第12話 選んだ未来
アメリアはジュリアンの部屋をノックした。弱々しい返事が聞こえ、ドアを開けると、カーテンを閉め切り、薄暗い部屋でジュリアンはワインを飲んでいた。アメリアはドアを閉め、カーテンを開けた。
「このような暗い部屋でお酒を飲んでは体に悪いですわよ」
ジュリアンは眩しそうにしながら、アメリアを見た。
「何の用だ」
「単刀直入に申します。わたくしと婚約破棄をしてください。それから、メアリー嬢に執着するのも、もうおやめになって」
ジュリアンは顔をしかめた。
「執着?」
アメリアはジュリアンの緑の瞳を見つめた。
「そうです。エミリー嬢はジュリアン殿下に怯えていらっしゃいます。気づきませんでしたか?」
それにジュリアンは困惑したような表情を見せた。
「嘘だ。エミリーは病気になってしまった。だから、登城できないだけで……。見舞いにいっても……」
そこでジュリアンは言葉を止めた。なにか思い当たる節があったようだ。
「エミリー嬢は笑顔で迎えてくださいましたか?」
ジュリアンは弱々しく首を横に振った。
「エミリーはわたしが婚約を申し込んでから、笑顔を見せなくなった。それも病気のせいだと……」
アメリアはジュリアンの隣に椅子を置き、そこに座って、手を取った。
「あなたはずっと大切な人を追い詰めていたのです」
ジュリアンは頭に手をやり、うなだれた。
「アメリア、あなたもわたしから離れていくのか……?」
アメリアはうなずいた。
「あなたが、私と婚約破棄するときにおっしゃったんですよ。『せっかくなら愛する人と結婚した方がお互いのためだ』と」
ジュリアンは緑の瞳から涙を流している。
「ムーア伯爵のもとに戻るのか?」
アメリアはうなずきながら苦笑した。
「そのつもりですが、ルイがまた望んでくれたらでしょうね。なにせ、一度婚約を破棄しておりますから」
アメリアは立ち上がった。そして、ドアを出る前に振り返った。
「どうかお元気で。ジュリアン殿下」
後ろ髪を引かれる思いで、ドアを閉めた。どっと疲れが出て、ドアにもたれかかる。子供の頃からのジュリアンを思い出し、こんな結末になったことがアメリアにとって残念でならなかった。
自室に戻り、出迎えたエマに言った。
「ジュリアン殿下との婚約を破棄したわ。お父様に手紙を書いて……」
そこでエマがアメリアを抱きしめ、優しく背中を撫でた。そこでようやくアメリアは自分が泣いていることに気づいた。
「エマ、私がしたことは正しかったのかしら……」
「お嬢様、大丈夫です。エマはいつでも味方です」
アメリアはエマに縋りついて泣いた。
それから、ロバートに手紙を書き、翌日には迎えが来た。馬車に乗り、窓の外をぼーっとした様子で眺めているアメリアを、エマは心配そうに眺めていた。
フィリップス公爵家につき、両親のロバートとヴァネッサに出迎えられた。そのままアメリアは自室へと向かい、エミリーに手紙を書いた。エマに届けさせると、エマはまた返信を持って帰ってきた。翌日に訪問することが決まった。
翌日。
アメリアはジョーンズ家を訪ねた。エミリーは相変わらずやつれた様子だったが、その顔には笑顔があった。二人はソファーに座りながら、話していた。
エミリーは一通の手紙をアメリアに渡した。それはジュリアンからの手紙だった。
「読んでいいの?」
エミリーがうなずいたのを見て、アメリアは手紙に目を通した。そこには謝罪が書かれていた。
「アメリア嬢のおかげです。ジュリアン殿下の廃太子の報を受け、婚約者も久しぶりに顔を出してくれました」
そういうエミリーは嬉しそうだ。エミリーはアメリアの手を取った。
「アメリア嬢もムーア伯爵のもとに戻るのでしょう?」
アメリアは少し間を開けてからうなずいた。
アメリアはフィリップス公爵家について馬車を降りると、大きく息を吸った。
――覚悟を決めなければ……。
自室に戻ったアメリアは、エマに言った。
「手紙を書くわ。紙とペンを用意してくれる?」
エマは机に紙とペンを置きながら尋ねた。
「今度はどなたに書くんですか?」
アメリアは椅子に座って、エマを不安げに見つめた。
「……ルイに」
それを聞いたエマは満面の笑みを浮かべた。
「それはよいアイディアです。速達で出しましょう!」
エマが外出の支度をはじめたので、アメリアは紙を前に、書く内容を思案した。
――まだ待っていてくれているかしら……?
