第二十九話◇気になる人。〜城之内朱里視点
◇◇城之内朱里視点
(参ったな…。まさかこんな所で遭遇するなんて。)
前の席に座ってきた大和に私は思わず溜息を漏らしそうになる。
「──朱里。久しぶり。」
「…大和。久しぶり、だね。」
──大和はアメリカのインターナショナルスクールに通っていた時の同級生だ。日本に戻ってきてからは、私が菊乃森に編入したので、会う事はなかった。
けれど高一の時、友達の家のパーティーで再会して向こうから押しに押されて付き合い始めた。
(一緒に遊ぶのは楽しかったし、こんなに好きになってくれるならいいかなって思っちゃったんだよね。)
──けれど、他の女の子と距離が近いのがなんだかアメリカで育ったから…だけではないような気がしていた。
次第に大和がデート以上の関係を望むようになっていった。
一度だけキスをした。けれど、その時いきなり胸も触られそうになり、なんとなく『好き』というより欲のようなものを感じてしまって怖くなってしまった。
『──ごめん、すぐにそうなるのは怖いからもう少し待ってて。』
その後様子を見ていたら大和と同じインターナショナルスクールに通う友達からこんな話を聞いてしまった。
『…ねえ、大和、クラスの女の子と関係持ってるよ?朱里とまだ、付き合ってるんだよね?』
…信じたくない気持ちでいっぱいだったけど、本人に直接聞いてみた。
すると、信じられない事を言われた。
『──そうだよ。だって、朱里が待っててって言ったんじゃん。大丈夫、あいつとは体だけの関係だから。
…本当に好きなのは朱里だけだよ?』
その言葉で私の心の中で何かが壊れた。
『…最低。もう会わないから。』
私はそう言うと、名前を呼ぶ大和を無視して家に帰った。そして、一人で泣いた。高二の夏だった。
…何となく、婚約者と会う事も出来ない桜子には言えなくて私はその時から悶々とした気持ちを抱え続けていた。
「元気にしてた?朱里もJ大受けるの? 同級生になるかもな。」
そんな事を言われて顔が引き攣りそうになる。
(…あー、大和もJ大受けるのか。まあ私はI大が第一志望だけど。)
何て答えるか迷っていると、先生が入ってきてくれてホッとする。
その後、10分休憩が入るたびにトイレに立ったりわざと廊下に行ってイヤホンで音楽を聴いたりして、話しかけられないようにした。
けれど、昼休みになった途端、腕を掴まれてしまった。
「…この後一緒にランチに行かない?俺、お前とちゃんと話したくて。」
「…やだ。」
私がキッパリと断ると、大和の顔が歪む。
「──なぁ、朱里。いいじゃん。俺達アメリカにいた時からの付き合いだろ?」
「…私、友達とお昼食べる約束してるから。それに、もう大和と仲良くするつもりもないし。」
そんな事言っていると、先に講義が終わっていたのか、丁度教室の前を通った桜子が声をかけてくれた。
「──朱里さんっ!どうしたんですか?!」
すると、大和顔が一瞬だらしなく緩む。
(あー。変わってないな。可愛い子を見ると見境ないところ。)
そんな事を感じてしまい、思わず心の中で溜息を吐く。
「…何、友達ってこの子?凄い可愛いじゃん。それならこの子も一緒に…。」
「──だから!私貴方とはランチに行きたくないんだってば!」
思わず声を張り上げると、後ろから声がかけられた。
「──何の騒ぎだ?」
…四之宮君だった。私が縋るような目で見ると、四之宮君が眼鏡をクイッと上げた。
「…んー?ただ、ランチに誘っただけですけど。」
それに対して大和は少しバカにしたような顔でこう言った。恐らく四之宮君が眼鏡をかけて、チェックの服とジーパンを履いて服装が地味だったからだろう。
「だったら、悪いが城之内さんは僕達とランチを食べる約束をしているからまた今度だな。本人も断っているようだったし。
──一度断られたのに何度も短時間で誘うのは効率が悪い。人間は1966年にジャック・ブルームが提言したように、『心理的リアクタンス』といって、行動を制限されるとそれだけで自由になろうとする傾向がある。
次回、成功させたいのであれば、少なくとも自発的に選択したと城之内さんに思って貰えるように1〜2週間の時間を空ける必要がある。
それと、誘いに乗りたいと思うような対価を何か用意しておいた方がいいぞ。」
四之宮君は庇うでも避難するでもなく、ただ理路整然とそんな事を言い出した。
周りの見物していた人達はキョトンとその様子を見守ったり、感心していた。だが、なんだか私は笑いが込み上げてきてしまった。
「…ぷっ。ふふっ!!四之宮君の言う通りだよっ!
