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偏差値70なのに恋愛経験0の二人の理性が崩壊するまで〜財前慶一郎と伊集院桜子の恋  作者: 間宮芽衣


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第九話◇逢ひ見ての後の春〜伊集院桜子視点

◇◇伊集院桜子視点


 慶一郎様が兎小屋に来て下さった日の夜。


 胸の鼓動が落ち着かず、私はなかなか寝付くことが出来ませんでした。


(慶一郎様はどんな格好をしていても本当に素敵でしたわ…。)


唇にそっと触れて、先程彼とキスをした時の感触を思い出します。


『どんな場所でも、君となら。』


「――っ!!」


思わず顔を赤くしてケロちゃんのぬいぐるみをぎゅうっと抱き締めます。


(――キスをしてしまいましたっ!大好きな慶一郎様とっ!!)


「…逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり」


(…ああっ、この幸せに比べたら本当に会えなかった時間の苦しみが何でもなかったかのように感じてしまいますっ。)


私は思わず興奮して後拾遺和歌集の藤原敦忠の和歌を呟きながら、ベッドの中でジタバタしながら悶え続けるのでした。


◇◇


 次の日、学校へ行くと笑顔の朱里さんに朝一番で話しかけられました。


「おはよ。桜子。

 ふふっ、昨日はどうだった?

 婚約者の財前君と。」


最後の方だけ声を顰めて言う彼女に、私は驚いて目を見開いてしまいました。


「なっ、ど、どうして朱里さんが私が慶一郎さんにお会いした事をご存知なんですか?!」


何となく恥ずかしくなって思わず顔を赤らめてしまいます。


「えー、だって彼を兎小屋に案内したの、私だもん。」


「…えっ!そ、そうだったんですか?」


私は思わず目を丸くします。


「そっ。部室の前で立ち尽くしてたから、声をかけたの。多分桜子がいなかったから困ってたんじゃないかな。


 いやぁ、あんな事してまで会いに来てくれるとかさ。財前君、桜子のこと大好きじゃん。」


そう言ってニヤリと笑いました。


「そ、そんな…こと…。

 そ、そうなんです、かね?

 そうだったら嬉しいです…。」


私の顔がまるで熟れた林檎のように赤く染まります。


「ふふっ、可愛いなぁ。桜子は!

 嬉しそうで私も嬉しい。」


そう言って朱里さんはニッコリと微笑みました。


「…ありがとうございます。あの、朱里さんは…、」


そう言いかけた時に予鈴が鳴りました。


 キーンコーンカーンコーン…


「あ、桜子!一時間目、音楽だったよね?移動しなくちゃ。ねえ、次の課題一緒に連弾しようよ。何がいい?」


「…そうですね。…『亡き王女の為のパヴァーヌ』なんてどうでしょうか?」


その答えに朱里さんが頷きます。


「おお、いいね。桜子ラヴェル超好きだよね。一緒に弾こう。ほら、行くよー。」


「はいっ。」


(…そう言えば、朱里さんは今、お慕いしてる方はいらっしゃるんでしょうか。


 二年生の時は確か、インターナショナルスクールのご友人とお付き合いされていましたが…。)


何となく聞きそびれてしまったなぁと思いながら、私は慌てて朱里さんの後を追いました。


◇◇

 

 次の日、学校から帰ると慶一郎様からお手紙が届いておりました。


『桜子さん、本日は貴女にお会い出来て本当に嬉しかったです。


 お元気そうで何よりでした。

 想像以上に素敵な女性になっており、恥ずかしながら緊張してしまいました。


 …本当に夢のような時間でした。


 ところで夢とは、脳が記憶を整理・再処理する過程で生まれるものとされていますが、レム睡眠中は、前頭前野の活動が抑制されます。即ち、理性や論理的判断が鈍ってしまうそうです。


 つまり僕が何が言いたいかと言うと、貴女にお会いしたらそれくらい理性がぐらついてしまうという事です。


 先程お会いしたばかりなのにもう貴女にお会いしたいです。


 追伸:世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし。


 ――慶一郎』


そのお手紙を開いた瞬間、胸がきゅうっと甘く締め付けられました。


(もしかして、この『桜』とは私のことでしょうか…。それってつまり…。)


この和歌は伊勢物語で在原業平が、桜を深く愛するあまり心が掻き乱されてしまう気持ちを詠んだ句なのです。


(なんて情熱的なお手紙なの…。)