アメリアは手紙を書きはじめた。
『三度目の婚約破棄です。こんな私でも妻にと望んでくださるのなら、迎えに来て』
そう綴った。
それからアメリアは落ち着かない日々を過ごしていた。
手紙を出してからまだ五日。ルイスのもとに届くにはあと十日はかかる。それから返信をしてくれたとしても、届くのは一か月先だろう。
――今すぐにでもムーア領に行って、ルイに会いたい。けれど、今は婚約者でも何でもない。ルイの今の気持ちもわからないのに、押しかけるわけにはいかない。
そう自分に言い聞かせ、アメリアは気晴らしに庭でお茶をしていた。まだ三月の上旬で少し肌寒いが、コートを着ていれば外にいられる陽気だった。
「お嬢様!」
突然、正面で給仕していたエマが驚いた顔でアメリアを呼んだ。アメリアは驚いた顔でエマを見上げた。
「いったいどうしたの?」
「う、うしろ! ご覧ください」
アメリアが振り返ると、そこにはルイスがいて、アメリアはゆっくりと立ち上がった。
「ルイ……」
「アメリア、来てしまった」
ルイスは少し気まずそうにそう言った。アメリアは正面の空いている椅子を手で差した。
「おかけになって」
ルイスはそこに座り、窺うようにアメリアに視線を向けた。
「建国祭に出席するため、王都に来てみれば、王太子が第二王子になっていた。きっかけはフィリップス公爵が第二王子についたことだと聞いて、話を伺いにきたら、公爵からアメリアが戻っていると聞いて、会わずにはいられなかった……」
アメリアは表情を綻ばせ、手をルイスの方へと伸ばした。
「私もルイに会いたかった。手紙を書いたのよ。その様子じゃ、行き違ってしまったようね」
ルイスはその手に自身の手を重ねる。
「いったい何があったのか。聞いてもいいかい?」
アメリアは苦笑しながら、ルイスと別れてからのことを話した。それを聞いたルイスは困惑したような表情を見せた。
「……随分と危ないことをしていたんだね。アメリア、君が無事でよかった」
「あなたのもとに戻りたい。ただそれだけだったのよ」
ルイスは立ち上がり、アメリアの横に立ち。アメリアの頬にそっと手を添えた。
「……抱きしめてもいいかい?」
アメリアは微笑みながら両手を広げ、ルイスの首に手を回した。ルイスは壊れ物に触れるかのように優しくアメリアを抱き寄せた。
それからルイスはアメリアの前にひざまずき、ポケットから指輪を取り出した。
「アメリア、俺と結婚してくれないか……? 本当は新年会の後に言うつもりだったんだ」
「……ありがとう、ルイ。とても嬉しい」
アメリアは笑顔を浮かべながら、一筋の涙をこぼした。アメリアが差し出した左手に、ルイスは指輪をゆっくりとはめた。それをアメリアは愛おしそうに眺めた。そして、アメリアはルイスに視線を向けて、目を瞑った。ルイスは微笑み、アメリアの腰を抱き寄せ、優しく口づけをした。
「愛しているよ、アメリア」
「私もよ、ルイ」
二人は額を合わせ、幸せそうに微笑んだ。
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