法使えないから素直にすごいと思うの。」

 

 って事は何か?


 初めて会った時に指輪をして俺を殴ったのはエリスなりの手加減だったと言う事か?


 あの一撃に炎や電撃が加わってたら俺死んでたかもな・・・・


「あーらリナ。いくら本当の事でも照れますわ。」


 リナの話が聞こえてたらしく、そう言いつつもエリスは踏むのをやめない。


 それどころか更に力を込めているようだ。


 勿論悲鳴は更に大きくなった。あーあ。



 その直後に男達の悲鳴を聞きつけたオーエンと厩舎スタッフが飛んできた。


 そしてろくでなし三人組は捕縛されどこかに連行されていった。




 後から聞いたんだが、ジェイクはどうやらオーエンの身内で以前ここで仕事をしていたものの、生来の気性の荒さから馬の扱いが酷く、見かねたオーエンにクビにされたそうだ。


 因みに俺事エリスズナイトの元担当者で競馬に対する恐怖を植え付けた張本人だそうだ。


 リナがさっき言ってたのはそう言う事か。


 ろくなもんじゃねえな。




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トライアル前夜 事件後

場所:オーエン厩舎

語り:俺

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 あれから約30分後、俺の前にオーエンとリナが立っていた。


 一応他の厩務員達も自分の担当馬のチェックをしている。



「リナ、ナイトは本当に禁止薬物を摂ってないんだな?」


「はい。そのままひっくり返したみたいですね。

 さっき床に全部こぼれてました。

 一応飼葉桶も洗いましたが念の為新品に換えておきます。」


「そうか、ならいいんだが。」


 薬物の事は多分あの三人から聞きだしたな。


 お嬢様の拷問はさぞきつかったろうよ。



「大丈夫さ。だってこいつはリナから貰う物しか口にしねえ。」


 話を聞きつけたベテラン厩務員が助け船を出してくれた。


「ほら、見なよ。」


 とそう言ってベテラン厩務員は俺の鼻先にニンジンを差しだした。


 俺は当然そっぽを向いた。


 悪いな。あんたの事は嫌いじゃないけど今は特にこうしなきゃな。



 今度はリナが「ナイト」と俺の名を呼んで違うニンジンを差しだした。


 俺は遠慮なく頂いた。


 やっぱりリナから貰うと美味い。


「なる程そういう事か。なら安心だな。」


 オーエンはやっと安心したようだった。




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トライアル 前夜 事件後

場所:オーエン厩舎 応接室

語り:エリス

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 許さない。絶対に許さない。


 誰かがジェイクを焚きつけて今回の件を画策したに違いありません。


 おまけにリナまで危険な目に遭わせるとは。


 彼女のおかげでナイトは立ち直ったのです。


 そんな彼女まで巻き込むなんて絶対に許せません。



「レイ、明日のトライアルのレスター以外の有力馬の馬主を調査させなさい。」


「はい、お嬢様。レスターはよろしいのですね?」


「ええ。」


 レスターは未勝利脱出直後に重賞2着の実績があって、本番には多分出られる筈です。


 それにあの誇り高き伯爵家がそんな事をするとは思えません。


 他の馬主は信用出来ない者が何人もいます。


 必ず燻りだして見せます。




 ああそうだいけない。本来の用事も済まさなければ。


 折角服飾デザイナーのイライザ先生に御同行頂いたのだから。


「イライザ先生どうもお待たせして申し訳ありせんでした。」


「いえいえ。先程お嬢様の素晴らしい魔法を拝見できただけでも来た甲斐がありました。」


「そんなお恥ずかしい。申し訳ありませんがもう一度厩舎の方に来て頂けますでしょうか?」


「はい。」




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トライアル 前夜 事件後

場所:オーエン厩舎

語り:俺

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 騒動が落ち着き厩舎の中には俺と他の馬とリナだけ。


 俺がつっかえ棒を外したりしたから色々散乱してリナに迷惑をかけたみたいだ。


 ごめんな。


 その作業もようやく終わったらしくて、俺の肩に手を置いて「また明日ね」と声をかけてくれた。



 リナはそのまま厩舎を出て行こうとしたのだが「お待ちなさい」と呼びとめる声が入り口から聞こえてきた。


 なんかデジャヴ?さっきと同じ並びで入り口にエリス達が立っていた。


「な・なんでしょう?」


 エリス達と相対したリナが異様な雰囲気を感じ取って2~3歩下がった。


「今日はあなたに用事があって来たのです。

 イライザ先生お願いしますわ。レイ、あなたもお手伝いして。」

 

「畏まりましたお嬢様。」


 2人は異口同音にそう答えてリナを俺の隣の空の馬房に連れて行った。


 リナがその際に口にしていた「あの・・」とか「一体何が・・」とか言う問いかけは一切無視。


 エリスは相変わらず同じ姿勢で仁王立ち。


 怜悧な感じのメガネをかけた女はイライザというのか、従者はレイか。


 先生って何の先生だ?


 それ以前に何しに来たんだ?



 3人が馬房に入って暫く経つと「え!一体に何を!」というリナの声が聞こえて来た。


「大丈夫です。すぐ終わりますから。」とイライザ先生と呼ばれた人の声が聞こえた。


 ゴソゴソと音がして隣の馬房と俺の馬房を仕切る板の上にバサッとリナのツナギがかけられた。


 ええ?どういう事だ?


 続いてシャツがかけられて、続いてブラが・・・


 やっぱり大きい・・


 じゃなくて一体何が起こってるんだ?


 おい!斜め前のお前!今だけ馬房を替れ!



「一体何をするんですか!?」


「すぐに終わりますからじっとして!レイさんちょっと押さえててください。」


「畏まりました。イライザ先生。」


 と言うやりとりが聞こえて来て数分間。


 ブラが戻され、シャツが戻され、ツナギが戻された。


 そして3人揃って隣の馬房から出てきた時には、リナの顔は真っ赤に上気していた。


「終わりましたか?」というエリスの問いかけに、「はい。」とまた二人は異口同音に答えた。


「あのお嬢様。これは一体・・」


「あなたのパーティドレスの採寸です。」


「ドレス?ですか?」


「そうです。オーエン先生から聞きましたわ。パーティに着て行く服が無いと。

 だからデザイナーの先生に御同伴頂いてあなたのサイズを計りに来たのです。」

 

 ううっ、わかるぜリナ。俺だって正社員の面接に着て行く服が無いんだ・・・


「でもそんな高価なものを買うお金が・・・」


「心配は要りません。私に任せなさい。それより労うべき相手がパーティ会場にいない事の方が問題です。

 いいですねリナ、次は必ず出席なさい。

 先生・レイそろそろ帰りましょう。思ったより長居してしまいました。」


 エリスはリナの返事を待たずにさっさと厩舎を出て行ってしまった。



 こうして嵐の様な夜の出来事は終わった。


 やれやれ、やっと寝られる。





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