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私には前世の記憶がある  作者: ハシドイ リラ


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6/7

どうせまた繰り返す

「あのね、お父さん。教育委員会はこのくらいのことでは動かないんですよ。いちいち保護者が訴えるたびに動いてたらキリがないでしょ。」


今回は夫連れだ。私一人で必死に対処していたが、女というのは舐めてかかられやすい。夫は喋り方がキツいので、舐められがちな私のサポートとしてはとても適任だった。

夫は夫なりに息子のストレス性の病気を気にかけている。…何より、自分の仕事の都合で引っ越した先での出来事なのだ。はっきり聞いたことはないけど、性格的にとても気に病んでいるのはよく分かっている。

それなりの役職についていて、硬軟使い分けての交渉にも長けた夫が校長と木田に噛み付いていた。


とはいえ校長も必死だ。それはそうだ、あともう少しで定年というところに降って湧いた暴力事件。しかも教師の。どうにか校内の揉め事で済ませないと!という気合いが見て取れる。

教育委員会に知られれば大きくマイナスの査定がついてしまう。そして定年間近のこの時期にマイナスが付くということは。

"再雇用にも響く"ということだ。


「いちいちとかこの程度とか。そんなことを言ってたからこんな大トラブルになってるんでしょ。息子の担任になる前年もクレームの嵐だったらしいし、これだけ揉めたのに今年も同じようなトラブル起こしてるし。

はっきり言って運がいいだけですよ。この体格差でカッとなって手を出すってことは怪我させる可能性だってあったんだから。」


嫌味ったらしく言った後、呆れたような顔をしてやった。ただ、いつもよりは柔らかい口調でね。何といっても今回は夫がキツいところやってくれるからね。私は話を進める方に専念できる。


「はぁ。そんなに教育委員会で調査して貰うのは難しいんですか?」


項垂れていた校長がこちらを向いて必死に告げる。


「児童生徒の保護者が何か言うたびに調査となると難しいですからね、線引きが必要なんです。しかももう一年前のことでしょう。子供達だって覚えているかどうか。」


「これくらいのことでって言われるのは癪ですけど、それなら教育委員会は一旦置いときます。」


あからさまに安堵しなさんなよ、校長。続きをちゃんと聞きなさい。


「一年間ものらりくらりしたのは誰なんだか。まあいいです。私は教育委員会に拘らなくてもいいと思いますよ。ほら、今担任されているクラスにコウスケくんっているでしょ?あの子のお父さんってPTA会長さんでしょ?」


校長の顔色が変わる。


「あの子、学年は違うけど仲良いんですよ。子供同士。でね、去年どうやって切り抜けた?って聞かれて、途中から学校行くの止めた、オマエもガンバレよ!って話もしてるんですって。」


「だから多分、お願いすれば校内の聞き取りくらいはしてくれると思いますよ。」


校長は顔をこわばらせながらも拒否をする。


「そんな私的なことにPTAは使えませんよ!」


「私的なことって…。ああPTAとして動いてもらうんじゃなくてね、転校してきたウチと違ってお知り合いも多いでしょうから、聞いてもらうだけですよ。木田先生が暴力振るったところ見た人はいませんか?って。」


「今さら聞いても去年のことなんて誰も覚えてないですよ!やるだけ無駄です!」


木田が吠える。うん、そう言ってくることも織り込み済みだよ。


「そうですね。子供にとっての一年は大きいですから。けどね」


"そんな前のこと覚えてないよ!けどね、この間こんなことがあって!"


「って他の案件が掘り返されてくるかもしれないですねぇ。今年だって大概のことしてきてるでしょ?あぁ、先生方からの依頼が難しいなら私、お願いできますよ。親御さんとは直接面識はないけど連絡とってくださる方は何人か知ってますので」



この後校長は教育委員会に報告することを選んだ。問題の長期放置が学校全体にバレるより、案件を一つに絞って調査を受ける方が傷は浅いと判断したんだろう。



※※※※※※※※


聞き取り調査の結果、やはり証拠がないということで暴言暴力は認定されなかった。

しかし…


"複数の関係者からの聞き取りの結果、児童を萎縮させる言動が多々あったことが認められた"


として戒告処分となった。

処分は誰にも知られることなく戒告されただけ。お給料だって減らなかった。これから転勤のたびに校長クラスの人に人事情報として伝えられるだけ。そう、傍目には無罪放免も同じ。なぁんだ大したことないじゃん。


けどね。異動した先の学校ではもう知れ渡っていた。戒告処分なんて誰も知らないはずなのに。アイツにだって開示されてないはず。

…アイツだけじゃ無かった。泣き寝入りすることになったアイツ以外の保護者が。


あの先生、気をつけなよ!暴力振るって登校拒否にしたんだよ。それでとうとうバレて異動になったんだよ!

なんでそれまでバレなかったのって?

親からクレーム来るとね、こう言うんだって。

"お宅のお子さん、学習障がいを指摘されたことないですか?一度専門機関に相談した方がいいですよ"

って。

これを言われると黙っちゃう親が多いんだってさ。

え?その子は言われなかったの?って?

ギリギリまで親子ともスルーしていきなり登校拒否したんだって。だからそうやって黙り込ませる暇もなかったみたいよ。

結局障がい発言やらその他諸々まで証言集められてて、教育委員会まで持っていかれたんだって。それでも異動だけで済むんだから先生は楽な商売だよねー。



今さら子供思いの優しい先生なんか無理だ。

今度の校長もそんなことは求めないと言った。その代わり手だけは出すな、だって。

そしたら文句が出たらすぐ次に行けばいいからって。

そう。私はこれから先短期間で次々と異動していく訳あり教師として生きていく。

だってそれ以外に生活する術はないから。

幸いにも最近の学校は人手不足だ。逮捕でもされない限りクビになることはない。


ただそうやってウワサされながら定年まで淡々と勤め上げるしかないのだ。

証拠がないからバレない?

バレなくても充分罰は与えられるのだ。

でも、過去に遡れるなら…もっと上手くバレないようにやる、とまず思う私はきっと心の底から悔いることはない。


毎日毎日手だけは出さないように自戒している。自分でもいつまで耐えられるのか分からないけど。

今日もカッとなりそうな心を抑えながら授業に向かう。


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