魔術学院最強の戦士が、親友に絡んできたので、絶対に逃さなかった話。
前作を読んでいなくても読めます。
しばらく前に、ファルダとリアーゼは、夕食会を通して、友人となった。
二人は、初めて対等に語り合える友人を得た。
――だが、その関係はすぐに試されることになる。
リアーゼは、新種の薬草から新たな調合薬を発見した。
ファルダは、そのことに深く感銘を受けていた。
「彼女の努力と情熱には心を震わされた」
リアーゼもまた、ファルダに尊敬以上の眼差しを向けていた。
「彼女の言葉に私は何度も胸をうたれたの」
彼女たちの変貌ぶりは、周囲を驚かせた。
それからの学院の日々は、二人にとって前よりずっと明るいものになった。
学院では、魔法と剣や槍、様々な武器を合わせた戦い方を学ぶ。
――そして、薬草学も重要な講義の一つだった。
リアーゼは、薬草学の講義のあと、親しい友人と共に、お昼を食べに食堂に向かう途中だった。
ファルダも魔法学の講義のあと、学院の広場でリアーゼを見つけた。
声を掛けようと、足を向けた矢先だった。
ファルダの背後から鼓膜を震わせるような怒号が飛んだ。
「戦いすら出来んものが、なぜもてはやされるのだ!」
振り向くと、男は一人、腕を組み、リアーゼを睨んでいた。
彼女とは対照的に、男の周囲には誰もいなかった。
ファルダの横を風を切るように進んだ男は、リアーゼに歩み寄り、あと数歩でぶつかるというところで足を止めた。
「調子にのるな。リアーゼ・エイロス」
体格の良いエルフの剣士が、リアーゼを見下ろしていた。
そこは自然と調和した広場だった。
いつもなら、あちこちで弾む声が聞こえている。
みなが思い思いに一日を過ごす場所だったはずなのに、囀る鳥たちも息をひそめた。
「叡智の女神に愛されているなどと、誰が信じるものか。出来るのは知識をひけらかすだけで、どう戦うのだ」
「愛されるように努力を惜しまず、私は私の戦いをしているの」
「何の戦いだ。俺の目指す剣聖バルザードのように、魔法だけではなく剣の腕も確かでなければならない」
「私の目指すところとは違うわね」
リアーゼは、はっきりと、凛として返した。
「今は戦争の時代だ。エルフのためにならんことをして、どうする。剣だ、剣を学べ。俺が教えてやろう。この学院には、骨のある指導者がおらん。つまらんところだ」
「それが、私に声をかけた理由?」
「そうだ。薬草学? 戦いには何の役にも立たん。治癒魔法で済む話だ」
そのやり取りを目にしたファルダは、一歩、二歩と進み、リアーゼに声をかけた。
「ごきげんよう、リアーゼ。お昼を一緒にと思ったのだけど、私の手は必要かしら」
「ごきげんよう、ファルダ。あら、よろしいの? あなたがいてくれたら、私とても嬉しいわ」
「ファルダ? ああ、お前のことを知っているぞ。言葉の神に祝福されたらしいな。さえずる小鳥が、増えたところで何になるというのだ」
「初めまして。わたしは、ファルダ・ヴァンスマイト。ご用は何かしら」
「俺の名を知らんのか? まあいい。邪魔だ、俺はそこの女に用があるのだ」
「知っているわよ。先日の剣術大会で優勝していたわね」
「ならば聞く必要がないだろうに、それとも覚えられなかったのか」
「初めまして。わたしは、ファルダ・ヴァンスマイト。ご用は何かしら」
「あん? 何のつもりだ」
「初めまして。わたしは、ファルダ・ヴァンスマイト。ご用は何かしら」
「……俺を侮辱する気か」
風の音と、葉を揺らす音が、かすかに耳に残った。
「おかしいわね、言葉が通じなかったようね。ここは、エルフの森のエダンテ魔術学院。礼節と誠意の門を通ったものだけが、学ぶことができる場所よ。覚えてなかったのね」
「それがどうした。お前に名を名乗って何になるというのだ。知らんのか、エルフが名乗るとき、それは相手に敬意を示す場合のみだ」
「そうよ、だから私は最初に名前を名乗っているの。あなたは、それに対する礼節がなかったの。言葉が違うと思うのは自然よね」
大男は沈黙とともに、ファルダに鋭い目を向けた。
「……」
「この学院は剣聖バルザード、賢者ネオネス、氷槍姫ゼイナが作りし学院よ。バルザードの名を出すということは、その意思と義務を背負わなければならない。だけど、あなたの剣はバルザードに届かないと、自分で教えてくれているのね。ありがとう」
「な、なんて口の悪い女だ」
「知らなかったのなら、教えてあげましょう」
そう言って、ファルダは静かに言葉を重ねた。
剣聖バルザードも最初、薬草学などと鼻で笑っていた。
