第二十七話◇嫉妬と理性の間で。〜財前慶一郎視点
◇◇ 財前慶一郎視点
『──だって、すっごく可愛くて僕のタイプだったし。』
先程から天宮の言葉が、頭の中をぐるぐると回っている。
(僕の、タイプ、だと?あのカードバトルの時はいい奴だと思ったのに、とんだ見当違いだった…。)
そんな事を思いながら、グツグツと煮立っている鍋を見る。
「…慶一郎様。大丈夫ですか?お鍋、よそいましたよ?」
すると、桜子さんが鍋を盛ったお椀を僕の目の前に置いてくれてハッとする。
「──ありがとう。」
そう言って鍋を口にする。鍋はじんわりと鶏の良い出汁が効いていて優しい味がした。
「それにしても、パンフレットのスケジュール見たか?凄い徹底ぶりだよな…。まあ、もう新幹線を降りた時点で俺のこの合宿の一度目のハイライトは終わったんだが。」
そう言って和田が渋い顔をしている。
「見たー!って言うか反省会って何やるんだろうな?面倒なんだけど…。」
宮西も言いながら鶏肉をもぐもぐと食べている。
「──まあ、一人ではなかなか節制出来ないところを、外的要因でコントロールして貰えるのだから、感謝して臨んだ方がいいな。」
一方、眼鏡を白く曇らせながら、四之宮が綺麗な所作で野菜を鍋に投入していく。
「四之宮君、随分慣れてるね。おうちでもよく鍋をやるの?」
城之内さんがワクワクした顔で尋ねると、四之宮が神妙な顔で頷く。
「ああ、鍋は野菜を効率的に摂取できるし、調理の手間もそこまでかからないからな。我が家では定番メニューだ。鍋の準備は家族で100マス計算をして負けた者が行うことになっている。」
「へえっ!四之宮君のおうちって、家族、仲がいいんだねっ。」
そう言って城之内さんが目を丸くした。
「ああ、まあ仲はいい方かとは思う。」
すると、桜子さんがこんな事を言い出した。
「そう言えば、朱里さんのおうちも家族仲が宜しいですよね。この前家族やお友達が集まってお家でハロウィンパーティーをされていましたし。
私も招待して頂いたんです。」
「あ、そうそうっ!!桜子の魔女っ子コスプレすっごい可愛かったんだよー。ほらっ、これ!!」
そう言ってスッとスマホの画面を差し出した城之内さんに桜子さんが焦り出した。
「あ、朱里さんったらっ!恥ずかしいですっ。」
──そこには、ふわふわのミニスカートにニーハイソックスを履いて三角帽子を被った可愛すぎる桜子さんがいた。
「──っな!!」
「可愛いっ!!」
「えろッ!!」
桜子さんの写真を見て、和田と宮西が興奮し出したので、僕は慌てて画面を隠す。
「お前ら桜子さんを見るなっ!減るっ!」
すると城之内さんが、テヘッと言いながら舌を出した。
「──ごめんごめん、財前君がヤキモチ妬いちゃうからやっぱり没収しまーす。」
そう言ってスマホの画面を変えた。その隣で桜子さんは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。可愛い。
一方、四之宮だけは相変わらず静謐な顔をして鍋を啜っていた。
(──四之宮の理性は一体どうなっているんだ。)
僕はそんな事を思いながら残った鍋を平らげた。
◇◇
僕達は六人で琵琶湖を散歩しながら志望校について話していた。
「へぇ。城之内さんは、J大とI大志望なんだ。」
和田が少し鼻の下を伸ばしながら尋ねている。──まあ、今まで男子かうんと年上の女性しか周りにいなかったので、無理もないだろう。
「うん。中1までアメリカにいたからね。やっぱり国際交流に力を入れてる大学に行きたいなぁって。」
「スッゲェ!!じゃあ英語ペラペラなの?!」
宮西が尊敬の眼差しで城之内さんを見ている。
「うん、まあ。でも、普段使ってたから喋れるだけだし、普通に勉強出来る方が凄いと思うけどな。」
そう言って彼女は謙遜している。すると、四之宮がこう言ってくれた。
「さて。僕はそろそろ明日の予習をしようと思う。財前、明日合宿が始まったらなかなか伊集院さんとの時間も取れなくなる。
──だから今日のうちに満喫しておけ。」
(おおっ、蛍雪の友よ!!)
