ただいま
男はある国の王様に呼ばれ、愛しい人を置いてある国にでかけました。
「王よ。用件は?」
ある国の王様は男に言いました。
「お前が珍しい天上の鳥を飼っているときいた。余はそれを見たい。ここに持ってこい」
男は答えました。
いつにもまして柔らかな微笑とともに。
「消えろ」
「ただいま」
男は鳥籠を覆っていた絹布を取り去り、中を覗き込みました。
「……地図をみていたの。あなたがお出かけしてたのって、この国でしょう?」
「ああ、そうだよ」
寝台に広げた地図の中央を愛しい人の指がさしました。
「ここ、前に行ったことがあるの。とっても綺麗なお城があってね、お庭にとても大きな猫の噴水があったの」
「ああ、ありましたね。でも、あれは猫ではなく獅子です。それに、あそこはもう無いです」
その言葉に、男の愛しい人は首を傾げました。
「しし? なあに、それ? ふ~ん、無くなっちゃったんだ……壊れちゃったの? あの噴水、お髭がもしゃもしゃの王様がとっても気に入ってたみたいなのに」
その言葉に、今度は男の方が首を傾げました。
「あなたは髭のあるほうがお好みでしたか?」
「……」
黙ってしまった愛しい人に、男は言いました。
「私はこれから猫の噴水を作ろうと思います。あなた専用の……猫……子猫にしましょう。目には琥珀を入れましょう、爪には金剛石を使いましょう」
「……丁寧に作るのよ? 時間をかけてゆっくりと」
「はい、分かりました」
男の伸ばした指先に、愛しい人は小さな両手で触れて言いました。
「……じゃあ、当分はお仕事できないわよね?」
「はい、噴水作りで忙しいので仕事は全て断ります」
「……」
小さな小さな手が、男の指をぎゅっと胸に抱きました。
「……おかえりなさい」
「ただいま」
ある国のお城はある日突然、消えました。
見事な5頭の獅子の噴水も消えてしまいました。
ある国の新しい王様は、死ぬまで男を呼び出すことはありませんでした。