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魔王と輪舞曲を  作者: ひらみ
魔王たちと輪舞曲を
10/39

聖徒会の一存




 色々あってわたしの足下も覚束おぼつかない。肉体的疲労と心的疲労が一気に襲いかかってきて、朦朧とした意識の中、なんとかつきみ荘まで帰寮したのだった。

 しかし待っていたのは、暖かいベッドでも、香ばしい食事でも無く、シスターアナスタシアの怒雷であった。

 真夜中に響き渡る怒髪天。その声はつきみ荘を揺らしたとかなんとか。

 どうやらわたしの風紀態度に申すことがあるとのことで3時間コースの説教。

 聖書の読み上げをさせられて、やっと解放されたのは午前4時。フラフラと朦朧とする意識の中、鋭く貫くようなシスターの説教に頷き続けて完全に睡眠時間を削られた計算である。

 流石はつきみ荘のSTKスーパータイムキーパーと異名を持つシスターアナスタシア。説教も予定通りの時間に仕上げ、聖書の音読も予定時刻きっかりに終わらせたのだった。

 でもまあ、それで4時ですけどね……。

 とは言うが、そのお陰で杏里くんと部屋で顔を合わせなくて済んだというのもあって、入学初めの洗礼もわたしにはありがたかった。

 わたしが帰ったころには杏里くんは既に眠っていて、わたしが目覚めた時にはもうに登校していた。

 だから昨日のあの時以外は口を聞いていなかったのだ。

 なにを話せばいいのか、どう口をきいていいのかわからなくてなんだか、もやもやする。

 わたしにしてみれば、とても赦せそうもない。

 とっても悪辣あくらつだし、反道徳的で酷い人間性。

 とても付き合いきれるとは思えないし、出来ればお近づきになりたくない人種。

 けどこのもやもや……胸の内側が霧掛かってその心意をすくい上げることが出来ない。

 自分のコトだっていうのに、自分の心中を理解出来ないなんて情けない。

 わたしは大きなため息をついて高等部に向かう参道を歩く。

 歩きながら先日、珠紀先輩と此道を歩いて帰っていたことを思い出したりした。

 全校生徒の憧れの君。羨望の的。

 わたしに優しくしてくれる先輩、勿論だけどそれはわたしだからじゃない。あの先輩はきっと誰であろうと分け隔て無く慈愛を与えられる人間だ。

 ヒラヒラと桜が舞い散り、わたしの髪にまとわりつく。

 春先の風は優しいのに、どことなく冷たくて胸の疑惑をより増大させて、言いようもない感情に顔をしかめてしまう。

 だがすぐに首を振って気持ちを持ち直した。


「――よしっ元気っ……!」


 そういってガッツポーズをし心機一転の構えで力を込める。それをみた他の生徒が奇異の目を向けてきて思わず赤面して小さくなったり。

 そうしているとわたしの前に立ち止まる人が。


「ごきげんよう。鹿島……恵さん?」


 柔和なほほえみを頌えた女性、流れるような栗色の髪、細められた瞳は常に潤んでいるように綺麗な流し目。

 目の下に泣き黒子があって、余計にこの人の美しさを際だたせている。長く細い柳眉。今まで西洋の人形をイメージさせていたけどこの人は大和撫子を具現させたようなタイプ。

 いままでの人とは違うタイプの美人だ。いろんな美人に出会っているような気がするけどまたわたしの知る女性とは違う印象の少女。

 背丈はわたしより少しだけ高い。だというのにスラリとした印象を受けるのはその立ち振る舞いがキリッとしているせいだろうか。

 女性はわたしの前で立ち止まって、頬に手を当てると訪ねるようにそう言った。


「ごきげんよう。え? あ、はい。鹿島です」


 淀みなく答える。流石のわたしもだいぶ適応してきたらしい、我ながら頑張ってる。

 そういうと表情を崩さず、ぽんっと手を打ち合わせる。


「ああ、よかった。恵ちゃんを捜していたの。いつもタマがお世話になっています」


 タマ??