僕は心の中で感動で打ち震える。
「あ、それもそうだな。じゃあ俺らも帰ろっか。」
「桜子ー!楽しんで!」
宮西と城之内さんもそう言って、四人がゾロゾロとロッジの方に向かっていき、僕達は二人になった。
「…じゃあ、せっかくなので二人で散歩しましょう。」
手を繋いで人気のない所に向かって歩いていく。すると、桜子さんが強張った顔で切羽詰まったようにこんな事を言い出した。
「──っあの!!…怒ってます?」
「え?」
すると、桜子さんが眉尻を下げた。
「──その、天宮さんのこと。」
その言葉に思わず僕は苦笑してしまう。
「…桜子さんは、ただ転びそうになって支えてもらっただけじゃないですか。だから、怒ってはいません。──ただ。」
「──ただ?」
彼女が潤んだ目で僕を見つめてきたので思わず生唾を飲み込んで彼女の事を引き寄せる。
「…ただ、嫉妬しました。っ、桜子さんは僕の婚約者なのにっ、」
僕の腕の中で桜子さんは顔を真っ赤にして震えている。
彼女の白い指がそっと僕の頰に伸び、何かを確かめるように唇をなぞってくる。
その指先の温度に、思考が一瞬、真っ白になった。
「──っ、」
気づけば何度も無我夢中で彼女にキスをしていた。
「っぁ、」
啄むようなキスはやがて、深いものへと変わっていく。
桜子さんははじめは驚いたような顔をしていたけれど、そのうち目を潤ませて抵抗せずに受け入れてくれた。
唇を離すと、彼女の濡れた唇が月の光を浴びて光っていた。
「──怖いですか?」
僕が尋ねると、桜子さんがふるふると首を振った。
「──っ、」
僕はなんとか理性をかき集めて顔を逸らす。
「…今は、これでやめておきます。
──止まらなくなりそうなので。」
すると彼女は少しまつ毛を伏せた後、口元を綻ばせた。
「…はい。あの…。──嬉しかったです。」
その言葉でもう一度理性が焼き切れそうになってしまったがなんとか手を差し出す。
「──行きましょう。」
「…っ、はい。あの。
──私が好きなのは慶一郎様だけですから。」
桜子さんにそう言われて、口元がだらし無く緩みそうになり、慌てて引き締める。
「──ありがとうございます。」
僕達は手を繋いで女子側のロッジまで向かう。
夜の静けさの中に木々が騒めく音が聞こえる。
ひんやりと少し冷えた風が火照った頰を心地よく冷ましていく。
「…明日から軍隊みたいな生活ですね。」
桜子さんの言葉に思わず吹き出してしまう。
「…そうですね。受ける授業も違うので、こんな風に、ゆっくりお話し出来ないかもしれないですね。」
僕がそう言うと、桜子さんは口元を綻ばせた。
「──それでも。毎日慶一郎様にお会いできるなんて贅沢です。」
嬉しそうに笑う桜子さんに胸が締め付けられる。
「…出来るだけ、お昼ご飯は一緒に食べましょう。」
「──ええ。明日から頑張りましょう。」
僕は桜子さんがロッジの中に入るのを見届けてから、自分の泊まっているロッジに戻った。
「──遅いぞ。明日の授業で受ける範囲をサッとでいいから把握しとけ。」
同室の四之宮の言葉に俺は目を綻ばす。
「──ああ。四之宮。ありがとうな。」
「…伊集院さんときちんと話せたか?まあ、僕は恋はよくわからないけれど、頑張れよ。」
そう言われて、なんだか暖かい気分になる。
僕はテキストを開いて、重要だと思ったページにだけ付箋を貼ると、シャワーを浴びてベッドの中に入る。
(…桜子さん、可愛かったな…。)
恥ずかしそうに目を潤ませる彼女。
そして、最後に僕の事を好きだと言ってくれたこと。
そんなことを思い出しながら、僕はベッドに横になる。
桜子さんがいれば明日からの厳しい二週間も、きっと乗り越えられる──そう思いながら、僕は静かに目を閉じた。