と言う事で大和!少なくともあと1〜2週間は私の事誘わないでね。」
私がそう言うと大和は注目を集めていたの気がついたのか、短く溜息を吐いて去っていった。
「──よし。ただでさえ昼食の時間が少ないからな。いくぞ。」
四之宮君にそう言われて思わず口元が綻んでしまう。
「四之宮君。ありがとね。渋谷のドンキホーテの時といい、助けて貰ってばっかりだね。」
私がそう言うと四之宮君はクイッと眼鏡を上げた。
「いや、僕は効率の悪い行動を嗜めただけで、助けたつもりなど微塵もないが。」
(ふふっ、変な人!!でもなんか、面白くて、心があったかくなる。)
そんな事を思いながら私達は三人で食堂に向かう。
「──荷物が多いな。身体の片方に負荷がかかると、骨格が歪むぞ?」
四之宮君はそんな事を言いながら、私と桜子のテキストをさりげなく持ってくれた。
トクン。
(──え?)
そんな四之宮君を見て、なんだか胸が一瞬高鳴った。私はこの気持ちを何と呼んだらいいか分からなくて、戸惑ってしまった。
◇◇
「来た来た! おーい!ここだよー。」
食堂に着くと、宮西君と和田君、そして財前君がもう席を取っていてくれた。
「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃって。」
私が謝ると、和田君が笑顔で首を振ってくれた。
「…桜子さん、何かあったんですか?」
財前君が心配そうに眉尻を下げる。
桜子が財前君になんと答えるべきか迷ったのか、私の方をチラッと見て顔を曇らせた。
すると、何故かすかさず四之宮君がこんな事を言い出した。
「──すまん。『心理的リアクタンス』を理解せず何度も相手を誘おうとする不届者を見て、つい説教をしてしまった。
是非次に彼に出会う機会があれば、『カリギュラ効果』についても教えてやりたい所だ。」
その言葉に財前君が目を丸くする。
「カリギュラ効果…?禁止されればされるほどやりたくなると言うことか?」
「そうだ!流石は財前だ!これはマーケティングにも応用できると言われている。
例えば、スマホの広告バナーで『◯◯な人は絶対このバナーをクリックしないで下さい』と書いてあるものがあるだろう?これは、まさにカリギュラ効果を見越したものだ。」
目を輝かせて語る四之宮君に再び笑いが込み上げてしまう。
(…変な人。)
──それなのに、目が離せなくて、ついつい見てしまう。
そんな彼は黙々と、『思ったよりいけるな。この鶏肉は、ブラジル産と書いてあったが、きちんと下処理もされており、悪くない。』と言いながら、お昼のチキンカツ定食を頬張っていた
この日から、四之宮君は文字通り私の『気になる人』になってしまった。
◇◇
「絶対に、合格、するぞー!!!!」
午後の講義が終わり反省会の時間になると、はちまきが配られ、何故か全員で腕を振り上げながらこんな事を叫ぶことになってしまった。
財前君や桜子は、戸惑った顔をしていたが、四之宮君はやる気いっぱいで一番腕を高く振り上げていた。
(なんだか可愛いな…。)
そんな事を思ってしまった私だった。
──その夜。
「はー。なんだか疲れましたね、朱里さん。」
桜子の言葉に私は深く頷く。
「そうだね。肩凝った…。」
「──あ、でも。」
桜子は思い出したように顔を赤らめた。
「──好きな人に毎日会えるのは幸せですっ。慶一郎様、今日も素敵でしたっ。」
(好きな人…。)
そう言われて私の頭によぎったのは、何故か眼鏡をクイッと上げる四之宮君だった。
参考:オージス総研 第21回 効果的な説得的コミュニケーションのあり方をめぐって
https://www.ogis-ri.co.jp/column/kr/123.html#:~:text=%E5%BF%83%E7%90%86%E7%9A%84%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%8C%E7%99%BA%E7%94%9F,%E5%8B%95%E6%A9%9F%E3%81%A5%E3%81%91%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%25E3%2580%2582




