■第7話「変わったもの、変わらないもの」
ざわめきは、翌日になっても消えていなかった。
むしろ。
広がっていた。
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「聞いたか?」
「ガルスが負けたらしいぞ」
「相手、あの最低ランクだろ?」
「意味分からん勝ち方したってやつ」
廊下を歩くたびに、同じ話が耳に入る。
誰もが同じ話題をしている。
誰もが同じ疑問を持っている。
そして。
誰も答えを持っていない。
(……面倒だな)
カイルは小さく息を吐いた。
昨日と違うのは一つだけ。
視線の質。
ただの軽視ではない。
明確な“警戒”。
それが増えている。
「カイル!」
いつもの声。
振り返る。
セラとグレンが走ってきた。
「お前ほんと平然としてんな……」
グレンが言う。
「何がだ」
「何がって……全部だよ!」
ため息をつく。
「ガルスに勝ったんだぞ?」
「勝っただけだ」
「“だけ”で済ませるな!」
セラが横で笑う。
「まあでも、昨日と同じだよな」
「何がだ」
「結果だけ出して、理由は放置」
楽しそうに言う。
「最高じゃん」
「どこがだ」
「全部」
即答だった。
その時。
周囲の空気が、わずかに変わった。
ざわめきが、すっと引く。
視線が、一方向に集まる。
「……来た」
グレンが小さく呟く。
振り返る。
そこにいたのは、一人の男。
整った姿勢。
無駄のない歩き方。
そして。
圧倒的な“完成度”。
「……ヴァン」
誰かが名前を口にした。
生徒会長。
三年。
ランキング上位。
この学園における“正統の最強”。
ヴァンはゆっくりと歩いてくる。
そのまま。
カイルの前で止まった。
「君がカイルか」
静かな声。
だが、よく通る。
「そうだ」
短く答える。
ヴァンは数秒、カイルを見ていた。
観察。
分析。
だが、押しつけがましさはない。
「昨日の試合、見させてもらった」
「そうか」
「率直に言おう」
一瞬、間が空く。
「理解できなかった」
ざわり、と空気が揺れる。
それを、ヴァン本人が言う。
意味は大きい。
「だが」
続ける。
「理解できないからといって、価値がないわけではない」
視線が鋭くなる。
「むしろ、その逆だ」
カイルは黙って聞く。
「だから一つ、提案がある」
「何だ」
「いずれ、私と戦わないか」
静寂。
完全な静寂。
グレンが固まる。
セラが笑う。
周囲が息を呑む。
カイルは少しだけ考えた。
「面倒だな」
即答だった。
「おい!!」
グレンが叫ぶ。
「断るなよそこ!?」
「面倒だから断る」
「相手ヴァンだぞ!?」
「知ってる」
「知ってて断るな!」
ヴァンは、少しだけ目を細めた。
怒ってはいない。
むしろ。
興味が深まった顔。
「なるほど」
小さく頷く。
「では、こちらから指名する形にしよう」
「それも面倒だ」
「拒否はできない」
「知ってる」
短い沈黙。
そして。
ヴァンは、ほんのわずかに笑った。
「やはり、面白い」
そう言って、背を向ける。
「準備ができたら、声をかける」
それだけ残して去っていった。
空気が一気に戻る。
「……はあ!?」
グレンが崩れた。
「何今の流れ!?」
「知らん」
「知らんで済ませるな!」
セラは完全に上機嫌だった。
「いいね、来たな」
「何がだ」
「本命」
笑う。
「やっと“ちゃんとしたやつ”が来た」
「ガルスもちゃんとしてただろ」
「もちろん」
セラは頷く。
「でもあれは“強い人”」
「ヴァンは?」
「“完成してる人”」
意味が分からない。
だが、何となく違いは感じる。
カイルは空を見上げた。
(……また増えたな)
面倒なことが。
だが。
少しだけ。
本当に少しだけ。
違う感覚もあった。
ガルスとは違う。
明確に、別の何か。
(……まあ、いいか)
どうせ。
結果は変わらない。
理由は分からないまま。
ただ。
結果だけが、残る。