 わたしの頭の上では某国民的アニメのどうぶつが浮かんできた。


茉莉まつり。私の愛称を公然の場で使わないようにって言って無かったかしら?」


「あら? ごめんなさい、聖徒会長。つい、いつものクセね」


「まったく……ごきげんよう、恵」


 茉莉と言われた女性の背後から颯爽とした振る舞いで現れるとやれやれと言うようにため息を吐いた。


「恵、分かってるでしょ」


 珠希先輩はわたしのほうを見つめるといつもよりも険しい表情でわたしを注視した。


「分かっているって……なんのことですか?」


「……昨日の事件。そのことで話があるの。今から聖徒会室まで来てもらえる?」


 昨日のこと、と言われた瞬間、胸がドキッと跳ねて顔が見る間に赤く染まる。


「あ、あのっあの……えっと……」


 言葉がもつれる、舌が絡まる。思考が寸断して真っ白にそまる。

 すこし考えたら当たり前のことだ。あれだけ派手なことになっていたのにバレていないと思うほうが異常だろう。

 礼拝堂だってあんな風に壊れてしまってるんだから。

 相変わらずわたしの驚異に対する意識の低さは難ありだ。

 それを見て、少しだけ表情を崩すと先輩はわたしの頬に触れて頬にかかる髪を払うように撫でる。


「大丈夫よ。貴女の悪いようにはしないわ、恵。少しだけ私を信じてくれない?」


 先輩の繊細な指先が頬を撫でて、甘い芳香の香りに包まれる。その芳醇なバラの香りはわたしを穏やかにさせていく。

 徐々に、思考が纏まって――やがて息も整うと、

「じゃ、じゃあ行きますっ」と、それだけ告げた。


「うんうん、タマはそっちのケがあっても取って食べたりしないから♪」


「――茉莉」


 珠希先輩が語尾をあらげるように注意をすると、口を押さえておどける茉莉先輩。

 すごくおっとりとしてておとなしそうな少女だけれど、愉快な人なのかもしれないなんて思いながらわたしは先輩たちと一緒に聖徒会室へと向かった。





      /





 高等部校舎。一階に一年、二階に二年、三階に三年という基本に忠実な設計。そして一階の左側に職員室、保健室とその先に体育館と聖堂に続く渡り廊下がある。

 なにからなにまで基本に忠実、ミッションスクールということもあってか、もっと特殊な構造になっていると思っていたけれどそういうわけでもないらしい。

 最近流行っているようなデザイナー系なんてもので設計してしまうと耐久性や構造的欠陥が起こりやすくなってしまうという話だ。

 結局は基本、シンプルイズベストこそが堅牢という話になって奇抜なデザインをすべて却下したらしい。

 だとしてもこの円周上に広がる、あの壁は他の人から見れば牢獄と見紛うのではないかと思うけれど。

 それも元々の名残だというのなら仕方がないのかもしれない。

 そんなこと考えているとわたしがまだ未知の空間である二階への階段をあがっていく。初めてあがった二年の領域はなんだか重苦しい空気に包まれていた。


「亡くなった生徒。二年に多いの」


 顔を近づけて、わたしの耳元でそっと囁く茉莉先輩。

 わたしが振り返り、茉莉先輩を見上げると変わらない柔和な笑顔のまま頷いた。

 そうか、昨日見上げたあの光景。

糸に巻き付けられた人形のような――。

 自分がなにか出来たわけでも無いし、なにかしてもあの時点では救えなかった。

 それでも、そうであったとしてもわたしは後悔の念に沈む。

 珠希先輩は正面を向いたまま歩いている。茉莉先輩はわたしの肩にそっと触れてくれた。

 すこしだけ救われた気持ちになりながら、そのまま三階の左側廊下をあがると空室がふたつ、その突き当たりに聖徒会室があった。

 開き戸をゆっくりと珠希先輩が開くとわたしを迎え入れるように言った。


「ようこそ、聖徒会ローゼスへ」


 自然に声が重なる。

 珠希先輩がわたしのほうに近づいて、そっと手を差し出す。


「さ、恵。怖くないから」


 いつも険しい表情をしている目つきを少しだけ緩め、わたしを安心させようとすると首を傾ける。


「――――。」


 そこまでエスコートしてくれているというの肝心のわたしがいつまでも腰が引けているというのもおかしな話だ。

 わたしは意を決したように先輩の掌の上の掌を重ねて部屋の中へと入っていく。

 部屋の中はそれなりに広く作られているようで。机が二つ、テーブルとソファがふたつ、本棚には見たこともないような本が並んでいた。

