エルフさんの名声
朝日が眩しいわ。
庭園のテーブルにぺたりと張り付きながら、私はフォークで朝食のカップケーキを突ついてます。昨日のお昼から始まった「エルフの英知を編纂する」というお題目を掲げたセクハラ尋問会は、ヒートアップした旦那様と画家のおじ様につき合わされ明け方を迎えてしまいました。泣いて許しを請いて逃げ出したかった私ですが、お二人のあまりの迫力と血走った目が怖くて言い出せませんでしたよ。こちらは仮にも少女です。見た目の通り体力なんて無いですし、メンタルの方も気遣って欲しかったです。ようやく解放されて、ふらふらと庭園に向かった私に、年配のメイドさんが朝食にとカップケーキを差し出してくれました。しかも私の大好物の蜂蜜をたっぷり載せて。これが人の世の情けかっ、と嬉しくなって思わずくんくん鼻を鳴らしながら抱きついてしまいましたよ。
疲れた体に、蜂蜜の甘さが染み渡るわぁ。
やさぐれた心まで癒されるようです。
徹夜明けにサラリーマンが仕事終わりの気だるい雰囲気の中で自販機のカフェオレを飲むような感じでしょうか。微妙な例えですが、うまく頭が働かない時は糖分補給ですねという事で。メイドさんが奥様には今日はずっとお昼寝中と伝えてくれるそうだし、寝ちゃいましょう。せめて夢の中では存分に惰眠をむさぼれることを祈って。
それからしばらくは、ゆったりとした平和な日々が続きました。
朝起きて庭園で二度寝して、お昼は奥様とご飯食べて、奥様と一緒にお昼寝をしてました。もちろん抱き枕となってです。夜はお風呂に入って早めに寝ます。合間に使用人の方々と交流して可愛がってもらったり。厨房のコックさんとも顔見知りになったので、こっそりおやつを作って貰ったりしてます。わふんわふん。多少睡眠に割く時間は多いですが、実に健康的です。隙がない、まったくトラブルの起きる隙がないわ。これからは約束されたお座敷ワンコエルフの生活が約束されているのですね!私、ここのうちの子になってよかったっ!
そんな私の平穏は、やたらテンションの上がった旦那様の襲来であえなく終焉を迎えました。
旦那様はここ数日、王都へ何やらお仕事に行っていたようですが、一介のペットである私は詳しいことは知りませんでした。ただ、その日に限っては奥様の隣で旦那様の馬車を出迎えながら、妙に嫌な予感がしたことだけは確かです。
「お帰りなさいませ、貴方」
「あぁ、ただいま戻ったよ!アエラ」
馬車から降りた旦那様は早速、奥様と抱き合っております。いつもながら、お熱いですね。
「お勤めの方は……上手くいっておられるようですね」
「あぁ、殿下より直々にお褒めの言葉を頂いたよ」
どうやら、旦那様はお仕事でご成功されたようです。殿下と呼ばれるほどの身分の方からお褒め頂いたとか、大きなお話ですね。そんなことを考えながらお二人の逢瀬の邪魔をしないように空気に徹しておりました。周りの護衛さんや御者さんも空気を読んでますね。奥様と体を離した旦那様は、隣にいた私を見つけると満面の笑みでのたまいました。
「ココ、今度の栄誉は、お前のお手柄だよ!」
困惑する私に、旦那様はそのお手柄の理由を教えてくれました。
またか、またなのですかっ!
現代日本のHENTAI知識が集約されたエルフの英知、名前を改められ「ロンド秘伝の書」と名付けられたあれですが、知らない間にこの国の王家に献上されてしまったそうです。しかも、共著の欄に「アノールの森の妖精ココ」と出身森と名前、画家さんが興が乗って描いた私の姿絵までつけて。
あらあら、
なんという事でしょう!
いえ、なんという事をしてくれたのでしょう!
私の名前は後世にエロの大家として残る事となりました。エルフの無駄に長い寿命の中でも致命的な黒歴史です。旦那様、「これは名誉なことだよ」と嬉しそうに私の頭をなでてくださる旦那様、そういうお話ではないのですよ。王族の方が血脈を残すことの重要性は承知しております。それに貢献できるというのはきっと光栄な事なのでしょう。しかし、挿絵と名前で特定され、後世にわたって「こんな小さいのに凄い耳年増だったのね」なんて言われては堪りません。そして、エルフの皆がありもしないエロの英知とやらを習熟していると世間で認識されたならば……もしそれが誇り高い同族の耳に入ったとすれば、彼らに誅されても文句なぞ言えません。
あまりの衝撃に私は言葉を失いました。
青い顔で両手を口に当てふるふると首を横に振る私の姿を「自分の手柄ではありません」とでも主張していると受け取られたのか、旦那様と奥様は微笑みかけます。
「この子ったら本当に謙虚ね」
「あぁ、慎み深く好感が持てるな」
そうじゃないのです、そうじゃないのですよ、旦那様、奥様。
私の幸せお座敷犬的スローライフの未来に、暗雲が立ち込めてきました。
同族からの誅殺フラグが立ちました。
森に入ったら背後に気をつけねばいけません。
エロの偉人フラグが立ちました。
もうずっとこのお城の引きこもりで良いかもしれません。
後世、一部地域で性愛の神として崇められるワンコ。
話的には次話が転機……になればいいなぁ