戦うだけではない、戦争を支えて戦力を保つもの
日本が提供したのは兵器だけではない。
むしろ、兵器はついでというかオマケ。
主に供給されたのは日用品の方になる。
これは、即座に提供できる武器や兵器が日本になかった事。
また、戦闘用の兵器以外の改善が急務だった事による。
具体的にいうとキャンプ用品。
現代日本のこれらによる、野外活動能力の上昇。
これがまず必要だった。
当時の軍隊に、水の浄水器はない。
食料の保存技術は無い。
治療用の器具や機器、薬品もこころもとない。
テントなどの野外生活用品は重くてかさばる。
やむなき事であるが、現代に比べれば明らかに劣る状態だった。
なので、まずはここの改善のためにキャンプ用品を配った。
現代のキャンプ用品は、1930年の世界では魔法の道具だ。
テントは軽く、張りやすい。
寝袋は暖かく寝心地がよい。
調理器具なども折りたたみできて使いやすい。
ストーブすらも小型軽量で持ち運びが簡単。
これらを持ち込むだけで、野外生活が格段に快適になる。
さらに水を浄水出来るから伝染病になる心配がない。
屋外用のトイレもあるから排泄物の処理も簡単。
トイレットペーパーだけとっても、これがあればかなり衛生的になる。
マッチやライターで火をつければ火種になってくれる。
さらに持ち運び可能な電源。
発動機型のものでも、手提げ程度の大きさの小型のものでも、野外で電気が使えるようにしてくれる。
補助として太陽電池を使えば、わずかながら充電もしてくれる。
もっと単純なところでは懐中電灯。
LEDを使った長さ10センチ程度、直径2センチもあるかどうかの小型の電灯。
それでいて長時間使えて、この時代の懐中電灯よりも明るい。
何よりも落としても電球が壊れたりしない。
水筒も温度を長時間にわたって一定に保ってくれる。
しかも軽い。
食料も簡単なものならプロテインバー。
少しこったものでも、レトルト食品。
これで簡単に栄養補給や食事ができるようになった。
少人数で活動してる時は、これらが主になる。
寒冷地や冬場ならば、カイロに湯たんぽが効果的。
即座に使える使い捨てカイロは、便利な簡易暖房として。
樹脂製の湯たんぽは、これまた手軽な暖房器具になる。
オマケに中の水を飲用以外で使えば再利用も可能。
大型の移動設備としては、自衛隊で使ってる野外調理用の車両。
風呂の設置。
トラックを改造した手術車や指揮車。
これらは部隊単位での野外活動能力を大きく底上げした。
これらによって、戦闘以外での損耗がほぼ無くなった。
以前は伝染病や疲労からの衰退が大きく、長期間の野外活動は不可能だった。
しかし、日本が提供したキャンプ用品に便利な日用品。
自衛隊で使うような野外活動車両など。
これらによって戦闘以外での損耗や消耗がなくなった。
今までは、100人の兵隊がいれば、野外生活を続けるなかでこれが半分になる事もあった。
しかし、今は100人中の100人ほぼ全員が健康を保つ事が出来る。
これだけでも大きな違いが出てくる。
これらがロシア軍の前に展開していた。
長期間の野外滞在をものともせず、最善の状態で戦える軍隊が。
装備を一新して、今まで以上の機動力と攻撃力を持った軍隊が。
先に見つけて先に攻撃できる有利さで戦うのだ。
ロシア軍が勝てる見込みはない。
部分的にはロシアが優勢、勝利をおさめる場面もある。
だが、それは例外といえる一部だ。
例外は標準にはならない。
かくて大部分の部隊を失い、ロシアは配送する。
ウラル山脈の西側に。
対して満州・ヒノモト、そして北東ユーラシアの各国・各地域の軍勢は進む。
ウラル山脈の東側を制圧しながら。
そのまま各地の独立自立を促していく。
これに対してロシアは2回目、3回目の軍勢を繰り出す。
しかし、無駄に損害を増やし、やがて何もしなくなった。
膨大な戦費と損害。
何より大量の戦死者。
これらがロシアの戦争継続能力を奪った。
いつしかロシアとヒノモトの間で起こった戦いは、自然に潰えていく事になる。
国際法上は戦争継続となっているが。
実態としては停戦や休戦に近い。
あるいは終戦。
いずれにせよ、戦争を続けるだけの国家としての体力をロシアは失い。
ヒノモト側もウラル山脈の東側を解放してこの戦いはうやむやのうちに消えていった。
この戦いは、後にこう呼ばれる。
第二次日露戦争と。