 窓からは柔らかな光が射し込んで、室内を暖かく包み込んでいる。

 わたしは珠希先輩に連れられて入室すると、そこに見覚えのある顔がふたりいた。


  「ごきげんよ」


「ごきげんよう、恵さん」


 銀のシルエット、藍色の修道服に身を包んだ少女と高校生にしてはすこし――いや、結構小柄の少女。


「ごきげんよう、カナちゃんと灯子さん」


 一方はフンっと言いながらかわいらしく顔を背け、一方は両手を重ねて祈るようにする。実に対照的。

 そっか、カナちゃんは聖徒会の一員だった。

 そういう話だったことを思い出す、勧誘に来たこともあったの忘れてた。


「灯子さんは手伝いなの。本来は生徒会メンバーではないのだけれど手伝ってもらっているのよ」


「聖徒会は万年人手不足だから。どうしても人手が足りない時、灯子が応援に来てくれてるのよ」


 わたしが灯子さんを見つめて、考えているうちに横から茉莉先輩が耳に囁いてくれる。ものすごい気配り、さっき行きがけに副聖徒会長って聞いたけどこれがその実力なのか。

 などと思っているとそれに補足するように珠紀先輩も付け加えた。

 そっと手が離れるのを感じると、場所はソファの前。どうやらここに座れということらしい。

 わたしがお怖ず怖ずとソファに座るとちょうど紅茶の準備を終えた灯子さんが一緒に屈んで高級そうな盆を置く。


「――紅茶でいいでしょう? 恵さん」


「えっ? あ、うん」


 バカっぽい生返事を返してしまう。流石に珈琲がいいから珈琲に変えろとはいえないので間抜けな回答になってしまった。

 用意された紅茶とお菓子は見たこともない。たぶん高い、家ではお目にかかることのないものだったりする。


「さて、私と茉莉、奏はもちろんだけれど……灯子と恵も。――この件は他言無用、完全にオフレコだということを留意してもらえるかしら」

 場の和み始めた空気を引き締めるようにしっかりとした声で珠希先輩はみんなに告げた。

 みんなもひとつ頷く。


「さて昨夜未明、旧礼拝堂で事件が起こりました。いえ、正確には起こり続けていた、という方が正しいかもしれないわね」


  「その件についてはあたしの注意力が足りませんでした、聖徒会長。この場で謝罪します」


 チラッとわたしをみて小さな少女が頭を下げる。

 う……気まずい。


「あのー……注意力って……?」


「実はね、私たち聖徒会もある程度の目星はついていたの」


 わたしの質問にしっかり答えてくれる茉莉先輩。


「そう。目星はついていたけれど私たちは強引な解決はできなかった」


「どうしてですか?」


「まず証拠がなかったのね。そして生徒を人質にされているのは分かっているんだから下手に追跡することもできないし――ようするに現場を押さえる必要があったわけなの」


 柔和な笑みはそのままにスラスラとわたしの質問を解体していく茉莉先輩。


  「相手が怪異だって証拠もなかったしね。そういうわけで歯がゆいけどここは相手がしっぽを出すまで待つ作戦になったのよ」


 そんな裏事情があったなんて初めて知った。

同じ部外者である灯子さんは知っていたんだろうか?

 振り返って灯子さんの顔をじぃ、と見つめてみる。すると視線に気がついたのかキョトンとした顔をしたあと、首を振った。


「私も今初めて聞きました。知っていたのは失踪事件がなにか裏があるのではないか、ということだけです」


「あら、タマ。灯子ちゃんには伝えていなかったのね」


「当然よ。識るということは意識してしまうということでしょう。意識を残せば魔を呼び込む可能性があるということだもの」


「だから―――恵さんを餌にしようとしたわけですか? それが聖徒会の考えであったと」


 背後から、響く鈴のような声音。

 気がつけばわたしが知覚するよりも早く杏里くんがドアを開いて立っていた。


「杏里……さん」


「あんたぁ……」


 わたしの声に重なるようにキッと今にも噛みつきそうな表情で杏里くんを睨みつけるカナちゃん。

 このふたりの対峙は初めてみたけど……。


 気にした様子もなく、優雅な足取りで杏里くんは部屋の中へと入ってく。


「元々、彼女には素養があった。なぜなら一度はあちら側に引きずり込まれていたんですから――魔女の家系で“魔に引かれている”という恰好の撒き餌ですもの。アレの尻尾を是非とも掴みたい聖徒会には必要な人材ですよね」


 ――引かれてる? 闇? 撒き餌?


