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偏差値70なのに恋愛経験0の二人の理性が崩壊するまで〜財前慶一郎と伊集院桜子の恋  作者: 間宮芽衣


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第四話◇理性の檻。〜伊集院桜子視点


◇◇伊集院桜子視点


「永野さん、ここで大丈夫よ。」


送り迎えの黒塗りのセンチュリーを降りると、私は運転手の永野さんにお辞儀をしました。


「ありがとうございます。では――行って参りますわ。」


菊乃森女子学園の制服は、長めの紺色のセーラー服です。それに、学校指定の紺色のソックス。下着も学校で指定されております。


 ――今日も清く、正しく、美しく。


 私、伊集院桜子は背筋を伸ばして校門をくぐります。


 校舎は白と藤色を基調としたロマネスク建築で、吹き抜けには聖母マリア像が静かに微笑んでおられます。


(今日も1日が静謐でありますように。)


願いを込めて、ペコリとマリア様にお辞儀を致します。


 教室に入ると、同じ日本文学研究会に所属する城之内じょうのうち朱里あかりさんが笑顔で迎えて下さいました。


「ご機嫌よう。朱里さん。今日も理性的でありますように。何を読んでいらっしゃるの?」


「桜子、おはよう!タウン情報誌だよ。


 ねえ、今日は部活ないから一緒に駅前に出来たケーキ屋さんに行かない?このクーポン雑誌を提示したらドリンク付きになるみたいなの!


 フランス帰りのパティシエがやってるんだって!」


明るくてトレンドに詳しい朱里さんですが何故か私と馬が合い、今ではクラスで一番仲の良い友人です。


 ちなみに、お父様は外資系企業の役員をされており、幼い頃はアメリカに住んでいらっしゃったようです。


「まあ、是非っ!行ってみたいですわ。」

私は思わず口許を綻ばせるのでした。


◇◇


 昼休みになると、教室の隅でクラスメイト達がスマートフォンを片手に盛り上がっておりました。


「昨日、実は彼氏から夏休みに軽井沢の別荘に二人で行こうって誘われたのっ!」


クラスメイトの本郷ほんごうみやびさんが頬を桃色に染めて報告しております。


「まあ雅さん、では軽井沢で遂にめくるめく体験をされるのですね?!」


「ま、まだわからないわっ!でも…念の為に上下お揃いのレースの下着を購入してみようと思っていて。


 …2人とも、アドバイスをくれるかしら?」


その言葉に友人達が色めき立っております。


「キャーッ♡私で良ければ喜んでっ!」


雅さん達の会話を聞きながらは私は目を見開きます。


(…まあっ!なんてっ、なんて羨ましい…っ!!


 ――ああ、私はもう六年も慶一郎様にお会い出来ていないというのに。


 あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかもねん


 …きっとこの句を詠んだ柿本人麻呂もこのような気持ちだったに違いないわ。)


慶一郎様への恋しく、そして寂しく想う気持ちを募らせながら、私は封筒をそっと取り出します。

 

 白い便箋に彼の想いが籠った美しく、几帳面な万年筆の文字が丁寧に書かれていました。


(時間をかけて拝読したいと思い、持ってきたのです…!!私の宝物ですわ…!)


『桜子さん、お元気ですか?


 風邪など召しておられませんか。


 僕の通う帝都学院高等部では、つい先日までインフルエンザが流行しておりました。


 飛沫や接触により感染するとの事ですので、僭越ながらマスクと消毒液をご実家に別途郵送致しましたので御活用下さい。


 ところで桜子さんはご存知でしょうか。


 現在確認されている32万種に及ぶウイルスの多くが、実は害だけではなく生物に寄生することで生物の進化に多大な恩恵をもたらしてきたことを。


 さて、僕が何が伝えたいかと言うと、最近僕は人間もウイルスと同様で一見相容れないと思っていた人間も、ある意味自分に恩恵を与えてくれている部分もあるのだと認識をしたということです。

 

 即ち友人と苦手な人物というのは紙一重なのだ、と。


 桜子さんとお会いする機会が叶った時には是非その友人もご紹介させて頂きたいと思います。


 追伸:紫陽花の季節になるといつも貴女を思い出します。


 ――慶一郎』

 

「まあ、うふふ。慶一郎様、お優しいですこと。


 それにお手紙のご友人がどんな方なのか、お会いするのが楽しみですわ。」


私が恍惚とした表情で、愛おしさを込めて便箋を指先でなぞっていると、何故か周囲の皆さんが目を丸くして私の方を見ておりました。


(…皆様、なぜこちらをそんなに見ておられるのかしら?)


