第3話 夜の語らい
陽が落ちると、関ヶ原の秋は牙を剥く。
風雅が薪を拾い集め、小さな焚き火を起こした。
燃え上がった炎が三人の顔をオレンジ色に照らす中、彼はすぐに寝息を立てはじめた。
戦場の男というのは、眠れる時に眠るものらしい。
焚き火を挟んで、紬と愛里だけが起きていた。
「眠れないのですか」
紬が静かに問いかけると、愛里は焚き火を見つめたまま頷いた。
「当たり前じゃないですか。見知らぬ時代の、見知らぬ山の中で、明後日には合戦があるなんて言われて、どうやって寝ろっていうんですか」
「そうですね」
紬はくすりと笑った。
柔らかい、本当に可笑しそうな笑い方だった。
「私も最初はそうでしたよ。未来が見えるからといって、慣れるものでもありませんから」
「お姉さんは……ずっとこういう生き方をしてきたんですか。未来を視て、戦って」
「生まれながらに視えていました。望んだわけではないのですが」
紬は少し夜空を見上げた。焚き火の光が届かない、深い藍色の空だ。
「最初は怖くてたまりませんでした。誰かの顔を見れば、その人の死が見える。笑っている人の未来に、泣き顔が見える。だから私は、なるべく人の顔を見ないようにして生きていました」
愛里は何も言わなかった。だが、その横顔が少しだけ変わった。
「……私も、似たようなことがあって」
「ええ、知っています」
「視たんですか、私の過去」
「いいえ」
紬は首を振った。
「視るまでもなく、分かりましたから。貴方が『化け物扱いされる』と言った時の顔が、かつての私とまったく同じでしたので」
愛里は黙って膝を抱えた。
焚き火がパチリと爆ぜる。
「……今は怖くないんですか。人の死が見えるのが」
「怖いですよ」
即答だった。
「ずっと怖いです。ただ……鬼龍院様と出会ってから、少し変わりました」
「どう変わったんですか」
「視えた未来を、変えられるのだと分かったからです。最悪の未来は、決定ではない。そう分かったら、この眼が少しだけ、怖くなくなりました」
愛里はちらりと、眠る風雅の横顔を見た。
「あの侍、家族を殺されたって言ってましたよね」
「ええ」
「それでも……あんなに真剣に私のために頭を下げて。なんか、すごい人ですね」
「そうですね」
紬の声が、少し柔らかくなった。
「鬼龍院様は、誰かのために怒れる人です。それはとても、難しいことなのですよ。自分のことで手一杯な時に、他者のために本気になれる人間は、そうはいません」
しばらく、焚き火の音だけが続いた。
「あの……聞いていいですか」
愛里が少し躊躇ってから、口を開いた。
「お姉さんは、この戦いのこと……未来は、どう視えてますか。私たち、ちゃんと……勝てますか」
紬はすぐには答えなかった。
炎を見つめていた。
その横顔には、昼間と変わらない穏やかな微笑みがあった。
だが愛里には、その微笑みの奥に何かが隠れているような気がした。
「貴方が無事に帰れる未来は、視えています」
それだけ言って、紬は静かに目を閉じた。
「……それだけ、ですか」
「それだけで、十分ではないですか」
紬が目を開け、愛里を見た。
その目は真っ直ぐだった。
「山口様。貴方はこの先、とても怖い思いをすることになります。でも覚えておいてください。貴方が持つ力は、貴方を化け物にするものじゃない。貴方が誰かのために本気になった時にだけ、輝くものです。だから、どうか……」
紬はそこで言葉を切り、もう一度だけ、夜空を見上げた。
「どうか、怯えないでいてください」
愛里はその横顔を見つめた。
聞きたいことがあった。
本当はもっと、確かめたいことがあった。
でも何故か、これ以上は聞いてはいけない気がした。
「……はい」
愛里は静かに答えた。
焚き火が、また一つ爆ぜた。
その夜、二人はしばらく並んで炎を見ていた。
言葉もなく、ただ火の揺らめきと夜風の音の中で。
愛里が気づいた時には、紬の瞳がまた、どこか遠いところを見ていた。
未来を視ているのか、過去を見ているのか、愛里には分からなかった。
ただ、その横顔が酷く静かだったことだけは、ずっと覚えていた。
いつの間にか、愛里は眠っていた。
最後に見たのは、焚き火の炎と、その向こうで空を見上げ続ける紬の横顔だった。
ここまで読んでくださり、圧倒的感謝です…!本当にありがとうございます!
面白かった、ここがツッコミどころだ等々、皆様からの感想をドシドシお待ちしております!
ちなみに名前の通り『語彙力皆無マン』がお送りしておりますので、語彙力の無さはデフォルト仕様です。どうかご容赦くださいませ…!次話も頑張ります!




