理不尽な運命
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???? 朝方?
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語り:俺
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俺の名は水谷貢。
しがないフリーターってやつだ。
確か夜遅くに薄給のバイトから帰ってアパートで寝ていたはずなんだが、目が覚めたらツナギの様な作業着姿の金髪のネーちゃんに抱き締められて泣かれている。
ツナギの中のふんわりとした胸の感触が伝わって来てすごく気持ちいい。
金色の髪も繊細な感じがして柔らかい。
ああとてもいい感じだ。
自慢じゃないが俺には彼女なんていないし、ましてや金髪のネーちゃんに知り合いもいない。
うん。これは夢だな。
周りを見回すと何故か床には藁と言うか干し草が一杯だし出口の方には柵がある。
何というか厩舎の中みたいだ。
何で厩舎って表現をしたかと言えば、俺の楽しみは週末の競馬だけ。
子供の頃にTVで見た競走馬が走る姿に一目ぼれして以来ずっと馬を見続けて、それが今でも続いている。
だから住んでいるのも競馬場がある府中。
と言っても賭けるのは殆ど単勝のみで1レースにつき100円単位。
単なる応援馬券だ。
馬券で食えたらそりゃ最高だが、そもそも胴元に最初から2割持って行かれてるのにそうそう勝てるわけないからな。
いくらフリーターでもその程度の分別はあるぜ。
それに抱き締められてると言っても俺の胴体じゃない。
顔と言うか何と言うか鼻面・・・。
鼻面?
驚いた俺は顔を上げた。
すると「きゃっ」としがみついてたネーちゃんが振り飛ばされて地面に尻餅をついた。
ただ藁が重なった場所に落ちたせいか怪我はなさそうでだった。
あっとごめんよ。
いくら夢でもネーちゃんを振り飛ばしたら気分が悪い。
『おい大丈夫かよ。』
そう問いかけた筈なのになぜか声が出ない。
『おいどーなってんだ!』
そう叫んだら
「ヒヒーン!」
と嘶く声が俺の口から出た。
・鼻面にしがみつかれていた。
・叫んだら嘶き
うーん。これはひょっとして。
自分の体を眺めてみた。
首を動かさなくても何故か視野が広い。
魚眼レンズって言うんだっけ?
あんな感じでかなりの角度を見渡す事が出来た。
まるで馬の視野だな。
そこで見えた物は・・・
・俺の体の色は墨色でまるで若い馬の芦毛
・足元は靴ではなく蹄でまるで馬の足
・柵にかかってるのは水の入った桶と餌の入った桶が合計2つ
つまり俺は馬になっていて、厩舎に繋がれているようだ。
馬好きが高じてこんな夢まで見るとはな。
そして足元にはさっきのネーちゃんが尻餅をついたまま驚いた顔をしてこっちを見上げている。
そこで俺はこれが夢だと確実に認識する事が出来た。
なぜならネーちゃんの耳が長くとがっていてまるでファンタジーに出てくるエルフの様だったからだ。
それにエルフの設定通り結構な美人さんだ。
夢とは言えこんなネーちゃんに優しくしてもらえるのは、最初で最後だろう。
ここは優しくしないと。
『ごめんよ。』
そう思いながら俺はそっと首を伸ばした。
するとネーちゃんは立ち上がってもう一度俺の鼻面を抱き締めて泣き始めた。
うーん困ったぞ。
実生活ではまるで女に縁が無いからどう対処していいのかわからん。
ましてや今の俺は馬だ。
さっきみたいなちょっとした動作が人に大怪我させる可能性がある。
そう思っていたら厩舎にスーツを着た中年の男と着飾った赤毛の若い女が連れ立って入ってきて俺の前で止まった。
男は困った表情で俺を見上げて、女は俺を殺さんばかりに睨みつけている。
どうやら男の方が年は上だが地位は女の方が上の様だ。
ぱっと見はお嬢様とその執事に見えない事もないが、この二人にはそれほどの関係性が感じられない。
どっちかというと威張り腐った女の客を必死に接客している店長といった感じに見える。
何と言うかあんまり関わりたくないやつらだ。
