第五話◇理性と欲望の境界線。TE○GA論争と恋の定理〜財前慶一郎視点
◇◇財前慶一郎視点
「……なあ、最近さ。
俺、食堂のおばちゃんですら可愛く見えてきた。」
友人の宮西が突然そんな事を言い出したのは高校三年の春になってからのことだった。
「…え?」
僕と、もう一人の友人である和田の動きが止まる。
「味噌汁よそってくれてる時にさ、チラッと肩凝り防止の磁気ネックレスとか見えてんじゃん?
なんか、可愛いなとか思ってきて。
俺、全然イケる、ヤレるわ。」
「待て待て待て待て!!!宮西、お前理性が腐ってんぞ。おばちゃんは恐らく四十五歳はいってるぞ?
僕達より三十歳程度は年上だ。
――それは、後世に子孫を残していく観点から見ると、人間の種の存続に関わってくる大問題だぞ?」
俺の言葉に宮西が涙目になった。
「仕方ねぇじゃんかっ!!女がいねぇんだからよっ!
昨日、おばちゃんが唐揚げを一個多く俺の皿に入れてくれた時、理性を持ってかれたんだよっ!」
「まじで!?くそっ…羨ましいっ!!」
すると和田が何故か羨望の眼差しで宮西を見ている。
「……全員終わってんな。」
僕が溜息を吐くと、二人にジトっとした目で見られた。
「良いよなぁ、財前は!可愛い婚約者がいるんだからよっ!見た事ねぇけどよ。」
その言葉に僕は一瞬無表情になる。
「…確かに桜子さんは可愛い。それに尋常じゃないくらい美しい。
その上聡明で性格も良い。
――だがなぁっ!!僕は!!桜子さんと!!六年も会えていないんだぞっ!!!
…なぜ、何故だ!!何故なんだぁあああああ!!!!」
ガン!ガン!ガン!ガン!
僕は堪らなくなって壁に頭を打ち付け出した。
「あー…また財前が壊れた!!」
「放っとけ、いつものやつだ。」
そんな僕を二人は憐れんだ目で見てくる。
「痛っ…っ!ち、違う、これは理性を失わぬ為の儀式だっ!!
…理性を失わぬために、煩悩を破壊するっ!!」
(桜子さんっ、桜子さん、さくらこさん!!
会いたい会いたい会いたい。)
その光景を見にクラスメイトが集まってきて爆笑している。
「…アイツ、中学受験のときから納得出来ない時にああなるんだよな。」
「いつも額から血が出るまで打ちつけて、『なぜだぁああああ!!』って叫ぶ。ほらそろそろ叫ぶぞ?」
その言葉を皮切りに俺は心の底から叫ぶ。
「なぜだぁあああああああっっ!!!」
はぁっ、はぁっ、はぁ、はぁっ。
僕は気分を落ち着かせる為にいつも持ち歩いている手帳に挟んでいる桜子さんの写真を見る。
「ああ、尊い…尊い…尊い…。」
思わず声が漏れる。
「えー、この子が婚約者?」
「めっちゃ可愛いじゃん。」
後ろから宮西と和田の二人が興味津々といった感じで覗き込んでくる。
「桜子さんっ…。なぜ、僕は君に触れられないんだ…!」
それを無視して思わず悲痛な叫びを漏らしたとき、教室の隅で椅子を引く音がした。
「だから言ったろ、財前君。」
振り返ると、同じく成績上位常連、帝大理ⅢA判定の四之宮樹が立っていた。
「――三次元なんかに恋をするからだ。」
そう言って奴がメガネをクイッと上げると僕の目の前で仁王立ちになった。
「僕のように、対象を二次元に絞れば数式の解明に専念できる。せっかく男子校に来たんだ。女人禁制!
――禁欲してこそ勉学に集中出来るいうものだ!」
その言葉に僕は顔を上げた。
「……黙れ、四之宮。君の『恋愛アルゴリズム』は、現実世界に存在しない理想系だ。
僕は――桜子さんという『実在する奇跡』を証明するために、この命を懸ける。」
すると、四之宮はメガネを光らせながらクックッと笑った。
「――財前君……君のような変態を見ると、安心するよ。」
「君にだけは言われたくない。」
僕がそう言い返した時だった。
「そういや聞いたか?
四之宮んち、親が『勉強に専念できるように』ってTE○GAの贅沢セット、十八歳の誕生日に買ってくれたらしいぞ!」
「マジで!?いいなっ!!愛されてんな!!」
宮西と和田は羨ましがっていたが、俺は手帳をパタンと閉じる。
「……堕落だ。理性を親に委ねるとは。自我の敗北にすぎない。」
「え、財前。それはなんか違わない?」
僕の言葉に横の二人はキョトンとしている。
「違わない。理性は自助努力によってのみ鍛えられる。」
すると四之宮が誇らしげに言った。
「財前君、君の恋愛は非効率だ。僕の場合は即時的快楽に最適化されている。」
「……お前の『幸福関数』は一次関数か。僕は生涯微分する覚悟がある。」
言い返した僕を四之宮は鼻で笑った。
「フンッ!女など知性を低下させるウエストナイルウイルスのようなものだ!