「だからこそ聖徒会に欲しがった。そのために聖徒会に勧誘したわけですよね?」


 聖徒会の空気が重くなる。明らかに異者いぶつに対する拒否反応が見て取れる。

 ここまで拒絶されてしまうということは――。


「茶番なら結構。悠生杏里、昨日の一部始終は確認しているわ――倣なくていい」



 険しい表情を隠そうとせず、杏里くんに女性を真似るなろ告げる珠希先輩。


「――あっそ。ならよかった、そろそろこのキャラにも飽きがきてたとこなんだよ」


 そこまでいうと先ほどまでの上品な仕草を捨てて、不遜な態度へと変貌する。

 腕組みをして野味溢れる笑みを浮かべた。


  「――サイッテ……」


「…………。」


  「あによ、モンクあるわけ?」


「見えねー」


  「ムカーーーーッッ!!」


 スルーをしながカナちゃんに背中を向け、そのままわたしとは対称に設置されたソファに腰掛ける。

 ぼふっと勢いよく座って、ふてぶてしく足を組んだりして……やっぱりこの人はわたしと合わない。


「さて、話を戻そうか。んで欲しがったのはこのバカ本体じゃない。その因子だって話だ。」


「ねぇ、杏里さ……くん。因子ってなんなのよ」


「あー? オマエは黙ってろ」


 ひどい、やっぱりひどい人間。


「ま、そんな感じでアンタらはこいつに接触を図ったと。だがコイツに拒絶された――そこは誤算だったが、恵はどうやら自分から暗部に飛び込む阿呆だったと。それはそうだ、コイツの属性がそうさせる。あっちのベクトルを持ってる人間にはあの濃密な暗黒は大層魅力的に映るだろうからな」