「桜子さん…。

 え?まさか貴女、婚約者の方と今時文通していらっしゃるの?」


「ええっ!?お相手はスマートフォンはお持ちではないんですの?!」


その指摘に思わず動揺してしまいます。


(――だって、婚約したのが十二歳でしたし、その時は二人ともスマートフォンを持っていなかったのですもの。)


そして、唯一婚約者同士の交流として許されたのが文通で、スマートフォンはおろか、電話でお話する事すら両家に許されていなかったのです。


 胸の中を様々な想いが溢れ出します。


(本当は私だって、慶一郎様とすぐに連絡を取りたい。声を聞きたい、会いたい、触れたい。


 ――触れて欲しい。)


涙目になりそうになりながら、私はなんとか言葉を紡ぎます。


「わ、私と婚約者の慶一郎様は『理性的な交流』を大切にしておりまして…」


その言葉に本郷さんは目を丸くします。


「――ですが、本当に好きな人にお会いになったら理性など曇ってしまわれるのではないの?」


「――っ!!」


私は十四歳のお誕生日に慶一郎様から頂いた携帯出来るサイズのケロちゃんをぎゅっと握りしめながら肩を震わせます。


 すると、朱里さんが慌てて間に入って下さいました。


「本郷さん。


 …桜子の家ってさ。結構歴史がある家じゃん?


 だから、両家に十二歳で婚約してから十八歳になるまで婚約者と会うのを禁止されてるんだって。」


その言葉に本郷さん達は目を見開きました。


「…まあ!!とても厳しいのね。私なら耐えられないわ。」

「では、六年もご婚約者様と会っていらっしゃらないの?」

「お可哀想…お気の毒だわ。」


(可哀想?お気の毒…?


 ――寂しいけれど、それは違うわ。)


「…はい。確かに六年間お会い出来ないことを寂しくないと言えば嘘になりますわ。


 それでも。


 私は慶一郎さんに出会う事が出来て、彼の事を想い続けていられて、彼の婚約者でいられる事が『幸せ』なんです。」


その言葉に3人は何故か固まっております。


「そ、そうなのね。


 なんだかその、申し訳なかったわね。…行きましょう。佐喜子さきこさん、智恵美ちえみさん。」


そう言って雅さん達は何処かに行ってしまいました。


「桜子、大丈夫?


 …うーん、本郷さん達は全く悪気はないんだと思うんだけど、ちょっとデリカシーはなかったかな。」


「…はい。わかってます。大丈夫ですわ。」


私が無理矢理笑うと、朱里さんは苦笑しました。


「…まあほら、放課後美味しいケーキ食べて忘れよ?


 見て、これスマホにメニュー載ってたんだけど。


 私、フランボワーズのムースケーキとピスタチオのアイスは絶対食べる。」


「まあ!

 美味しそう!

 ――ケーキ、楽しみですね。」

私達二人はそう言って笑い合いました。


◇◇


 ――その日の夜。私は慶一郎様のお手紙にお返事を書きました。


『慶一郎様 


 お元気ですか?


 私の体調を気遣って下さり有り難う御座います。


 マスクや消毒液、大切に使わせて頂きますね。


 お手紙にありました、お友達にいつかお会いするのが楽しみです。


 ――でも、本当は桜子はお友達よりも早く慶一郎様にお会いしたいのです。


 はしたない、理性が曇っていると軽蔑なさるかもしれませんが、桜子は本当は貴方に会いたくて会いたくて、仕方ないのです。』


私は万年筆を走らせながら、気が付くと鼻の奥がツンとしておりました。


 心なしかいつもより字も少し乱れているような気がします。


(――いけないわ。こんな事を書いてはいけない。)


 こんな事を書いてしまったら面倒臭い女だと思われてしまっても仕方ないのに、止まらないのです。


(…それでも、私の気持ちをお伝えしたい。)


『今までお伝え出来ておりませんでしたが、貴方の事をお慕いしております。


 六年前に一度お会いしただけなのに、変だと思われるでしょうか。


 それでもあの日、慶一郎様が私の事を真っ直ぐに見つめて下さった事をどうしても忘れられないのです。


 もう少しで『婚約の儀』でお会いする事が出来るはずだと頭の中では理解をしております。

 

 それなのに、今すぐに貴方に会いたくて仕方ないのです。


 今日も貴方のお手紙を胸に抱いて眠ります。


 ――桜子より。」


気が付くと、頰に涙が伝っておりました。


 自分でもどうしてこんな事を書いてしまったのかわかりせん。


 今すぐに捨てて、新しいお手紙を書かなくては思うのに、何故か慶一郎様に私の心の内を知って頂きたい気もするのです。


 私は涙を拭くと意を決して便箋を封筒に入れて、切手を貼ります。


「桜子さんっ!貴女、こんな夜遅くに一体どこに行くの?」


お母様が驚いた顔で私に声をかけて下さいましたが、私は振り返らずに伝えます。


「…少し気分転換に外の空気を吸ってくるだけですわ!直ぐに戻りますっ!」


そう言って手紙を握り締めて、真新しいスニーカーを履いて駆け出します。


「はあ、はぁ、はぁ…。」


5分程走ると家の最寄りの郵便局の前に辿り着き、私は震える指で封筒をポストの投函口から差し込みました。


 パサッと音がして手紙がポストの中に入っていくのがわかりました。


「…出してしまった、わ…。」


暫く呆然としてしまっていた私ですが、何故か怖いのに少しだけ清々しい気持ちになってしまうのでした。


参考:①https://provenwinners.jp/magazine/hydrangea_color_control/

鮮やかに!紫陽花(アジサイ)の花色の変え方 花色と土壌pHの関係より。

②ナショナルジオグラフィック 私達はウイルスの世界に生きている より

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/21/011900028/?ST=m_news


 

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