身体的な衝動など、僕のようにTE○GAで効率的に解消すればいい!そうすれば崇高な知能をフル回転させ続けることが出来るのだ!!」
すると僕達の論争を見にギャラリーがまた集まってきた。
「すげぇ…四之宮、またなんか悟ってる…。」
「違う、アイツもう戻ってこられない境地に行っただけだ…。」
僕は静かに机に顔を伏せる。
「……くそっ……確かに論理的には一理ある…っ!
だが僕は桜子さんの存在をΣ(シグマ)に含めたいんだっ!!
それに四之宮!お前、TE○GAで解消する際は何を見ている!!
どうせ女性の映像媒体にお世話になっているんだろ!?」
その瞬間、教室は水を打ったように静まり返った。
――すると、四之宮はメガネをクイッと上げてこう言った。
「――二次元だ。」
「……は?」
僕は奴の言葉に思わず目を見張る。
「僕は解消する時も二次元をオカズにしている!!
三次元の女などもはや知性を高めるためには不要!!」
その言葉に教室中が騒めく。
「おい……四之宮のオカズ、アニメらしいぞ……!」
「AV見ねぇのかよ!?本気で二次元でイッてんの!?」
「どこの作品だ!?制作会社は!?円盤派か!?サブスク派か!?」
周囲の声を受けて僕は震える手でペンを持つ。
「……三次元を否定しておきながら、結局『映像媒体』に依存している。それを僕は『二次元の堕落』と呼ぶ。」
その言葉に和田が焦ったように言う。
「おい、やめろ!!財前!!それ以上言うなっ!」
だが僕は止まらない!!
「黙れ。理性とは戦いの中でこそ磨かれる!!」
すると、四之宮がバンっと机を叩かながら叫んだ。
「ちがぁああああうっっ!!!
僕はTE○GAがあればっ!!ジャンプヒロインの入浴シーンでイけるっっ!!!」
シーン。
再び教室を静寂が包んだ。
「…なん、だと…。…少年誌だぞ?」
「…乳首見えねぇだろ?あ!見ろ!財前が震えている!!」
俺は思わず頭を抱えた。
「ち、違う……理性が……理性が動揺している…っ!!馬鹿な……それはもはや神の領域に入っている…!!」
俺のその様子に四之宮が高笑いをする。
「くくっ!!ふははははっ!どうだっ!TE○GAは素晴らしいだろうっ!!」
「くそっ……でもTE○GAは欲しいっ……羨ましい羨ましい羨ましいクソクソクソクソ羨ましいっ!!!」
その日、僕と四之宮は一日中討論をし、結局和解する事となった。
「「おお、蛍雪の友よっ!今日も共に理性を磨こうではないか!!」」
――そう言って友好の握手を交わした。
僕は四之宮と友人になった喜びを伝える為に桜子さんに手紙を認めたのだった。
◇◇
『愛とは、無数の感情の総和である。
すなわち僕にとって──愛 = Σ(桜子)である。』
三日後。
僕は僕なりに導き出した結論をノートにまとめていると、カタンと音がした。
(…なんだ?)
郵便受けには新聞と共になんと、桜子さんからの手紙が入っていた。
僕は逸る気持ちを抑えながら自室に戻り、ドキドキしながらハサミで丁寧に彼女の手紙を開く。
――すると、その手紙には衝撃的な事が書いてあった。
『桜子は本当は貴方に会いたくて会いたくて、仕方ないのです。
今までお伝え出来ておりませんでしたが、貴方の事をお慕いしております。』
僕は震える指で桜子さんの可愛らしい文字をなぞる。
「……生きる意味を得た。」
思わず涙目になり、頭の中で大量のドーパミンとアドレナリンが放出される。
さらに、僕は最後の一言を見た時に目を見開いた。
『今すぐに貴方に会いたくて仕方ないのです。』
「うおおおおおおお!!!」
僕は思わず叫んでいた。
もう我慢の限界だった。理性なんて完全にぐらぐらだった。
「桜子さんっ!!貴女が僕に会いたいと望んでくれるならっ!!僕はどんな手を使ってでも貴女に会いにきますっ!!」
――こうして僕は桜子さんに会う為にとんでもない行動を起こすことにした。
※四之宮君がA判定の『帝都大学』は作中に登場する架空の国立大学です。
実在の大学とは関係ありません。取材などは行っておらず、ふんわりとした創作設定でお届けしております。ご了承くださいませ。




