エルフさんの幸せ
「はぁ――っ」
息を吐くと白いもやが見えました。
私にとっては5度目の短い冬が到来しました。
たった1月半程の冬とはいえ、その寒さは本物です。小さい見た目の通り子供体温な私ですが、防寒着フル装備です。やや着ぶくれ状態で、私を見るメイドさん方の視線も「また夢を壊して」というような呆れが含まれておりましたが、これは譲れません。普通のドレスですら寒いのに、肩や背中の空いたドレスなんて着れません。あれって絶対肩や背中を冷やして体を壊すと思うんです。春秋でも風邪ひきかねないと思ってますよ。しかし、私にはそんなものより大きなウィークポイントを持っているのです。
それは、この長くて大きな耳です。
表面積が広いとその分体温が奪われやすいんです。おまけに私だけではないと思うのですが、エルフの耳ってすっごい敏感で刺激に弱いのです。寒暖的な意味でも感度的な意味でも。子供体系だからか耳の先まで産毛があるおかげで少しはましなのでしょうが、それでも風が吹くとうずくまって耳をおさえる位に寒いのです。
そこで開発しましたのがこの「モフ耳カバー」なのです。
モークルという外国産たれ耳ウサギを大きくしたような姿の獣、その毛皮の耳部分を使って作られた私専用の防寒具です。つぶらな瞳や可愛らしいもふもふの外見に反して、上下4本の牙が発達してて毎年噛まれてけが人が出るのだそうです。怖いですね。私の許へ来るときには、既に毛皮になっているので見た事はないのですけど。カバー内側の耳の裏側にあたる部分にもモフモフが入っている裏起毛、いえ裏毛皮設計で御座います。お蔭で耳がしもやけになる事もなく安心して過ごせております。初年度の冬は辛かったです。もう外に出るまいかと何度思ったことか。
しかし、このカバーの試行錯誤の間に分かった事なのですが、エルフの耳ってホントに大事な機能を持っているのだと気付きました。カバー試作品を作った時ですが、内側に万遍なく毛皮を使った所、歩くとやたら人や物に当たったり、まっすぐ歩けなくなったりしたのです。猫のヒゲじゃあるまいし、と思われるかもしれませんが、あの頼りない感覚と言ったらなかったです。気配は全然わかりませんし、距離感も分からなくなっておりました。エルフって耳をガムテープでぐるぐる巻きにしちゃったら、あっさり無力化されちゃいそうです。そんなこともあって、カバーの表側は布製毛皮なしにしてあるのです。これでも十分暖かいから大丈夫ですけれど。本家のエルフさんはどうやって耳の防寒しているんでしょうね。
「ココやー、出来たぞー」
火かき棒で焚き火をつついていた庭師のお爺ちゃんが呼んでいます。どうやら目的の物が出来上がったようですね。お爺さんは焚き火の中から出した大きな葉っぱの包みを開いてます。途端に周囲に広がるいい匂い。そうです、寒い時にはこれですよこれ、焼き芋ですよ!
どうしてもホクホクの焼き芋が食べたかった私は、頼み込んでお爺ちゃんの家庭菜園から間引きした芋系統の栽培物を葉や茎を付けたまま取ってきてもらいました。そして緑魔法でめざせ安納芋とばかりに芋の糖度を上げました。出来上がればいっぱい蜜が出てくれるでしょう。ちょっとばかり予想外だったのが、芋の中身が黄色ではなく……濃い緑色だったことでした。しかし、少しばかり食欲を減退させるようなカラーだったとして、私が5年余りも食べれなかった焼き芋を諦めるなぞありえません。早速、庭園中の落ち葉を集めて山を作り、蒸し料理に使われてる大きな葉っぱも貰ってきました。アルミホイルがないから如何しようかと思っていましたが、やっぱりどの世界でもお爺ちゃんは物知りですね。それからお爺ちゃんと地面で○×ゲームしたり頭撫でられてゴロゴロしたりとまったり過ごしてました。焼き芋はこういうのんびりした火の番も醍醐味です。なんてことをしているうちにいい具合に焼けていたようです。
お爺ちゃんが投げてよこしたお芋を力を込めて二つに割ると、中から食欲をそそる香りが強まります。うわぁ、蜜が、蜜が垂れてきてますよ。とても甘くておいしそうです。見た目がちょっと抹茶アイスっぽいですがこれだけいい香りがしてれば気になりません。私は、厨房からもらってきたバターの壺からひと匙取り出して、お芋に付けるとバターの壺をお爺ちゃんに渡しました。お爺ちゃんは不思議そうにこの二つの食材のコラボを見ていますが、これは食べたことがないと味が想像できないかもしれませんね。前世の世界でも「じゃがバター」の組み合わせは知ってても「サツマイモにバター」は知らない人多かったですしね。ふふふ、この世界では私だけですかね。
「ん―――っ!んっ――っ!」
バターの付いた部分を、ひとくち齧ったところで私は目をつぶって足をばたばたさせて悶えました。美味しい、懐かしい、美味しい。ずっと食べたかった味でした。齧ったはしから口の中で蕩ける実とバターが混ざり合ってお芋の甘さとバターの美味しさが私を翻弄します。言葉をなくして悶える私を呆気にとられた様子で見ていたお爺ちゃんですが、おもむろに手の中の芋にバターを付けて齧ると今度は驚きの様子を見せました。普段は細められていたお爺ちゃんの目が見開かれてました。そうでしょうそうでしょう、この美味しさは思わず言葉が出ませんよね。今、私はとても幸せです。わふぅ。
暫く幸せに浸りながらお爺ちゃんと焼き芋をかじっていると、メイドさんが急いでこっちに走ってきました。どうやら私を呼んでいるようですが、どうしたんでしょうか?はっ、まさかこの美味しいお芋の匂いを嗅ぎつけてこらてたのでしょうか?旦那様や奥様、坊ちゃまの分はありますが、メイドさんたちの分は行きわたるほどは無いのですよね。なんて思っている間に、息を切らせたメイドさんが目の前まで来てました。
「ココちゃん!?あのね、奥様の!お子様が産まれそうなの!」
ななな、なんですって!