 目の前に紅茶を差し出す、灯子さん。もったいないっ、必要ないよっ


「毒は入ってません、残念ながら」


「アンタたちの得意技だもんなァ、それ。でもこのタイミングは無ェわな。ついでで悪いけどオレ紅茶嫌いなんだ、珈琲に変えてくれ」


 わたしが躊躇したことをアッサリとやってのける不貞不貞しい人。

 腕組みしたまま足を組んでニヤニヤと狡猾な笑みを浮かべている。


「んで予定通り。コイツはあの蜘蛛ヤロウにとっつかまったと」


「…………。」


 全部が全部じゃないと思うけれど、そこまで計算ずくで事が運んでいたなんて信じられない。

 ましてやわたしがその通りに動き回っていたと思うと沈んでしまいそうだ。


「ではでは」


 沈黙を守っていた副聖徒会長の茉莉さんが穏やかな口調言う。


「あ、ごめんなさい。折角の演説タイムを邪魔しちゃって。じゃあ、これは仮定なのだけれど……」


 笑顔を湛えたまま、わたしが出会った時と変わらない表情。


「もし、貴方が言ったとおり私達が仕掛けたことだったらどうなのかしら」


 杏里くんの言葉は刃のように振りかざされていたが、このタイミングで茉莉先輩は剣の刃を裏返した。

 先ほどの余裕を含んだ杏里くんの笑みが消失する。

 刃を裏返した対象、それを鋭い双眸でにらみつける。


「だったとしたらなんなのかしら、悠生杏里さん。その事で貴方にはなんら不利益は生んでいないと思うのだけれど」


「まあ――そうだな。アレを燻り出せたし、鬱陶しい結界も破壊できた。成果としては上々だ」


「でもこちらはそうじゃないのよね、困ったことに」


「なに?」


「礼拝堂は半壊。ホシには逃げられてしまう。その協力者の所在も見つけられない。そして――女学院に潜り込んでいる“貴方ゆうきあんり”」


 頬にすぅ、と手を当ててまるで一人ごちに呟くように「困ったわ」と言った。


  「そうよっ、あたし達は既に奴の背後関係にまで迫っていたのよ。あと少しだったのにアンタが無茶苦茶にしてくれたっ――どう責任取るつもりよ」


 チッ、と舌打ちをするとソファに背中を預けて、小指で耳をかっぽじる。聞いてないとでも言うように。


「あのタイミングがギリギリだったんだよ。あれ以上はコイツが持たねェ。オレの飛び込むのが遅かったら、もう一人悪魔憑きが完成してたぜ」


 ――え?


 あと少し遅かったらわたしもあのおぞましい姿に変貌していたのかと思うと肌が総毛立つ。

 蘇る恐怖感、囁く甘い声の感触が耳に残っていて戦慄してしまう。


「なんにしても」


 難しい顔をしたまま、このやりとりを聞いていた珠希先輩がようやく重い口を開く。


「男だとわかった上で、貴方をこの学院に在籍させ続けるわけにはいかないわ。女学院は閉じた花園なの、貴方の居場所はない」


「まっ、そう来るわな」


 両手を左右にひらっとあげて肩をくすめる杏里くん。その事を言われると観念したように息をつく。


「いいぜ、それは覚悟の上だったしな」


「では、理事長に進言しこの件は――」


「タマ。ここは私に任せてもらえない?」


 割ってはいるように茉莉先輩が珠紀先輩の肩にふれる。

「茉莉……今件はそういうことじゃ……」


「いいの、一方的に突きつけるだけでは杏里さんも納得いかないでしょう。ここは一番いいところに着地させるのが一番よ」


「本義じゃない」


「正しいことだけで世界を回そうと考えてはダメ。圧制を敷けば人は窒息してしまうものよ」


「だけど」


「理想は理想。飾り物としては綺麗だよなァ。だが所詮はお飾りだってことだろ」


 キッ、と今にもつかみかかりそうな形相で杏里くんをにらみつける珠希先輩。


「あんたらの語る理想ってヤツは胡散臭いんだよ。雲を掴むような話で実体が無ェ」


 獲物を見つけたハイエナのような生臭い笑み。心底に性格破綻者の典型だ。

 肩を掴んで止めようとする茉莉先輩。それをそっと払うと珠希先輩はひとつ息を整えた。


「たしかに理想はあなたがいうよう所詮は絵に描いた餅ね。けれど描こうしなければ餅すら描けない」


「なにより」と付け加えて珠希先輩は自分の胸に手袋をした手を当てる。


「完成させようとする意識は必要よ。そして完成を想像させる絵はそれはそれで美しいと思うの」


 たとえば、

 だれの為でもない、

 だれの目にも触れない絵だったとしても、

 わたしはその絵のうつくしさを知っている。


 ――そんなことを言った人がいた。


「――たとえ力つきて潰えたとしても……私はその想いに殉じたことを誇りにできる」


 先輩の言葉が深く胸に食い込んでくる。忘れ得ぬ記憶のカケラがざわめいた。


「ケッ……流石は現聖人。家系から血から吐き出すものまで御高潔なこった」


 吐き気を催したような口調で言い捨てると苦虫を咬み殺したような顔になって、


「ま、いいさ。どう転ぼうがオレの生殺予奪の権限はアンタたちのものだしな。好きにすりゃいい」


 そういう割りには不貞不貞しい、つくづく態度の悪い人だ。


「そう、じゃ私の権限で言わせてもらおうかしら――言質は取れたんだし」


 一度周りを順繰りすると今までの笑みよりもより深い満面の笑み。最後に珠希先輩を見て「イイでしょう?」と言うような視線で訴える。

 珠希先輩もはぁ、とひとつため息を吐くと不承不承頷き許可を出した。


「うん、よかったわ~♪ ちょうど人手不足だったから助かっちゃった」


 ポン、と両手を打ち合わせる笑顔の茉莉先輩。皆は苦笑――ようするに、こういう場合はマズイということだけわかっていた。




「ふたりに犯人と協力者を探してもらいましょう♪」






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