エルフさんの就職
お腹が減りました!ドッグフードを要求するっ!
いえいえ、ちゃんとしたご飯が頂ければ十分です。
そこまで犬になりきってはおりません。
街への入場手続きを済ませた後、馬車は町の中心部を通り過ぎて、街の北側の身分の高い人たちが住む地区を走っていました。と言っても、商人さんに起こされたら既に北区域に入っていたわけですが。街の中心部はそれは見事な市場があって盛況しているそうですが、大勢の人が居る中で私が顔を出すのは宜しくないと起こされなかったようです。異世界の市場なんて見てみたかったけど仕方ないやね。誘拐のリスクを増やす必要もないさ、安全第一。でも見たかったなー見たかったなー。お腹減ったなー屋台とか行きたかったなー。
「ほれ」
商人さんが短く切った枝を差し出しました。おぉ、これは噛むと甘い汁が出るアレじゃないですか。こんなもので私は誤魔化され……ます。皮をむいてガジガジと噛むとじわーっと甘味が舌に広がります。上機嫌になった私を目を細めて撫でる商人さん。飼いならされてるなぁわたし。あとこの枝はずっと可愛がってくれてた護衛さんたちが私にとくれたもので、彼らは街に入った後に別れてしまったそうです。なんだか少しあっけない別れでしたが、ちゃんと好物を言づけてくれたあたりに嬉しさと寂しさと心細さとーその他もろもろ以下略。
しばし、商人さんのふくよかなお腹に体を預けながら枝をガジガジするのでした。
「さっ、シャキッとなさい。これから会う人は身分の高いお方です。決して、失礼のないように。」
セレブっぽい石造りの豪邸が並ぶ中で、ひと際大きな門と壁をもつ家の前で言われたのですが、口調こそ穏やかなものの目が真剣です。本気です。例えるなら飛び込み営業で「さぁ、仕事取りに行くぞ!」と熱意を燃やす敏腕サラリーマンと言った感じでしょうか。私も背筋を伸ばし、開いていた膝もしっかり閉じます。これはある意味私の就職活動!だらしのない様子を見せて嫌われては私の未来が閉ざされるのです。気合を入れる私にひとつ頷きながら、商人さんは御者に合図をして馬車を門の奥へと進めました。
なんというシンデレラ城。
千葉にある東京夢の国のアミューズメントのような建物。もはや屋敷というより城ですね。こんな所に住む身分の高い人に会うなんて、礼儀作法も碌に身に着けていない私はすぐに追い出されてしまうんじゃないでしょうか。そんなことを考えながら商人さんに腕をとられ、馬車を下りて歩いて歩いて、気が付くともうお城の中の装飾の付いた上品な扉の前に居ました。道中の事なんてあまり覚えてません。雰囲気に圧倒されている私に商人さんは軽くお尻をはたいて正気に戻します。
「ロンド公、ミルドの商、ツァイクで御座います」
張りのある声で商人さんが名乗ると、扉の奥からダンディな声で「うむ、入れ」と返答がありました。
再び腕をとられ、部屋に入った私の目の前には声の通りダンディなおじ様と若々しい上品なお姉さまがいらっしゃいました。ま、まぶしい。お二人のシンプルかつ上品な服装も、ソファーにゆったりと身を預けて迎えるその余裕。部屋にはパランスよく配置された調度品と家具。こんなセレブ空間に一般庶民な(中身)私が居てごめんなさい。こんなに居た堪れない気分は初めてです。
「それが君の手紙に書かれていた子かね?」
お二人の対面のソファーに座り、商談という名の面接試験が始まったようです。
まずは商人さんがあらかじめ決めていた私の偽プロフィールを説明します。ますます就職面接っぽいです。箱入りだの外の世界を見たくて森を飛び出したなどいろいろ言われてます。えらく「従順」という辺りを商人さんが強調してますが、ダンディさんもといおじ様の方はあまり信じていないようですね。ひと通り商人さんが話し終わった後は、私のアピールタイムです。ここはひとつ、異世界の住人にヤマトナデシコという物を見せてあげましょう!いえ、前世でもそんな存在にゃとんとお目にかかったことはなかったんですが。
「旦那様、奥様。ふつつかものですが、宜しくお願いいたします」
座ったままなので目の前のテーブルに三つ指ついて頭を下げると、おじ様もお姉様も驚きの表情で固まってらっしゃる。あ、お二人はご夫婦だそうですが旦那様に対して奥様若すぎないですか?そして、奥様は驚きながらもしっかり手元の扇子で口元を隠している所に上流階級の壁を感じます。とはいえ、やはり「従順な森妖精族」なんてものは相当に珍品なのでしょうね。でも、元日本的サラリーな私は雇い主には従順です。あの、命の危険を感じた夜の心細さや空腹のひもじさを経験すれば、ご飯と安全を貰えるならばプライドなにそれガムより足しになる?てなものです。
固まったままの主人を察してか、メイドさんが紅茶と焼き菓子を運んできてくれました。
香ばしいバター系の香りに私の視線はお菓子に夢中です。隣の商人さんとおじ様の商談なんか耳に入りません。表面上は取り繕っているつもりでしたが、もうバレバレだったようで苦笑しながら「いいわよ」とお菓子の籠を目の前に押してくれました。お姉様……いえ、奥様!なんとお優しい。ぜひともお仕えさせてください、座敷犬的な意味で。この世界に来てから初めてのちゃんとしたお菓子に、蕩けた笑顔で舌鼓を打っていると何時の間にか隣の商談は終わっていました。契約書も交わし終わり、旦那様が私のご主人様となるようです。魔法の首輪も所持者を変更されました。
最後に、「しっかりお仕えするんだよ」と優しい目でひと撫でして去っていく商人さんの背中を見て、少しほろりと来てしまいました。この人に捕まえられて人身売買されたりしたけれど、一月ばかり一緒にご飯を食べて道中可愛がってもらっただけに寂しさがこみ上げます。
「おいでなさい。まだお菓子もありますよ」
はい!はい!今参ります。わふん。
このお城での最初の仕事は風呂に入ること、でした。
なるべく小奇麗にはしていたつもりでしたが、由緒あるお家には相応しくない装いだそうです。メイドさん3人がかりで隅々まで洗われました。お風呂で洗われるのを嫌がるワンコの気持ちがわかった気がいたします。それでも、一度丸洗いされただけで肌は真っ白、くすんだ髪が輝きを取り戻すのだからエルフという種族はほんと化粧品業界の敵ですやね。
あと、私のお仕事が決まりました。業務内容はお忙しい旦那様が不在の間、奥様のお心をお慰めすること。平たくいえば奥様付きのペットです。旦那様は40代ですが、奥様は成人したばかりの奥様を娶ったばかりの新婚さん。日本でもはやり?の年の差婚ですね。まだ子供のいない奥様が城で一人寂しい思いをしないようにという旦那様の配慮だそうです。愛されてますね奥様!でも犬でも飼おうかと出入りの商人に連絡したらお座敷エルフが来るとは思いもよらなかったそうです。それはそうですよねぇ。
そうそう、私の名前が決まりました!
「ココ、こちらへいらっしゃい」
奥様に呼ばれております。ちなみに、日本で言うポチ的な名前だそうです。こちらを見るメイドさんたちの目が何だか生暖かい、いえ、ほほ笑ましそうな感じです。
別にいいですけどね!
タイトル詐欺になってますが、語り部云々はまだまだ先です。