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【短編小説】はい

掲載日:2025/12/19

 太陽が雲に隠れたところで、鬱陶しいくらいベタつく空気は相変わらずだった。

 多少は涼しくなった気もするが、それは暴力的な男が時おり見せる優しさみたいなものだ。

 額から床に落ちる汗を数えながら電話をすると、3コールもしないうちに応答があった。


「はい、もしもし。お疲れ様です」

 電話の応対で声のトーンが上がる奴は信用できないが、いまはコイツの馘を切る訳にもいかない。

「はい、大丈夫ですよ。いやぁ、お疲れ様です。

 え、いや社長から電話って言うと身構えるじゃないですか。いや別に悪い事してないっすけど」

 仕事をサボってスマホで遊んでたから電話に出るの早かったんだろ?



「やー、勘弁してくださいよ。

 最近は仕事中にツイッターとかそんなにやってないですって」

 馬鹿だな、チクりなんて幾らでも入ってきてるんだよ。

 おれが抑えてやってんだ、感謝しろよ。

 あとあいつ、気をつけろ。あいつのド頭がおかしいのはおれも知ってるが、面倒だから隙を見せるなよ。


「っていうか何か用件あったんじゃないっすか?」

 忘れていた。

 山中の件、どうなってる?まぁどうにもなんねぇだろうけど。

「あー、それっすか。いやー、二週間前は無いっすよね。

 それにこう、なんか一身上の都合によりってやつも嘘でいいからもうちょっと作り込みが欲しいと言うか、隙があるの厭ですよね」

 なんだっけ?

 親が癌だとか子どものPTAだとか言ってたんだっけ?


「はい。いやそれは本当に。

 まぁ色々あると思うんすよ、それは仕方ないっす。でもなんかこう、ねぇ?

 そもそも入社時点でドキュメンタリー映画やってたってのも、アレ嘘だったと思うんすよ。

 言ったじゃないっすか、このひと編集ソフト触った事ないんじゃないかって。

 だって編集ソフトなんてそんなにUIが違わないのに、何も分かってないんすもん。

 アヴィッドならまだわかりますけど、それしか使った事無いパターンって無くないっすか?」


 ため息がこぼれる。

 まぁ副業があるのは知ってたし、感覚的にはこっちが副業なんだろう。

「だからまぁ、色々な都合があって嘘ついてでも働かなきゃなんねー事情があったとは思うんすよ。

 それは仕方ないじゃないっすか。

 家庭もあるし。

 そんでまぁ、色々ありましたけど業務を継続できた訳ですし。

 なんで、最後にこれってのは参りますよね」

 飛ぶ鳥なんとやら。

 まぁ引き際の美しい人間なんかいない。とは言え、引き継ぎ期間くらいは設けてくれないと会社として困るし、不義理が過ぎると言うものだ。



 まぁいいや。

 蟹沢は?

「あー、そっちのひとも、まぁ……。

 いや、わかんないっす。どこでそうなっちゃったのか全くわかんないっす。前は違ったってのは俺も思うっすけど。

 まぁ他社ですけど小田切さんとかもなんか途中で人が変わったみたいにヤル気無くした感じって聞きました。

 何すかね、わかんないっす。

 別にここは超激務でもないし。逆にヌルいくらいじゃないっすかね」

 そう思うか?

 なら他の部署に言って貰おうかな、人手が足りてないところはいくらでもある。



「いや、勘弁してください。働き方改革っす。

 いやマジで。

 いやー、そういうの今はもう昔っすよ。

 やー、それはもう仕方ないっす。はい」

 ところでさ、おまえ同僚の関谷が結婚すんの知ってるか?

 結婚すんだよ。

 そんでな、まぁ結婚すんならアイツの方を先にすこし昇給させてやりてぇんだ。


「え?いやそれは……えー、はい。えー……。

 いや結婚するなら仕方ないっすけど約束したじゃないっすかー。

 いや、そうっすけど」

 お前も結婚するなら昇給あるぞ。

 誰か、いないのか。

「え?いや知り合いに?いませんよ」

 ならいいか?

 困る事は?

「えー……いや、別に昇給見込んでローン組んだりはしてないっすけど」

 したんだな?

「えー、はい。

 いやパーツくらいは買おうかと思って……はい、フルエキゾーストの、はい」

 馬鹿だな、いや、そんなもんか。

 おれも若い頃は……いや、時代が違ったな。

「……はい、はい。はい、お疲れ様っす。はい、はい、失礼します」

 おう、おつかれさん。

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