第7話 鉄錆の神と、落ちた星
――三〇九五年。
空という概念が人工の天蓋に覆い隠されて久しい、冷徹なる機械都市【新江戸】。
無数の鉄塔と制御衛星に覆われ、太陽の光を見た者は生きている市民の中にほとんどいない。
生まれた時から天井のある世界に生き、息を吸うたびにフィルタリングされた空気が肺に入り、歩くたびに足音がデータとして記録される。
それが当たり前だった。誰もそれを疑わなかった。
蓮も、ずっとそうだった。
その中枢である徳川王室の最深部は、むせ返るようなオゾン臭と、冷却液の流れる低周波音に支配されていた。
巨大なカプセル群に囲まれた玉座。
そこに鎮座するのは、肉体の九割を機械化し、ケーブルの束で巨大な演算装置と直結された男――四百年の管理体制を継ぎ続ける、徳川の末裔だった。
顔だけが人間だ。
老いた、深く皺の刻まれた顔。
だがその目は義眼に置き換えられており、瞳の中で複数の演算処理が走っているのが透けて見えた。
「徳川様。只今帰還いたしました」
蓮は片膝をつき、恭しく頭を垂れた。
その声には、任務を完遂した誇りと、わずかな疲労が滲んでいる。
「一六〇〇年において、歴史改変のトリガーとなった山口愛里を強制送還。本人の持つ権能の危険性から消去は断念しましたが、当該時代への影響は最小限に抑えました。歴史の演算は予定通りに進行するかと」
「ふっ……くくく……アッハッハッハッハ!!」
徳川の機械化された喉から、金属の軋むような歪んだ笑い声が響き渡る。
「大儀であった、蓮よ!!見事だ。完璧だ!これで過去の分岐は閉ざされ、現在から未来まで、すべてがこの余の掌の上におさまるのだ!!」
「ありがとうございます。では約束通り、俺を最高執行機関の――」
「ああ、約束だったな。」
徳川の声が、一音下がった。
「だが蓮よ」
徳川の無機質な義眼が、蓮を値踏みするように見下ろした。
その内部で何かが高速で演算されている音が、微かに聞こえた。
「お前は、強くなりすぎた」
一瞬の静寂。
次の瞬間、蓮の周囲の空間が不自然に歪んだ。
「……ッ!?」
即座に立ち上がり、杖を構えようとしたが、身体が鉛のように重い。
「山口愛里の概念上書きを間近で見た。それだけでお前の演算回路は汚染された。『勝利の確定』という概念の残滓が、お前の中にある。それは、余の完璧な歴史における誤差だ」
「……俺を、排除するのか」
「排除ではない。活用だ」
徳川がゆっくりと玉座から身を乗り出した。
「お前の魔力炉心は稀有だ。余が完全体となるための動力源として、永遠にそこで働いてもらう。安心しろ、肉体は保存する。」
「ふざけるな……!!」
蓮は絶叫し、己の生命力そのものを削って魔力を強引に練り上げる。
出力が上がれば、結界を突き破れるはずだ。
「俺を道具として使い捨てるな……!喰らえ!!」
『禁忌干渉:反物質縮退』
杖の先端に、すべての光と物質を吸い込む漆黒の球体が収束し――
パリン、と。
軽い音を立てて、霧散した。
「この玉座の間は、あらゆる事象干渉を無効化する『絶対零域結界』が張られている。貴様がどれほど優秀な魔術師だろうが、ここではただの肉の塊にすぎん……防衛システム、対象を制圧せよ」
徳川の冷酷な宣告と同時に、空間のあちこちから無数の光学兵器が実体化し、一斉に蓮へと照準を合わせた。
「がっ……あぁぁぁぁぁっ!!」
高出力の熱線が蓮の四肢を無残に貫く。
肉の焦げる異臭が広がり、蓮は血だまりの中に崩れ落ちた。
激痛の中、意識が点滅する。
視界が歪む。
それでも、脳は動いた。
走馬灯とはよく言ったものだ、と蓮は思った。
だが彼の脳裏に流れたのは、栄光でも、報酬でも、三〇九五年の未来でもなかった。
――血を流しながら微笑んだ、あの陰陽師の顔。
死に際に、誰かへの伝言を残していた。
届いているかも分からない伝言を。
なぜそんなことができるのか。
蓮には分からなかった。
――何度弾き飛ばされても、立ち上がり続けた侍の姿。
勝てないと分かっていても、刃を引かなかった。
そして。
――泥だらけで、血を流しながら、震える足で立ち上がったあの少女。
弱くて、怖くて、それでも、立った。
(俺は……こんな狂った未来のために……あいつらを……殺したのか……?)
深い後悔が、底知れない自己嫌悪が、蓮の心を黒く塗り潰していく。
そしてそれは、やがて変わった。
後悔は、怒りになった。
自分を道具として使い捨てたこの世界への激しい怒り。
四百年間「完璧な秩序」の名のもとに、無数の人間の可能性を摘み続けてきたこの未来への怒り。
そして何より。
あの三人に、あんな死に方をさせた、自分自身への、怒り。
「っざ……けるな……!」
蓮は血を吐きながら、震える腕で己の胸を強く掴んだ。
「こんな未来……。こんな、死んでいるのと変わらない歴史を……俺が……俺が、絶対に変えてやる……!!」
結界など、関係なかった。
術式など、関係なかった。
蓮の魂そのものが、あらゆるシステムを超越した熱量で燃え上がる。
彼の右目に、紅蓮の華が咲き乱れるような幾何学模様が浮かび上がった。
それは術式ではなかった。
刻印でもなかった。
自分の全てを賭けた時にだけ、人間の奥底から湧き出る、魂の形だ。
『固有時制御:皇帝の瞳』
術者の魂そのものを燃やし尽くし、一度だけ、十五年後の世界に自我を転送する禁忌の秘術。
「貴様、何を……ッ!結界の出力、最大に――」
狼狽する徳川の声を置き去りにし、蓮の肉体は眩い光となって崩壊した。
ここまで読んでくださり、圧倒的感謝です…!本当にありがとうございます!
面白かった、ここがツッコミどころだ等々、皆様からの感想をドシドシお待ちしております!
ちなみに名前の通り『語彙力皆無マン』がお送りしておりますので、語彙力の無さはデフォルト仕様です。どうかご容赦くださいませ…!次話も頑張ります!




