敵は目の前の軍勢ではない、物資を流し込む道にあり、故に開戦
1938年に終わって始まった第二次日露戦争。
この経過を見ていた列強各国は、中華民国へと接近していく。
彼らに武器を渡し、武装を強化してヒノモトと戦わせるために。
史実における援蒋ルート。
この世界でこの武器提供は、このように始まった。
この動きをヒノモトと日本はタイからの便りで知る事となる。
東南アジアにおける唯一の独立国。
この国はフィリピン独立の頃からヒノモトとの接触をはかり、以来長きにわたる協力関係にある。
日清・日露戦争でも少数ながら参戦。
第一次世界大戦でも、ヒノモトに協調して軍の派遣を行っていた。
また、日本製兵器を輸入して、防衛力の強化も行っている。
そんなタイは東南アジアにおける動きを察知するとヒノモトに即座に連絡。
植民地を通しての中華民国への援助を告げた。
これを聞いて日本とヒノモトはうんざりした。
それが決して良いことではないと思って。
実際、ほどなくして行われた中華民国による各軍閥の制圧。
そして、一つにまとまった中国としての宣戦布告。
ヒノモトを直接名指しはせずに、満州国に向けての侵攻。
ここにヒノモト勢力と中華民国の戦争が始まった。
これに対してヒノモトと満州国は防戦に徹する。
国境地帯に陣地を構築し、中華民国を撃退する構えをとる。
なにせ相手は多大な人口と広大な国土を持つ国。
まともに戦ったら命と資源と労力と時間を無駄にする。
ならば、ただひたすら攻め込んでくるのを迎え撃つ。
これはこれでシンドイが、相手に攻め込んで延々と広大な地域を巡るよりはマシである。
そもそもとしてヒノモト側に中華民国をあいてにしてる余裕がない。
空白地帯となったウラル山脈の東側をどうにかせねばならない。
なので、攻め込んで消耗するのを避けて、やってきたのを撃退する事に専念した。
また、中華民国と戦争をしてもどうにもならない。
敵は内陸アジア・インド・東南アジアから無限に物資を供給する。
これを断ち切らなければ戦争は終わらない。
となれば、目指すのは中華民国ではない。
「東南アジア。
ここを制圧しないと」
政治の場で、軍事の戦略の場で、経済の場で。
その他、あらゆる場所で結論が出た。
敵の補給線を断ち切る。
これ以外に戦争を終わらせる方法はないと。
ヒノモト、および関係各国は東南アジア平定のために軍事行動を開始。
中華民国を使った代理戦争を終わらせるために、ヨーロッパ方面からの補給路を閉ざしにかかる。
1941年12月8日の事である。




