ヒモの意味はおわかりですか?
「先生!何なんですか、この部屋は?!」
女の怒鳴り声で目が覚めた朝はいつもよりスッキリした気分だった。
仕事、いかなきゃ…と思ってゆっくり起き上がったが、昨日辞表を出したことを思い出す。
そうか、俺昨日は死のうとして…知らない男に止められて…と昨日の出来事を整理する。
昨日少し片付けたはずの部屋は何故かすでに散らかっていた。
「ちょ…本とか床におかないでくださいよ!」
床にちらばっている本やら服やらを拾い上げている女の人と一瞬目があったが、すぐそらされる。
「…この前雇った家政婦はどうしたんですか?」
「辞めてもらった。あんまりにも邪魔で。俺に色目使ってきたからウザくて。モテる男はツライね。」
「はぁ?!勝手に解雇したんですか?!…たしかに頭の悪そうな女だとは思いましたが、家事には自信があると言っていたし、栄養士の資格ももっていたから採用したのに…。」
「頭の悪そうなって…。そう思ったなら雇うなよ。だから、男の家政婦にしてくれって言ったじゃねーか。」
「男の家政婦なんて募集したところできませんよ!」
俺はここに居ていいのだろうかと2人の言い争う姿をみて思った。
チラッと女の人がこっちを見てハァと溜息をつく。
「…誰ですかこの人は。」
「お、やっと気付いたか。気付くのおせーな、梶ちゃん。」
何故か楽しそうに話す鈴木をみて女の人はげんなりした様子だった。
「部屋に入った時から気付いてましたが、あえて気付かないふりをしていました。で、誰ですか、このやつれて今にも死にそうな中年男は。」
「中年って、そいつお前と同じ年だぞ。」
そうなの?みたいな顔をして俺の方を見る。
梶という女の人は栗色のボブヘアで可愛らしい顔立ちだった。俺と同じ年にはみえないし、もっと若く見える。
とりあえず名乗ったほうがいいのだろうか、と俺は考え口を開きかけた。
すると鈴木はとんでもないことを言った。
「俺のヒモ。」
「鈴木さん!」
まさかそんなことを言うとは思っていなかったので、俺は否定の意味を込めて鈴木の名を叫んだ。
昨日確かに「俺のヒモにならない?」と鈴木に言われたが、その気は毛頭なかった。
というか、ありえないだろう、ヒモだなんて。
昨日は何故かよくわからないままこの男についてきてしまい、泊まってしまったが、今日はちゃんと家に帰るつもりだ。
また死ぬんだろと言われて引きとめられるかもしれないが、これ以上他人にお世話になるのは気が引けた。
帰ったらどうしようかとふと考える。
死ななかったのだからまた働かなければならない。
そういえば死ぬつもりだったので、仕事の引き継ぎもしないで勝手に辞表を出してしまった。
きっと部長からの電話は引継ぎの話だろう。
これから新たに仕事先を探さなければならないと思うと、頭が痛くなる。
三十路間近の男に再就職先なんてあるのだろうかと不安がよぎる。
やっぱ死のうと思って辞表を出した俺が馬鹿だったのか。
もっと我慢すべきだったのか。
「…先生、ヒモの意味はおわかりですか?どこで拾ってきたんですか?早く元に戻してきてください。」
「拾ったんじゃねーよ。ってか時間大丈夫か?」
「あっ!!はやく、原稿!」
そう言われて鈴木はさっと何百枚もの紙の束を彼女に渡した。
「できてるんだったら持ってきてくださいよ…。」
「梶ちゃんが来てくれるからそんな必要ないだろ。面倒くさいし。」
「こっちは忙しいんですよ!」
彼女は「いつも〆切前にはできてるくせに…」とブツブツ文句を言いながら、渡された紙の束を大事そうに鞄にしまう。
「また今度打ち合わせしますから。」
ちゃんと電話でてくださいね、と念を押す。
「あと、」
チラッと俺の方を見る。
「ちゃんと元にあった場所に戻してきてくださいね、その方を。」
そう言うと彼女は急いで鈴木の部屋をバタバタと出ていった。