エルフさんは何も語らず
楽な方に、楽な方に流されて生きておりました。
夜叉のような形相で小さな私の首に手をかける女性、それが私の母の記憶でした。次に目覚めた時は、施設に保護されていました。それからの記憶は薄っすらとしか覚えてませんが子供時分というのはそういう物なのでしょうか。当時の私は愛想笑いだけは上手かったように思います。それが大人びて見えたのか、それとも我儘のない子供だったからか、施設の擁護員のおばさん達からは手の掛からない子と好評でした。
思春期を超えたあたりでしょうか。
おばさんの噂話を立ち聞きした内容から、私がこの施設に来た経緯を幾つか知る事が出来ました。まずは、おばさん達の会話から出てきた単語を施設の図書館で調べました。
行きずり、不貞、離婚、宗教
お昼のドラマやワイドショー見てるとよく聞く言葉でした。
色々と調べていく内に暴走して辞書とインターネットのエロ単語をくまなく調べちゃったのは苦い思い出ですけれど。ほんっと前世からシリアスが続かない困った私です。表面上は存外に冷静に受け止めておりましたが、とはいえまだまだ子供が抜けきらない私にはショッキングな内容でした。それからでしょうか、ふとした拍子に柄にもなく考え混んでたり思い悩んだりしだしたのは。
愛されたい。一番でなくともいい。一人は嫌だ。
私は、生きていていい理由が欲しい。
はっきりとは認識してませんでしたがそんな願望を抱えてた私は、しかし拒絶されるのも怖くて流されるままに生きてきました。人ひとりが生きていくのは大変で、バイト中心の生活でした。恋愛も行きずり以上の事はなく、不器用な生き方は母譲りだったのでしょう。違っていたのは、私は母のようにがっつりとした情念と言いましょうか、そういうものを人に向けられない所でしょうか。人の近くに居ながらも、距離はやんわり一定の距離から踏み込まないし踏み込まさない、という感じでのんべんだらりと生きていました。そんな折に、ふらっと郵便受けのチラシに興味を持ったのです。
『貴方の居場所を見つけましょう』
怪しげな白黒広告のサイトの内容なんて、普通なら一笑に付すところでしょう。居場所にロールとかルビ振ってあるのには無理したカッコつけに見えて苦笑いがでます。が、その時の私は年末年始のバイト代の良さにハードなスケジュールを組んでしまい、疲労から風邪をひいてしまったんですよね。「咳をしてもひとり」とは尾崎放哉の言葉ですが、ちょっと心身ともに弱ってましてうっかり書いてあるバーコードに携帯端末からアクセスしてしまいました。そこから記憶は途切れていますので、そういう事なんだと思います。
そして新たに始まったのは、エルフさんで異世界生活だったわけです。前世の記憶も薄っすらとしか覚えていなかったり、残っていても使いどころが限定されそうな偏った知識だったりしました。しかしつい先日、私を飼ってくれてる旦那様と奥様に坊ちゃまに続き第二子、お嬢様がお生まれになった時です。旦那様にも奥様にも可愛がってもらい、坊ちゃまにもたぶん愛情のようなものを注ぐ日々に幸せを感じていました。そして生まれたばかりのお嬢様の小さな手に坊ちゃまと一緒に触れた瞬間、胸の熱くなるようなこみ上げるもの、愛情やら母性やらを持つ自分をようやっと自覚しました。「満たされた」そんな気持ちになった日の夜に、どことなく空虚な日々を送る前世の私を夢見ました。
今の私は前世とは似ても似つかない、どころか種族まで違っちゃってますが暖かい皆様に囲まれて生きております。だから、ご主人様方にも私のこんな前世なんて語ろうとも思いません。必要ありませんからね。だけど、そういう幸せを前世で願って今の私がいるという事は覚えておこうと思うのです。
さてさて回想はその辺にしておきましょう。
それよりも首輪で坊ちゃまにお呼び出しされましたのでそちらの方が私には大事です。早速、御用をお伺いしましょうか。
坊ちゃまは短い反抗期を終えて、すっかり立派な貴族のご子息となられました。身内フィルターも多少あるかもしれませんが爽やか美少年です。多少ペットへのスキンシップが激しい事と、妹様への強い強い愛着を持っておられますが、それを含めてもかなりの優良物件です。反抗期が短かったのは可愛い可愛い妹様のおかげだと思ってますけど。公の場に顔を出せば女性陣が熱心な視線を投げているそうだ、とメイドさん情報で聞いております。さすが私の未来のご主人です。
そうそう、妹のお嬢様も奥様似の柔らかい目元の可愛い女の子になってます。城内外でも評判の美少女で御座いますが、甘い兄様によってとても甘え上手に育っておられます。もちろん私もお嬢様にお願いなんてされたら二つ返事で聞いてしまいそうな忠犬で御座います。わんわん。そこで我儘に育たないのが旦那様と奥様の教育のたまものなのでしょう。坊ちゃまとお嬢様は私の自慢ですと鼻息荒く語れます。主に飼い主的な意味で。
「坊ちゃま、ココで御座います」
「入って」
返事を聞いて扉を開けると、室内には坊ちゃまが少し緊張した面持ちでソファーに座っておりました。私は自然とお隣に座ろうとして、坊ちゃまに対面に座るように言い渡されました。なんでしょう、ペット離れでしょうか?ちょっと寂しいです。
「えーと、その、ココにね言いたいことがあるんだけどね」
少し言いよどんだ後に、しっかりと私の方を見て
「僕とね、ずっと一緒に居てほしいんだ」
と仰いました。
よくわかりませんが私は奥様と旦那様、坊ちゃまとお嬢様に、これからもお座敷エルフ兼メイドさんとして寄り添って生きていくつもりで御座います。捨てられない限りはですけれど。なので、お言葉が嬉しくって満面の笑みで「はい、末永く飼ってくださいませ」とお答えいたしました。すると、坊ちゃまは困ったような表情をされました。何か間違えてますでしょうか?