「おい、リナ。まだ泣いてるのか?」
そうかこのネーちゃんはリナと言うのか。覚えておこう。
その声で俺にしがみついていたリナはやっと俺から離れて二人に頭を下げてこう挨拶した。
「お嬢様、先生、おはようございます。」
「ふん。」
と女はその挨拶に鼻で返した。
先生って事はこの男は調教師でこの女はオーナーの娘といったところだろう。
「オーエン先生!いつまでこの駄馬をここに置いておくつもりですの?」
とオーナーの娘が噛みつかんばかりに調教師に迫っていた。
調教師はオーエンと言うのか。ならここはオーエン厩舎だな。
まあどうでもいいか。
この女もエルフの設定通りに高慢な上にプライドが高いようだ。
癪な事だが怒った顔をしていてもかなりの美人で着飾った服も似合っている。
因みに俺の嫌いなタイプだ。
こいつを見てると前にバイトしていた居酒屋で無理難題を吹っ掛けてきた客のバカ女を思い出してすごく不快な気分になった。
「ま・まあエリスお嬢様。次の競争までお待ちください。」
とオーエンは後退りしながらそう答えた。
この女はエリスか。今後とも絶対に関わりあいになりたくないタイプだ。
「本当に次で最後ですわよ!」
そう言ってエリスがオーエンに詰め寄ると
「あのう・・」
とリナが恐る恐る声をかけた。
「何ですの?」
エリスはオーエンに向けていた怒りそのままにリナを睨んだ。
リナはビクッと体を震わせたけれど恐る恐る意見を述べ始めた。
「3歳とはいえまだ2月ですし、これからの成長だって見込めます。
血統面も言う事ありませんし、身体能力だって・・・」
そこまで言いかけたリナのセリフをぶった切ってエリスはこうまくしたてた。
「だからこそ許せないんです!!この馬の母親はダイアナ!!G1を5つも勝ったうちの自慢の名牝ですわ!!
おまけにこの馬の馬名にはエリスズナイトって馬名に私の名前まで入ってる!!
それがデビュー以来9着、10着、9着、11着っていい恥さらしですわ!!
だから今度結果が出なかったらさっさと見切りをつけてこの馬の弟を代わりに厩舎に入れることにしましたの!!」
「そんな・・」
「その時は厩務員は当然あなたじゃなくて他の人にお願いしますけどね!!
次はしっかり走りなさい!!この駄馬!!」
そういってエリスは俺の鼻面を平手でバシーンと叩いた。
正直痛い!こいつ金属の指輪をしたまま殴りやがった!
エリスは俺を睨みつけながら肩を怒らせて厩舎を出て行ってしまった。
「先生、やっぱり聞いていた通り・・・」
「ああ。そうなる。」
一定の期間内に未勝利戦を勝てなかった馬は大体廃用。
つまり競走馬としてお役御免となる。
行く末は乗馬であったり色々なのだがあまりいい噂を聞かない。
リナが泣いてた理由はこれだったのか。
「この子はどんな乗馬クラブに・・」
「乗馬クラブがそんなにあると思うのか?
名目は乗馬でも本当の行く先は・・」
「でも、この子の血統は・・」
「種牡馬にするにはライバルが多すぎるし、お嬢様があれだけ嫌ってたらまずプライベート種牡馬の道もないだろう。
普通だったら他のオーナーに売り渡すことも考えられるだろうが、こいつのオーナーは自家生産した馬を滅多な事で売らないし、成績不振の馬を売りに出すくらいなら処分してしまうだろうな。」
種牡馬というのは株券を発行して複数の人間で共同所有というのが一般的なのだが、なかには大した成績をあげられなくても思い入れが強い馬を種牡馬にしてオーナー一人で所有して自分が所有する牝馬と交配させる場合がある。
俺の場合は血統がいくら良くてもその道すらないと言う事だ。
ん?待てよ?処分ってまさか・・・
「それってまさか・・」
「ああ、肉屋行きだ。」
おいおい冗談じゃないぞ!!
夢なら早く覚めろ!!
さっき殴られた所だって痛い気がしただけだよな?
そう思ったが相変わらず指輪が当たった場所がジンジン痛む。
夢じゃないのか??
っておい!冗談じゃねえぞ!!何で俺がこんな目に!!
俺がこの異世界で生き残るためには次の未勝利戦で結果を出すしかない。
理不尽でとんでもない戦いが今始まろうとしていた。