カァッと全身が熱くなります。それに慶一郎様が和歌をお手紙に書いて下さるのは初めてのことです。


「慶一郎様、…私も会いたいです。」


私はそう呟くと、お手紙を抱きしめて眠るのでした。


◇◇


 ――それから三週間が経ちました。


 私の毎日はいつも通り、過ぎ去っていきました。


「ごきげんよう。

 理性的でありますように。」


永野さんに送迎して頂き、マリア様にご挨拶をして、授業を受けます。


 そして、お昼休みは朱里さんと食堂へ行き、他愛もないお話をしながら、恋のお話をするクラスメイトに羨望の目を向けます。


(慶一郎様…。)


あれからお手紙のやりとりはしているものの、もちろん慶一郎様とはお会い出来ていません。


「…どうしたの?桜子。なんだかぼーっとして。」


目の前でパスタのセットを召し上がっていた朱里さんの眉尻が下がります。


「いえ…。少し考え事をしておりました。」


そして、放課後は朱里さんと部活に行き、和歌や近代文学について語り合います。


(――どうしてでしょう。

 いつも通りに時間は過ぎるのに、いつも通りじゃない。


 あんなに慶一郎様と会えて嬉しかったのに。)


『いつも通り』がなんだかとても味気なく感じてしまうのです。


 だって、慶一郎さんの唇の温もりを知ってしまったから。


 抱き締めて下さった力強い腕。

 

 女性の格好をしていても違和感がないくらい端正なお顔を綻ばせて笑う慶一郎様。


(…いつの間に私はこんなに欲張りで強欲な人間になってしまったのでしょう。)


ある日、兎小屋当番でうさぎにエサをあげていた時のことです。


 私の目の前に影が落ちました。


「――っ!?慶一郎様?」


思わず振り返ると、そこにいたのは苦笑する朱里さんでした。


「…やっぱ桜子、財前君に会えないから寂しかったんだね。最近元気ないなって思ってたんだ。」


その言葉に、朱里さんの姿が涙で歪んでいきます。


「…帰ろう?」

「…はい。」


私は兎小屋を出ると、涙をハンカチで拭って顔を上げます。


「ねえ、桜子。去年確かこのくらいの時期に、財前君の誕生日プレゼント買いに放課後渋谷に行ったよね。」


懐かしむように朱里さんに言われて、私は頷きます。


「…はい。そうでしたね。今年もあと八日で、慶一郎様のお誕生日です。」


私がそう言うと、彼女がニコッと笑いました。


「じゃあさ。明日部活休みだからプレゼント買いに行こ?それでさ。財前君の誕生日も丁度部活休みじゃん?

 

 ――だからさ。


 二人で一時間だけ何か理由つけてサボって、帝都学院まで行こうよ。」


朱里さんの提案に私は目を見開きます。


「で、でも!!」


「大丈夫だって!絶対バレないから。


 もしバレたってプレゼント渡しに行っただけだってしれっとしてればいいだけだよ。」


その言葉に私は覚悟をして頷きます。


「…喜んで頂けるでしょうか。」


「当たり前じゃん。


 だって、財前君だって女装してまで来てくれたんだよ?嬉しくない筈ないと思うんだけど。」

 

私の心が燃えるように熱くなっていきます。


「…じょ、女子だと…バレないでしょうか?」


私の言葉に朱里さんが素っ頓狂な声を上げます。


「は?いや、桜子が男装は厳しいんじゃないかな…。


 ほら、胸も結構あるし、顔も可愛いし、そもそも髪も長いし…。」


(…確かに!流石にこの髪の長さではバレてしまいますわ!)


「桜子は、慶一郎様の為なら出家しても構わない所存です!!


 やはり尼削ぎした方が宜しいでしょうか!!」


私が真剣に尋ねると、何故か朱里さんが吹き出した。


「いや…、ちょっと。尼削ぎって!!

 やばい、ジワったんだけど!


 別にそのまま会いに行けばいいじゃん。下校時間に校門の前で待ってさ。


 誰か出て来たら、財前君呼んできてって頼めば良くない?」


「…た、確かに…、そうですね。」


果たして女性ばかりに囲まれて来た私が男性に気軽に『慶一郎様を呼んでほしい』と言えるか不安ですが、頑張るしかありません。


「大丈夫!心配だし面白そうだから、私もついて行くから。」


朱里さんのその言葉がさらに私の背中を押して下さいます。


(――待っていて下さい。慶一郎様。


 今度は桜子が貴方に会いに行く番です。)


私はギュッと拳を握りしめました。



参考:森田麻里子医師監修 睡眠コラム

https://koala.com/ja-jp/blog/sleep/shallow-sleep-causes/

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