「いや、そういう事じゃなくてね。いやそういう事でもあるんだけれど」
しどろもどろでさらに言い募ろうとなさった所に、扉を開けてお嬢様が元気に飛び込んでこられました。
「ココ、やっぱりお兄様のところに居たのね!」
そして勢いよく私に抱きつかれます。もちろん私の方もウェルカムで御座います。ぎゅと抱きしめてから、お早う御座いますと声をおかけしますと私と坊ちゃまに輝くような笑顔を返してくださいました。
「あのね、この間のバーナというもの?あれをいっぱい作れないかしら」
「バナナでございますか?あれなら5房は取れると思いますよ」
お嬢様のお話を聞いてみますと、この間作ったバナナに厨房の方たちが刺激され新メニューの開発をしたいとの事です。私の作る甘ーい果物や野菜を使ったオヤツや食後のデザートに目がないお嬢様は、それを聞いて一も二もなく私に協力を要請しに来られたようです。ふふふ、これはお嬢様のため私もひと肌でもふた肌で脱ぎましょうぞ。お嬢様に手を取られて席を立った後に坊ちゃまにも
「坊ちゃまもご一緒にいかがですか?」
とお誘いします。私の緑魔法が唸って、とれたての熟したバナナがすぐ味わえますからね。今度は水魔法を使って凍らせてみようかな。異世界でアイスバナナが食べれるとか私ってば幸せだわ。そんなことを考えているうちに、坊ちゃまは苦笑を浮かべながらご一緒されました。食の探究心溢れた私の心を見抜かれたのでしょうか。でも坊ちゃまもお嬢様もあれを食べれば笑顔になっちゃいますよ、きっと。では、庭園で三人並んでアイスを食べましょうか。そして三人で奥様と旦那様にもこの幸せをおすそ分けいたしましょう。
怪しいチラシから始まって、
エルフの女の子というロールが与えられて、
ほんと、最初の森の中ではどうなる事かと思いましたが、
私の異世界ペットライフは、存外に平和で充実してます。
まずは謝罪から。
最終話でのタイトル変更、申し訳ございません。
あまりに内容が「語り部えるふ」の壮大なタイトル詐欺になっておりましたので、変更をさせて頂きました。これもプロット通りどころか、プロットと真逆の方向性にストーリーを書いてしまった私の不徳の致すところです。
プロットの時点では、二つのストーリーを考えていました。
ひとつ目は――
エルフさんになった主人公が買われた先でエロい事されながら、捨てられないために飼い主に一夜ずつ物語を話していく。異世界版の千夜一夜物語でした。
ふたつ目は――
エルフさんになった主人公は平和に飼われてましたが、その国で政変、飼い主が死亡。そのご子息たちを守るために魔法で耳を隠して娼婦兼酒場の歌い手に。
そんな感じでそこそこシリアスなお話を想定してました。
しかし、そこで私の最大の誤算。プロットの最後にぽつりと書かれた「主観」「お気楽ゴ○太君?」の二つがすべてを壊した気がします。ゆるーいエルフさんの主観で書いてたらシリアスどころかお馬鹿なお話ばかり書いてました。
自分でも
「どうしてこうなった」
と思いながら書いてました……結構楽しんで書いてましたけれど。
このままプロット二つ目の「政変」ルートに行こうとも思いましたが、このエルフさんの主観で進行してシリアスなんぞまったくもって出来る気がしないので、一旦ここで完結とさせていただきました。こんなお馬鹿な作品をお読みいただき有難うございました。では、失礼いたしました。