予定日はもう少し先と主治医の先生が、いえ、それは一大事、直ぐ向かわなければ。
食べかけのお芋を一気に口の中に放り込むと、お爺ちゃんに目で後をお願いして奥様の部屋へと向かいました。
奥様の部屋の外には坊ちゃまが不安そうに立っておりました。部屋の中からは切羽詰った奥様とそれを励ます旦那様の声、そして忙しなく指示を飛ばす先生の声が聞こえます。奥様の苦しそうな声が響くたびに、坊ちゃまの肩がびくっと跳ねます。この年のお子様にはショックでしょうね。坊ちゃまの生まれた時でも私はおろおろするばっかりで、それを察した年配のメイドさんにずっと抱きしめてもらっておりました。うん、今度は私の番なのでしょうかね。私はドアの前でたたずむ坊ちゃまに小走りで駆け寄ると、その小さな頭を抱え込んでぎゅうっと抱きしめました。驚いた坊ちゃまはしばらくじたばたと動いていましたが、不意に動きを止めて私に体を預けてくれました。ためらいがちに回された手が嬉しくて、大丈夫ですよ、と呟きながら坊ちゃまを抱きしめ続けました。
何分、いえ何十分が経過したのでしょうか、ドアの向こうから大きな泣き声と歓声が上がりました。坊ちゃまと私は顔を見合わせて頷くと、暫くしてノブに手を開けてゆっくりと扉を押し開きました。
「元気なお嬢様で御座いますよ」
元気になく小さな赤ん坊を抱えて、産婆さんがほっとしたように言いました。奥様の手を取った旦那様も安堵の表情を浮かべておられます。奥様は額に汗を乗せ青白い顔色をされていましたが、その表情には笑みが見えました。私は満面の笑みを浮かべて「おめでとう御座います!」とお祝いを述べた後、坊ちゃまに後ろから抱きつきました。
「坊ちゃま、おめでとうございます。貴方の妹様ですよ」
坊ちゃまは心ここに非ずといった調子で赤ちゃんを見つめながら頷きました。
そして赤ちゃんの手に触れようとして、その小ささに触っていいものか戸惑い旦那様や奥様の顔を交互に伺っていました。そしてお二人から頷かれると恐る恐る小さな手に指先を添えて、強張りながらも笑顔を零しておられました。私ですか?もうその場に居られることが幸せで、だらしのない笑顔で坊ちゃまに抱きついておりました。胸がいっぱいで、私がずっとずっといたかった居場所にいる、そんな不思議な感慨に浸っておりました。
だからかも知れません。ペットの分際で、坊ちゃまとお嬢様をずっとお守りしたい、なんて分不相応な決意を固めてしまったのも。
そんな幸せな時間がしばし続いたのですが、
その空気を打ち破ったのはお馬鹿な私でした。
ぐぅぅぐるぅぅぅ
正確にはお馬鹿な私のお腹でした。
何とも間抜けな音が響き、室内が急に静かになります。元気に泣きわめいていた赤ん坊のお嬢様でさえ、きょとんとした表情で泣き止んでしまってます。
「ご、ごめんな……さい」
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら謝りましたが自然と語尾が小さくなってしまいました。申し訳ございません皆様、この大事なタイミングでお腹を鳴らすなんて卒業式で大鼾を掻くがごとき所業、まこと駄犬で申し訳ございません。旦那様や奥様をはじめ、坊ちゃまや先生、産婆さんまで大笑いです。穴があったらここ掘れわんわんいや寧ろ掘って自分が埋まりたい心地で御座います。その場は奥様の体力を慮って、私と坊ちゃまは部屋から出ました。坊ちゃまがさりげなく「おやつが欲しいな、ココ、行こ」と気を使って頂きましたが、余計に辛いものがありました。小学生くらいの男の子に気を使われる私って……。
その後は庭師のお爺ちゃんに預けていたお芋を、坊ちゃまと二人で並んで食べました。甘い焼き芋を食べたとたんに笑顔が零れる私、安いなぁ。とりあえず、これは後で調理場に持って行きましょう。今日は無理でも、旦那様やお疲れな奥様にぜひとも食べていただきたいのです。坊ちゃまも大変気に入っていただいてますしね。いつか坊ちゃまとお嬢様と私と三人で並んで食べたいな、なんてのは気が早すぎますね。
次回でひと区切りとなる予定です。
シリアスが出来ない体質のワンコ。