■第1話「測れない」
結果だけが残る。
理由は、どこにもなかった。
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「……測定不能、だと?」
訓練場にざわめきが広がる。
中央に設置された測定装置。その前で、教師の一人が眉をひそめていた。
淡い光を放っていた水晶は、今はただ静かに沈黙している。
「壊れてるんじゃないのか?」
「いや、さっきまで普通に動いてたぞ」
周囲の生徒たちが口々に言う。
その中心にいるのは、一人の少年。
カイルだった。
「もう一度やれ」
低い声が飛ぶ。
戦闘教官ディアスだ。
「……はい」
カイルは軽く頷き、水晶に手を触れた。
一瞬、光が走る。
だが。
次の瞬間、何も起こらなかった。
数値は出ない。
反応もない。
ただ、“何も測れない”という結果だけが残る。
「……やはり、か」
ディアスは短く息を吐いた。
周囲のざわめきが大きくなる。
「どういうことだよ」
「測定不能ってなんだ?」
「そんなのありえんのか?」
ありえない。
少なくとも、この学園では前例がなかった。
「判定を下す」
ディアスの声で空気が引き締まる。
「カイル」
「はい」
「お前の評価は――」
一瞬の間。
「最低ランクだ」
静寂。
そして。
「は?」
誰かの声が漏れた。
「いやいやおかしいだろ!」
「測れないから最低ってなんだよ!」
「適当すぎるだろ!」
不満が噴き出す。
だがディアスは表情を変えない。
「測れない以上、基準に当てはめることはできない」
淡々と告げる。
「よって、例外として最低ランクに配置する」
それが、この学園の結論だった。
カイルは小さく息を吐いた。
(まあ、いいか)
特に思うことはない。
順位にも、評価にも、興味はなかった。
「おいカイル!」
後ろから声が飛んでくる。
振り返る。
セラだ。
「最低ランクってなんだよそれ!」
「そのままの意味だろ」
「いや納得してんじゃねえよ!」
隣でグレンが頭を抱えている。
「……マジかよ」
「そんなに問題か?」
「問題しかねえよ!」
即答だった。
「最低ランクってことはな、全員に見下されるポジションなんだぞ!」
「そうなのか」
「そうだよ!」
グレンが力説する。
「もっと危機感持て!」
「面倒だな」
「面倒で済ませるな!」
いつものやり取り。
だが周囲の視線は、明らかに違っていた。
興味。
疑念。
そして――わずかな軽蔑。
「測れないってだけで最低かよ」
「まあ雑魚ってことだろ」
「見た感じ普通だしな」
ひそひそとした声。
聞こえているが、気にしない。
気にする理由もない。
「……なあ」
低い声が割り込んできた。
振り向く。
一人の男子生徒が立っていた。
体格がいい。腕も太い。
見るからに“戦う側”の人間だ。
「お前、ほんとに何もできねえのか?」
挑発的な視線。
「どうだろうな」
カイルは適当に答える。
「はぐらかすなよ」
男は笑う。
「ちょうどいいじゃねえか。最低ランクなんだろ?」
周囲がざわつく。
「おいレオル……」
「やめとけって」
止める声もある。
だがレオルは気にしない。
「ちょっと試させろよ」
そのまま一歩、踏み込む。
距離が詰まる。
空気が張る。
「……いいのか?」
カイルは一応確認する。
「何がだ」
「後で文句言うなよ」
「言うかよ」
ニヤリと笑う。
「最低ランク相手に負けるわけねえだろ」
その瞬間。
レオルが動いた。
速い。
無駄のない踏み込み。
拳が一直線に伸びる。
正面からの一撃。
――だが。
当たらない。
カイルは何もしていなかった。
避けたようにも見えない。
だが、拳は確かに空を切っている。
「……あ?」
レオルの表情が歪む。
その一瞬。
カイルは、手を伸ばした。
軽く。
本当に軽く。
触れるだけ。
それだけで。
――崩れた。
「なっ……!?」
レオルの身体が傾く。
踏ん張ろうとする。
だが、踏ん張れない。
力の方向が、噛み合わない。
そのまま、地面に膝をついた。
静寂。
完全な沈黙。
「……は?」
誰かの声。
理解が追いついていない音。
「今、何した?」
「避けた……のか?」
「いや動いてなかったぞ……?」
ざわめきが広がる。
だが、答えは出ない。
カイルは手を下ろした。
「終わりでいいか?」
それだけ言う。
レオルは答えない。
答えられない。
ただ、困惑した顔でカイルを見ている。
「……意味わかんねえ」
絞り出すような声。
それが全てだった。
カイルは小さく息を吐く。
(やっぱり面倒だな)
振り返る。
セラが笑っていた。
「な?」
楽しそうに。
「だから言っただろ」
グレンは顔を引きつらせている。
「……お前ほんと何なんだよ」
問い。
だが、答えはない。
カイル自身にも分からない。
どうしてこうなるのか。
なぜ成立するのか。
ただ一つ分かるのは。
――結果だけが、いつも先にある。
それだけだった。
視線が集まる。
困惑。
疑念。
そして。
理解できないものを見る目。
カイルは肩をすくめた。
「別に普通だろ」
その一言が。
余計に、空気を歪ませた。




