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偏差値70なのに恋愛経験0の二人の理性が崩壊するまで〜財前慶一郎と伊集院桜子の恋  作者: 間宮芽衣


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第七話◇ 貴女の声が、理性を壊した。〜財前慶一郎視点


◇◇財前慶一郎視点


桜子さんから手紙を貰った後の僕の行動は早かった。


「おー、財前。今日何だか気合い入ってんな?


 これからどっか行くんか?」


宮西の言葉に僕は真剣な顔で頷く。


「ああ。今日は僕の人生において最適化された遺伝子を遺す為の最重要デーだ。」


呆気に取られる友人達を他所に、僕は授業が終わるとすぐに銀座の老舗和菓子屋の本店に直行した。


 そして、最近購入した中で特に脳内でドーパミンが放出された和菓子を購入した。

 

 和菓子を選んだ理由は、桜子さんのホメオスタシスの為にも糖質は不可欠な存在であると判断したからだ。


(これは断じてただ僕が会いたいからという身勝手な違反行為では無い!桜子さんの気持ちに寄り添った崇高な行動である!)


そう理由をつけて僕は一目散に桜子さんの実家へと向かった。


「…何度来てもデカい家だな。」


十二歳の時に挨拶で伺った伊集院家は、瓦屋根が美しい伝統的な和風建築である。


 ピンポーン


 僕は震える指でインターホンを押す。


『はい、どなたでいらっしゃいますか?』


すると五十代に差し掛かったと思われる女性の声が訝しげに尋ねてきた。


 僕は緊張で思わず生唾を飲み込んだあと、できるだけ理路整然と話す。


「――財前慶一郎と申します。

 桜子さんの婚約者です。

 直接お会いするのは禁じられていたのですが、御手紙の様子がいつもと違っていたので。


 心配でしたので御見舞いに参りました。」


すると、インターホン越しに女性が驚愕で息を吸い込むのが聞こえる。


『…まあ!すぐに参ります。』


そうして僕を出迎えてくれたのは山内やまうち静江しずえさんという女性だった。伊集院家で三十年以上家政婦をしているという。


 十二歳の時に伊集院家で桜子さんの御父上にお会いする時に案内してくれたのがこの女性だったような気がする。


「…お久しぶりです。慶一郎様。


 ――まあ、大きくなられましたね。」


そう言ってニコニコしている。


「…あの。桜子さんはご在宅でしょうか?」


「――残念ながら、お嬢様はまだ部活でお戻りにはなっておりません。十七時半に菊乃森女子学園に運転手が迎えに行く手筈となっております。」


そう言って山内さんは眉尻を下げた。


 桜子さんが不在であると判明し、僕の心は一瞬で急降下する。


(くそっ。会うのを禁じられている手前、ご両親がご在宅時は難しいし、何度も来るのは山内さんに迷惑をかけてしまう。

 車通学なら外で会うのも難しいという事か…。)


「…そうでしたか。確か桜子さんは日本文学を研究なさっているのだとか。」


「ええ!!お嬢様は万葉集や古今和歌集、伊勢物語などの古典文学に精通していらっしゃいまして。


 もしかしたら、慶一郎様と文通しているご自分と、和歌を送り合う男女を重ねていらっしゃるのかもしれませんね。」

  

彼女のその言葉に僕の胸は一瞬ドクンと高鳴った。


(…桜子さん。なんて健気で可愛らしいんだ…。)


「…そうですか。

 こちら、桜子さんにお土産です。


 甘い物はドーパミンやセロトニンなど幸福ホルモンの分泌には欠かせないものです。


 桜子さんがどうか元気になりますように。」


 そう言って僕は先程購入した『源吉兆庵』の和菓子をスッと差し出した。


「まあ!お嬢様は和菓子が大好物でして。きっととてもお喜びになられると思います。


 あ、先日お嬢様の通う菊乃森女子学園で音楽祭がございまして。


 お嬢様はピアノを演奏されたのですよ。


 そのご様子を撮影したDVDがございますが、良かったらご覧になられますか?」


「…是非!!」


――そして、再生された映像に僕は目を奪われる。


 桜子さんがピアノを奏でる姿はとても魅力的で美しかった。


 動いている彼女を見るのは六年ぶりで、なんだか不思議な気持ちになる。


 彼女は白いドレスに上品な金色の小ぶりなアクセサリーを身につけていた。髪型はアップにして、真剣な眼差しで鍵盤を叩いている。その度に耳元のイヤリングがキラキラと揺れている。


「…モーリス・ラヴェルの『クープランの墓』ですね。美しい音色だ。」

 

色鮮やかな旋律が彼女の美しさをさらに際立てている。


(――なんて、美しい。)


「――っ。」


――気が付くと涙が頰を伝っていた。


「あらあら、慶一郎様がそんなに感動されていたと知ったら、きっとお嬢様がお喜びになられます。」


そう言って山内さんが優しく微笑んでいた。


 ――演奏が終わった。


 僕は山内さんにお辞儀をして席を立った。


「山内さん、ありがとうございました。


 ――桜子さんにどうか宜しくお伝え下さい。」


「はい、もちろん。

 もうすぐ再会出来るのが楽しみですね。」


 ――こうして僕は桜子さんに会うことが出来ぬまま、伊集院家を後にしたのだった。


◇◇


 家に帰って今日の出来事を反芻していた時に電話が鳴った。


「…はい。財前です。」


すると、受話器の向こうからは沈黙が返ってきた。


(なんだ?悪戯電話だろうか?)


