エルフさんの遭難
気づけば異世界でエルフで美少女。
何時までも若くて知性を感じさせる整った面、はかなげな容姿。
なにこれ勝ち組!そう思った時期もありました……。
気づけばサバイバル経験もない現代っ子が、森の中で一人。食料と言えばポケットに入っていたキシリトール入りガム。ブカブカのTシャツとジーンズを引きずって歩き回ってようやく、ようやく水場に着いたときはヘトヘトで、でも水面に映った顔の造形にテンションが上がって。でもまだ森の中から出ていない現実に項垂れながら小川に沿って歩いて。夜になって獣が怖いから木の上に登って体をズボンのベルトで幹に括り付けながら過ごし、闇の中で下から聞こえる荒い獣の唸り声に恐怖で泣きだしました。お腹が空いてガムをかんだけど全然足しにもならなくて、服の裾をかんで空腹を堪えながらまた泣きました。
朝になって歩いて歩いて、視界が開けて平野に出るとほっと息をつき、露出した土と車輪の轍を見つけては今度は嬉しさでぼろぼろ泣きました。一転、上機嫌になって前方から来た馬車と護衛らしき騎影が見えると「ようやく人に会える!」と思いっきり笑顔で手を振って呼びかけました。
そして、あっという間に捕まりました。
そりゃそうです。道端で警戒心無く寄ってきた(後で聞きましたが)とっても希少な森妖精の少女。まさにカモがネギを背負って飛んできたようなもの。現代の様な倫理観が望めない中世ファンタジーな世界では人道的な扱いなぞ望むべくもなく、私はその商人のキャラバンの目玉商品となりました。
不幸中の幸いは、私が『高級商品』であった事です。
でっぷり太った商人や護衛の男たちにテントに連れ込まれることはありましたが、性的な奉仕は手や口でするだけでしたので処女のままですし、従順に振る舞っていれば乱暴な扱いはされませんでした。
風呂に入る習慣がないのか、きつい体臭のする男たちに奉仕するのは苦痛でしたが、身の安全には代えられません。腕の太さが私の腰ほどもあるような護衛たちに逆らおうものなら、華奢な体格の私は10数える間に縊り殺されるのは確実です。ですが、ちゃんと食べ物は用意されて、移動中は馬車に乗せてもらい、何より獣に怯えなくていいと言うのは大きいのです。
夜の闇で聞いたあの、獣の唸り声は私のトラウマです。
そんな訳で、多少辛いけど死ぬ様なことがないと分かった私は、あっけらかんとその囚われの立場を受け入れました。「命があればめっけもの」「生きてるだけで丸儲け」そんな開き直りです。もう色々と吹っ切れました。
魔法の逃走防止用?の首輪をしているので逃げれない私は、その従順な態度もあってか自由に歩き回らせて貰ってます。とはいえ、首輪の効力で主人の商人さんから100メートル位はなれると首が締まっちゃう仕様なのでそう遠くには行けませんが。そういえば、ほぼ毎夜獣の襲撃がある中、護衛してもらってる方たちに夜食を貰って差し入れしたり、ちょっとした感謝を伝えると皆、変なものを見たような顔をされましたっけ。森妖精族というのは大層気位が高く、礼を言ったり気づかいをすることなぞ無いそうです。基本的に多種族を見下しているため、人間に捕えられたとすれば隙を見て自害してしまう者も多いそうで……。自殺何てしませんけど、と言ったら護衛さんに耳を引っ張られました。これはツケ耳じゃないですって!自前ですから!
そんなこんなでキャラバンの中で愛玩動物的な位置を手に入れた私の生活はさらに安定しました。
馬車の中で商人さんから自慢話を聞いたり、護衛の方たちの武勇伝を聞かせて貰ったり。商人さんは商売柄、話上手なんですよね。すごく物知りだし聞いてて飽きが来ません。護衛さんたちの武勇伝はたまにグロかったりエロかったりですがリアルな冒険譚はドキワクです。「すごいですね!」ってひたすら聞き役になってましたが、少し誇らしげな表情で頭をガシガシ撫でられるのです。お家犬のような扱いと言いましょうか。もちろん夜の奉仕はまだまだ続いてますけどね、手と口で。でも、体が拭きたいときは魔法使いの護衛さんが水出してくれたり、狩人の護衛さんが道中で見つけた噛むと甘い汁が出る蔦をくれたりと世話を焼いてくれるのです。可愛がられてますね、いじめ的な意味でなく。
で、今に至ります。
気楽な馬車の旅が一月は続いた頃でしょうか?
道の先に大きな石造りの門が見えました。商人さんのキャラバンはここが目的地だったようです。周りの護衛さんも気が抜けた感じで背伸びなんてしてます。ですが、私の方は問題です。これまでは喰う寝る遊ぶという、気軽な愛犬的ペット生活をさせてもらってましたが、私は今や商人さんの「商品」です。お金で売られる先が酷い扱いであれば、肉体的にもひ弱で生活力もない元現代っ子だった私は生きていけるか不安です。商人さんの隣で浮かない顔をしていると、それを察してくれたのか私をゴロンと倒して頭をなでながら言いました。
「心配するな。ちゃんといい人に飼ってもらえるよう探してやるからな」
分かっていましたが、犬の里子を探すような語り口ですね。ですが、この穏やか系やり手商人さんが言うなら本当にいい人を探してくれるんでしょう。「いい人」とは「飼い主として」という枕詞が付くのですが、その辺はもう気にしません。少し安心した私は、商人さんのひざに頭を乗せて甘えます。こうやって甘えると商人さんは喜んでくれるんですよね。なんか単身赴任のお父さんが飼い犬に癒される感じでしょうか?あと商人さん撫でテクニックが上手いよ。心地よくって眠ってしまいそうですよご主人。
「街に入る手続きは長い、このまま寝てなさい」
お言葉に甘えます。わんわん。
書いてから思いました。これエルフである必要なくね?と。