あるとき魔獣との戦いで、瀕死になった。
治癒魔法も効かず、死を待つのみだった。
彼の師エヴァンが探し出した薬草によって、命を拾った。
――師の元から飛び出したあとで。
剣聖は恥を知った。
そこから彼は学び直した。
そんな出来事があってからよ。
――薬草学は、この学院でも重要視された。
「だから、知っていたのなら、今日このような真似はしなかったはずよ」
「な、なんだと……」
「初めまして、わたしは、ファルダ・ヴァンスマイト。あなたの名前を聞かせてほしい」
「……」
「あら、ここで名乗るのが恥だと知っているのね。あなたもお昼ご飯はまだでしょう。ご一緒しましょう、あなたの剣を聞きたいわ」
「くそっ……」
大男は、そういって広場から足を遠ざけようとした。
「待ちなさい」
「なんだ、何か用か? 口の悪い女め」
「リアーゼに謝りなさい」
「なぜだ」
「なぜ? 彼女に無礼な真似をしたのに。名前も知らない人を、剣の師匠などと呼べるわけがない。それとも口説きに来たの? ならワインの話をしに来ることね。彼女が剣の話で酔うことはないわ」
「……殺すぞ」
大男は、鞘に手を掛けた。
広場の空気が張り詰めた。二人を見ている者たちが喉を鳴らした。
「剣を抜きなさい。いいわよ。私、弟子だけど、やる?」
「きさまが? ――バルザードの弟子だと」
「そして、あなたは私に負けるの。そうしたら名前を名乗りなさい。バルザードと同じ恥を知ることができる」
大男は、手にかけた鞘から、手を離さない。
「あなた、治癒魔法で治らなかったら、どうするつもり? そのまま死を受け入れるわけ」
「そうだ、誇りは死と共にある」
「闇の森で毒蛇に噛まれて、誇り高く死ぬ――そういうのね」
「なに!?」
「これから魔物と戦う仲間を置いて、あなたは死ぬのね」
「……」
「あなたの剣があれば、仲間は死なずに済んだ」
「――ば、ばかを言うな」
「未来の話をしている。一つ聞くわ。あなたの剣は、誰のためにあるの」
「当たり前のことを、エルフの仲間を守るためだ」
「死ななければ、その剣をまたどこかで振れる。仲間は助かる。でも、そうしない。おかしいわ、嘘をついているのはだれかしら」
「――うッ」
「バルザードは命を拾い、そして、また仲間のために剣を振るい続けている。今も。ずっと。これからも。あなたの目指すバルザードは、剣だけではないはずよ」
「……エヴァンの薬草……毒の治療薬なのは知っている」
「知っていたのね。毒は治癒魔法では治らないことも多い。剣聖でさえも、魔獣相手に一人で勝つのは危険を伴う。あなたには仲間が必要なのではないの? 剣聖は賢者に氷槍姫、多くの仲間と歩んできた。あなたは誰と歩むのか。私はリアーゼと歩む」
「お、俺は……くッ」
「リアーゼは、新しい治療薬の原料を見つけた『叡智の女神の化身』なの。この学院で薬草学を学ぶどころか、新たな発見を惜しまずに、皆に教えているのよ。これから、多くの仲間は助かるでしょう。――彼女がいなくなったあとも、ずっと」
大男は、ファルダから視線を外した。
「彼女に必要なのは剣なのか。あなたに必要なのは、彼女に剣を教えることなのか」
ファルダは、大男の剣が届くところまで進み、見上げた。
「名もなき剣士よ。バルザードを超えたいのなら、恥を知り、仲間と共にあるべきだと思うわ。――その剣は仲間に向けるものなの?」
名もなき剣士は、目をつぶり、しばらく沈黙した。
そして、鞘から手を放し、背筋を伸ばした。
「二人に、名前を名乗らせてもらう」
「俺は、ルーク・ドラウベルグ・ラズ=シルヴァン。――今日ここで恥を知った」
「バルザードに一歩近づいたわね。仲間と共に」
大男は苦く笑い、「仲間と共に」と言葉を紡いだ。
「リアーゼ。すまなかった。俺の驕りを許してほしい」
そう言って、ルークは一礼して、広場から去っていった。
「嬉しいわ、私のファルダ。私も、あなたと共に。それに――今日も抜群ね!」
「私のリアーゼには、口も手を出させないわ」
「ありがとう。ふふ――弟子ね」
リアーゼは、くすくすとやわらかく笑った。
「そうよ。お昼の後は、氷槍姫のところに行くの。私、弟子だもの」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
本作の前のエピソードになります。
魔術学院一位の天才に夕食で恥をかかされたので、「水とワイン」でこてんぱんにやり返した結果、友人になった話。
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