――そう思った時だった。


『……あ、あの…わたくしっ、』


その声に思わず息を呑む。


 ――ずっと聞きたくて仕方なかった声だった。


 僕が彼女の声を間違える筈がない。


「……もしかして桜子さんですか?!」


少し焦って早口になってしまった。すると、可愛らしい声が答えをくれた。


『――っ!は、はいっ、桜子ですっ。


 っ……すみません……どうしても…!!どうしても慶一郎様にお礼が言いたくて…。


 ――ご迷惑でしたでしょうか。』


(ああ、桜子さん…!!桜子さんだ!!)


僕は胸がいっぱいになり、受話器を握り締める。


「…っ迷惑な筈がないです。


 ――桜子さんの声を聞けて、僕の方が……嬉しい。」


自分の声が思ったより甘く響いて、僕がこんな声を出せたのかと我ながら驚いてしまう。


『……っ慶一郎様、お会いしたかったです…。』


――その一言に全身が一瞬でカッと熱くなった。


「…僕も。っ、僕も桜子さんにお会いしたかったっ、」


『あの!! 来てくださって嬉しかったですっ!』


彼女の声に長年の想いが溢れてくる。


「……そんな、僕の方こそ突然お邪魔してしまって…。」


(ああもうっ!どうしてこんなに彼女は可愛いんだっ!!)

僕の語彙力が著しく低下したその時だった。


『あのっ、そのっ!!この前お送りした御手紙のことなのですが!!』


その言葉に手紙に書かれていた一言を思い出し胸が甘く締め付けられる。


 ――” 貴方の事をお慕いしております。”


「…桜子さん…。」


胸が尋常ではないほど高鳴り、僕は生唾を飲み込む。


 ――すると、受話器の向こう側で山内さんが焦っている声が聞こえた。


(…もしかしてご両親が帰ってきたのだろうか。)


『っ!!も、申し訳御座いません。我儘を言ってしまいまして…!それじゃあ切りますね!』


「――ちょっと待って下さいっ。」


慌てて電話を切ろうとする彼女思わず引き止めてしまった。


『え?』


僕は深呼吸した後、意を決して伝えた。


「……僕も、貴女と同じ気持ちです。」


すると、彼女が受話器の向こうで息を呑んだのがわかった。


『っ……ぁ、ありがとう、ございます…。では、また…。』


可愛らしい声を絞り出した彼女に、ありえない程頰が緩む。


「…っはい、お引き止めして申し訳ありません。

 切りますね。」


――受話器を置いた後、僕は一瞬呆然としてしまったがジワジワと喜びが溢れ出してきた。


「…よっしゃあああ!!!」


僕が彼女を六年間想い続けていたように、彼女もまた僕を想い続けてくれていたのだ。


(あー!!尊い尊い尊い尊い尊い…、こんなに可愛らしい人がこの世に存在するなんて夢のようだ!)


その日、僕はニヤニヤとだらしなく顔が緩むのをどうしても止める事出来なくなってしまった。


(――そうだ!家や外がダメなら、もう一つだけ会える方法があるっ!!)


◇◇


――三日後。


 僕と宮西、そして和田の三人は四之宮の家にお邪魔していた。ちなみに四之宮の親は大きな病院を経営している。


 四之宮邸は、白い漆喰で塗られた南欧風の可愛いらしい邸だった。


「おいおい…。お前、マジで菊乃森女子学園に乗り込むつもりかよっ!」


「正気か?!どうしちまったんだよっ!お前!」


焦った声で友人の宮西と和田が止めてくる。


「……正気だ。それより何故だろう。


 ″これ″を着た瞬間、知能指数が三十ほど下がった気がする。」


僕は心配する友人達にポツリと呟いた。


「――ふむ。だが結構似合っているな。化粧をきちんとして、ウィッグを被れば案外いけるんじゃないか?」


四之宮だけが納得したように頷いている。


 ――そう、僕は女装していた。


 菊乃森女子学園のOGである、四之宮の姉から制服を借りたのである。


すると、四之宮のスマートフォンの通知音が鳴った


「姉が帰ってきた!!」


四之宮がバタバタと玄関向かうと、髪を茶髪に染めた少し派手な感じの女性がニコニコしながら僕達を見ていた


「初めまして。

 四之宮樹の姉の、美織みおりです。

 三人とも、弟がお世話になっております。


 …へえ。貴方が財前慶一郎君?

 綺麗な顔してるじゃない!


 大丈夫!私が菊乃森に入ってもバレないように美しいレディに変身させてあげるわ!」


その言葉に僕が頭を下げる。


「…宜しくお願いします。」


(桜子さんっ!待っていて下さいっ!僕は必ず貴女に会いに行きます。)


僕の“理性の崩壊”は、ここから加速度的に進行していく――。


 “恋の研究”は、この瞬間をもって実践編に突入したのだった。


参考:ウェルネス総研レポート

https://wellnesslab-report.jp/2526/

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