同じ間違いはしないと思っていたのに。
前作「ちょっとは疑ってみましょうよ。」のスピンオフ始めました。前作ほど明るい話ではないのですが、よかったら読んでみてください。
私には前世の記憶がある
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修道院の朝は早い。まだ陽が昇り切る前に起床し、簡単に身支度を整えたら朝の清掃が始まる。
全体を掃き清めたら次は拭き掃除だ。
固く絞った雑巾で窓も机もドアも壁も。一つの拭き逃しもゆるされない。当然お湯なんかない。手が凍りつきそうな冷たい水に潜らせ、絞り、拭き、洗い、また絞り。
たった1週間ほどで手はあかぎれだらけになった。
なぜ私はこんな目に遭っているのだろう。私は私の幸せを求めただけだ。
…確かに人を騙してしまったけれど。
それだって、曖昧に受け答えしただけではっきりと何かを言ったわけではない。
彼が自分で婚約者に聞くなり調べるなりすれば済んだ程度のことだ。
そうよ!あの2人が元々上手くいってなかっただけのことなのに。
あの女に魅力がないからこのくらいのことでよそ見されたのよ。それなのに!
結局罰を受けたのは私だけだった。
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「子供のことですからね、気に入らない事があると大袈裟に言ったりその気はなくても嘘をついたりしてしまうものなんですよ。」
基本的に校長も教頭もこちら側の人間だ。だって生徒側に付いたりしたら上からの評価が下がるだけだからね。
…だから今まではどうにかバレずにやり過ごせてきた。大声で抗議されても、学校に押しかけられても。最後は"モンペから教師を守る"という体で転勤になっておしまい。
「んー。私もまずはそうかな?と思ったんですよ?」
アイツの母親が手帳を見ながら話し始める。
「最初に言い出したのはね、夏休みの直前でした。」
「先生がね、ドンってやるの。めっちゃ怖いけど腹立つんだよねって。」
「ですから、その言い方が大袈裟に言っているだけで実際には肩をトンとした程度なんです!」
「けど割とこれ、頻繁に言われててね。でも夫とも言ってたんですよ。今どき生徒に暴力振るう先生なんかいないよね、なんか悩みでもあるのかな?って。」
ほら!証拠なんてないんだから!
「それがですね…」
また手帳のページをめくる。
「12月の10日でしたか…同じクラスのももちゃんのお母さんから連絡が来ましてね。」
"肩辺りをドンってされながら大きな声で怒鳴られてて、必死で泣きそうなのを我慢してたって。クラスの子も私も怖くて止められなかったけど、心配だからお母さんに連絡とってあげて!"
「って、ももちゃんから聞いたお母さんが、ご存知でしたか?って教えてくれたんですよ。」
あの時は本当だったのかと慌てたわーと呟いた。
「その時のメールも残ってますよ。第三者からみても酷かった証拠ですねぇ。」
「あ、それからね。息子には信じてあげなくてごめんって謝って。もし今度同じ事があったらすぐ教えて!って言ってたんですよ。」
「そしたら、自分じゃないけどトシくんがオデコを人差し指でツンって何回もやりながらバカなんですかー脳みそ入ってますかーってやられて泣いてたって。」
信じられないものを見る目で校長と教頭がこっちをみている。
「!そ、それも大袈裟に言い過ぎです!頭をツンツンしたっていうのはコミュニケーションのひとつで!そもそもそれは息子さんが言っただけでしょう⁈」
「いやーそれがね。トシくんのお母さんって同じマンションでね。メール交換してたんですよ。で、息子がこんなこと言ってたけどトシくん大丈夫ですか?って聞いてみたんです。」
「そしたらね、ホントだったらしくて。何で言わないの!って怒ったら、先生にバカって言われたのなんか恥ずかしくて言えないよって泣きながら言ってたそうで。」
「あ、これもメールでのやりとりなんでね、ちゃんと残ってますよ。」
結局、その時は校長が曖昧に誤魔化した。
新学期から別の学年を担当すること、そして次学期からは態度を改めること、校内では絶対に話しかけないことを厳守するように約束しただけで済んだ。
…それだけで済んだから、私はまた間違ってしまった。
先生の8割方は真面目で良い人です。ここぞという時に大ハズレ教師を引いてしまった不幸な人の話だと思ってください。




